第46話 女装男、脱がされそうになる。


「僕は、あの人の姪なんだ」


 そう言うと、銀城先輩は白い歯を見せて、ニコリと微笑んだ。


 オレは思わずポカンと口を開けて、呆けたように彼女の言葉を反芻してしまう。


「あの人の姪‥‥銀城先輩は、その‥‥柳沢 恭一郎の姪っ子さん? だったんです、か‥‥?」


 銀城 遥希は、今朝、自分の祖母はアイルランド人だとオレに言っていた。


 つまり、彼女はオレの父方の従姉、ということなのだろうか。


 てっきり、恭一郎が浮気して作った隠し子なのかとばかり思っていたから、その事実には驚きが隠せない。


「‥‥? 如月さん、ぼっーと、僕の顔を見ているけれど‥‥どうかしたのかな? 僕が彼の姪なのが、そんなに驚くことなのかい?」


「あ、い、いえっ、な、なんでもありませんっ!!」


「そうかい? ふぅん‥‥? 君はいつも毅然とした様子を見せているけれど‥‥どうやら柳沢 恭一郎が話に絡むと、何故か毎回素を見せてしまうようだね。何でだろう?」


 やっぱりやっべぇな、こいつ。常人に比べて、洞察力が並みはずれて高い。


 この女の前では、極力『如月 楓』の仮面を崩さないようにし、常に緊張感を持って接していた方が良さそうだな。

 

 そう、心の中で思案していると、花子は膝の上の猫を撫でながら、銀城先輩へと声を掛けた。


「それで‥‥イケメンレズ女はいきなりフランチェスカさんを呼び出して、いったい何が目的なのですか? そこの美少女と3Pしようだとか訳の分からない話ならば、フランチェスカさんはすぐに帰りますが。バハムートとリヴァイアサンとヨルムンガンドが、お腹を空かせて待っていますので」


「生憎だけど、僕はひとりの女性しか愛さない主義なんだ。今のところ、如月さん以外の女性は眼中にないよ。だから安心して良いよ、花子」


「それなら良かったです。私は貴方と違ってヘテロセクシャルなので、女性に恋愛感情は持ちません。同性に抱かれることにならずに、ほっと一息です」


 そう言ってふぅと大きくため息を吐くと、花子はジロリと銀城先輩を睨み、再度、口を開く。


「話が脱線してしまいましたね。さっさとここに来た用件を言ってください、レズ女」


「うん。実はね、如月さんのお友達が‥‥昨日から、悪質な嫌がらせを受けていてね。下駄箱に生ゴミを入れられたり、机に落書きされたり‥‥徐々に、その行為はエスカレートしていっている。だから、そんな行いを止めさせるために、僕たちは元凶であるいじめの犯人を捕まえたいんだよ、花子」


「花子じゃありません、フランチェスカさんです。‥‥なるほど。それで、私の元に来た、と、そういうことですか。その先の言葉を先読みするならば‥‥レズ女は、私のカメラが欲しくてここに来たのですね」


「そうだね。どうか、君の持っている監視カメラを僕たちに貸してもらえるとありがたい。できればなるべく、他の人に分からないように‥‥小型のタイプを貸してもらえると助かるかな。監視カメラが女子高で見つかっては、大きな騒ぎになりかねないだろうからね」


 銀城先輩のその言葉に、オレはなるほどと頷き、顎に手を当てて口を開く。


「監視カメラですか。なるほど、確かにカメラであればその場に隠れ潜まなくても、犯行の様子を映像で捉えることができそうですね」


 そう呟いた後、オレは花子に視線を向けて、疑問の問いを投げる。


「それにしても‥‥何故、花子さんは、監視カメラなどを持っていらっしゃるのですか? 監視カメラともなると、かなり高価な額になるものと思われるのですが‥‥」


「花子ではなく、フランチェスカさんです。そうですね‥‥私は、ぬこ様をこよなく愛する者なのです。ですから、より良いぬこの写真を撮るために、カメラの類は大体一式揃えてあるんですよ」


「ぬこ様‥‥? あ、あぁ、猫、ですか?」


「はい。ぬこ様を撮影するための宝具‥‥監視カメラはそのひとつです。野良のぬこ様は人が近寄ると素の様子を見せませんから、ぬこ様の住処にこっそりと監視カメラを仕掛けて、その御姿を拝見させてもらっているのですよ。ぬこis神。ぬこと和解せよ、なのですよ、青き瞳の者」


「な、なるほど、猫好きが高じて、カメラの扱いに慣れていった、と‥‥そういうことだったんですね‥‥」


 中二病で、Vtuberをやっていて、猫とカメラが好きな少女か‥‥いや、そういえばさっき、エロゲの声優をやってるだとか何とか抜かしていやがったな?


 こいつ、どれだけの属性持っている女なんだよ‥‥キャラ濃すぎだろ‥‥。


 そう、オレが困惑していると、花子はオレの目をジッと見つめ、人差し指を立て、無表情のまま開口した。


「監視カメラをお貸しするのに、ひとつ、条件があります。よろしいですか、青き瞳の者」


「な、何ですか、花子さん」


「花子じゃありません、フランチェスカさんです。監視カメラを貸す、その条件は――――貴方のグラビア写真です」


「‥‥‥‥‥‥はい?」


「私に、貴方のグラビア写真を撮らせてもらいたいんです。できれば、水着を着て、えっちな感じでお願いします。その方が、ブロマイドの売れ行きが良さそうなので」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥何故、私に、そんなことをさせたいのですか‥‥?」


「以前、ファンクラブを創設した際に、フランチェスカさんはこう言いましたよね? 如月さんのブロマイドは良い商売になる、と。フフフフ‥‥大人しく、金欠気味のフランチェスカさんの良い金ヅルになるのですよ、如月 楓。 さぁ! マイクロビキニを着て股を広げるのです! フランチェスカさんのために、エロエロポーズを取るのですよ!」


 ゴゴゴゴと、ジョジ〇のス〇ンドのような効果音を出しながら‥‥花子は不気味な笑みを浮かべた。


 オレがそんな彼女に怯えた表情を浮かべていると、銀城先輩が庇うようにしてオレの前に立ち、どこか苛立った様子で口を開いた。


「悪いけれど、それは認められないよ、花子。彼女は‥‥如月さんは、いずれ僕の恋人になる女の子だ。他の人に如月さんの素肌を見せるなどと‥‥そんなこと、絶対にさせはしない」


「ふむ‥‥。NTR好きにはたまらないシチュエーションなのでしょうが‥‥どうやら、レズ女にはそのような趣向はないみたいですね」


「NTR‥‥? 何だい、それは?」


「何でもありません。とにかく、カメラも安いものではないのです。メンテナンスにもそれなりの費用がかかるものなのですから。貸し出す条件には、如月さんのえっちなブロマイド‥‥これは譲れません。私は苦学生ですから、たくさんのお金がいるのですよ」


「君がお金が好きなのは知っていたけれど‥‥今回は特に強情だな。僕がポケットマネーから君にカメラのレンタル料を支払うのでは駄目なのかい? 花子」


「駄目です。貴方の小銭など、如月さんのえっちな写真の額には到底及びません」


「困ったな‥‥そんな条件を出されるとは思ってもみなかった」


 銀城先輩は疲れたように眉間を抑えると、やれやれと肩を竦める。


 そんな彼女に対して、花子はニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。


「‥‥レズ女。お前は女好きの、中身が男そのものの変態です。だったら‥‥如月さんの水着姿を一度は見てみたいと、そうは思わないのですか?」


「む‥‥そうくるか。確かに、僕も如月さんの水着姿は見てみたい。でも、そんな邪なことをしなくても、もうすぐ夏がやって来るからね。夏が来れば、プールの授業がある。彼女の水着姿を見られる機会はおのずとやってくるはずさ」


 ‥‥‥‥。


 ‥‥‥‥‥‥ん?


 ‥‥‥‥‥‥‥‥プール‥‥だ、と!? そ、そうだった、そういえばそんなものがあったな!?


 トイレ以外にもまだ色んな危惧すべきことがあったじゃねぇか!! 


 早急に香恋の奴と相談しなければならねぇ事案だな、こいつは!!!!


「ふっ、馬鹿ですか、レズ女。プールの授業で見れるのはスクール水着だけなのですよ。如月 楓のビキニ姿は、お前にはどう足掻いても見ることはできないのです。‥‥私のこの、グラビア撮影会という、機会を逃せば、ね‥‥」


「‥‥‥‥‥‥そ、それは‥‥僕が、夏休みに彼女をデートに誘って、二人でプールに行けば‥‥見れる可能性はあるさ‥‥きっと‥‥」


「くくくっ、そもそも、そのデートが断られる可能性だってあることでしょう。それに、無事、デートに行けたとしても、彼女がビキニを着るとは限らない‥‥。如月さんはどう見ても、目立つことが苦手な奥手なタイプです。肌の露出が多いビキニなど、好んで着用はしないでしょう‥‥」


「‥‥‥‥」


 銀城先輩は腕を組んでうーんと唸った後‥‥目をカッと見開き、オレの両肩を強く握ってきた。


 そして、興奮した様子で、開口した。


「如月さん‥‥ここは、彼女の意見を聞き入れて、グラビア写真を撮ることにしよう!」


「‥‥え? どうえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!? ちょ、落ち着いてください、銀城先輩!! 先輩は、あの性悪中二病オカッパ座敷童に騙されているんです!! 目を覚ましてくださいっ!!」


「誰が座敷童ですか。フランチェスカさんは、真祖の吸血鬼です。間違いないでください」


「頼む、どうか僕に君のビキニ姿を‥‥いや、違った。どうか、監視カメラのために、人肌脱いでくれないか、如月さん!!」


「む、無理です!! いや、あの、本当に、無理なんですって!! 私がビキニなんて着たら、大変なことになりますよ!?!?」


 股間のナウマンゾウがポロリして、逮捕案件になってしまうからね。


 ホント、花子に変態として通報される案件になるからね、やめようね。


「でも、監視カメラがないと、いじめられているご友人はどうなるのですか、青き瞳の者よ。友を見捨てるのですか?」


「そ、それは‥‥」


「そうだぞ! 如月さん! ビキニ、着よう!」


「銀城先輩‥‥今まで貴方を、私の周囲にいる数少ないまとも枠として見ていましたが‥‥今日一日で、その評価は覆りましたよ‥‥」


 これで、まとも枠は穂乃果ちゃんだけになっちゃったよ! 


 ドSヤンデレお嬢様と暴力ツンデレ女優に加えて、女体好きレズ女←new! が追加されたよ! やったね!


「はぁ‥‥。ここは嫌でも、とりあえず、受け入れないといけないのかな‥‥」


 グラビア撮影会のことは後でどうにかすることにして‥‥オレはとりあえず、花子から監視カメラを借りることに決めた。

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