第45話 女装男、イケメン女の出自の秘密を知る。
その後、何ごともなく午前の授業を終え――迎えた、午後の女優科の授業。
恭一郎は昨日と同じように、オレと茜をグラウンドに出し、ランニングをさせていた。
「おら、また遅れているぞ、月代! 如月に敗けっぱなしで良いのか!?」
「はぁはぁ‥‥うっるさいわねぇ!! あたしだって、あの女に勝つことくらいできるわよ!! とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
茜は恭一郎に発破をかけられると、突如、全速力で走りだし‥‥前を走るオレの隣へと並走してきた。
そして彼女は不敵な笑みを浮かべ、横からオレに声を掛けてくる。
「如月 楓! あんたに会ってから、あたしはずっとあんたに敗けっぱなしだわ! 本当、何なのよ、あんた!! ムカついてしょうがないわ!!」
「月代さん‥‥?」
「あたしは‥‥あたしは、本物の天才って奴を知っている。あたしは、あの天才と並んで走れるように、一緒に芸能界の頂点に立つために、今まで血のにじむような努力をしてきた。だから‥‥っ!!」
茜は今にも噛みついてきそうな鋭い目でオレを睨むと、八重歯をむき出しにして、咆哮した。
「あたしは、あんたには負けない!! あたしは柳沢 楓馬のライバルよ!! あの天才が再び飛び立てるように、あたしが、彼を惹き付ける演技をしないといけないの!! だから、あんたみたいなアマチュアには負けていられないのよ!! 勝負よ! 如月 楓!!」
「え? 勝負?」
「どちらが、二週間後のロミオとジュリエットの劇で、観客の心を震わせられる演技ができるのか、勝負するのよ!! 審査員は、柳沢先生!! 敗けた方が、相手を格上だと認める!! どうかしら!!」
「私はもう既に、月代さんを自分よりも格上の役者だと認めていますが‥‥?」
「いいから!! 四の五の言わずにあたしと勝負しなさい、如月 楓!!」
まったく。横暴で、自分勝手も良いところだな。
だが‥‥何故だろう。彼女のその燃え盛るような紫色の瞳を見ていると‥‥心がうずいてしょうがない。
もう一度走れ、もう一度立ち上がれ、と、その紫の瞳はオレにそう訴えかけているようだ。
オレは、闘志向きだしの茜の姿に‥‥思わずニコリと、笑みを浮かべてしまっていた。
「―――――今までは、貴方と仲良くロミジュリの演技をできたら良いな、と、そう思っていましたが‥‥勝負ですか。なるほど、それも良いのかもしれませんね。互いに競争しあい、相争いながら演技の稽古をする‥‥私たちの関係性は、そういうもので良いのかもしれません」
「意外ね。てっきりあんたは、委員長タイプの真面目な良い子ちゃんだと思っていたわ」
「私、これでも負けず嫌いなんです。それと‥‥一応言っておきますが、私は良い子ちゃんなんかではありませんよ? そんな甘い考えを抱いていたら、足元を掬われますよ、月代さん」
そう口にしてニコリと微笑んだ後、オレは前を向き、走るスピードを上げていく。
「ついて来られるものなら、どうぞ、ついて来てみてください」
「え? は、ちょ‥‥っ!!!!!」
今までこの学校で誰にも見せたことのない本気の全速力で、グラウンドを駆け抜けていく。
足が軽い。頬に当たる風が心地良い。
背後の茜と、遠目でこちらを見つめていた恭一郎の驚愕の声が、耳に届いてくる。
その後、同時に校舎の方から、先日よりも大きなキャーッという他の科の生徒たちの黄色い声援が耳に届いてきた。
本気の全力で何かに取り組むということは、何て気持ちが良いことなのだろう。
演技も、また‥‥子供の頃のように全力が出せるようになったら、良いな。
茜と一緒にまた、舞台の上で一緒に全力の演技をぶつけ合いたい。
そんな気持ちが、オレの胸中には芽生えだしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――――――放課後。今朝のように下駄箱の裏に隠れ、一年女優科クラスのロッカーを見守っていると‥‥背後から声を掛けられた。
「やぁ。待たせてしまったかな、如月さん」
声がした後方へと視線を向けると、そこにはイケメン女子高生、銀城 遥希の姿があった。
彼女は耳に髪の毛を掛けると、オレの傍に近寄り、爽やかな微笑みを見せてくる。
「それで‥‥どうかな? お友達をいじめていた首謀者は、見つけられたのかい?」
「いえ。授業を早く切り上げ、こうしてロッカー前で待機していたのですが‥‥それらしき人物は未だに見つけられていませんね。今のところ、和気藹々と帰宅していく生徒の姿しか見受けられません」
「そうか‥‥これは、思ったよりも難しい事件になりそうだね。今朝、君のお友達の‥‥月代 茜さんの机に落書きがされてあったんだろう? 酷い話だね」
「知っていたのですか?」
「あぁ。これでも僕はこの学校の最上級生であり、ご意見番である『お姉さま』だからね。後輩たちの噂話はいち早く耳に入ってくるんだ」
「そうだったんですね。月代さんがいじめられているというお話は、もう既に、みなさんの間に結構出回っているのですね‥‥」
あいつのことだから、自分がいじめらられているという噂が学校中に流布されても、別段、気にはしないのだろうが‥‥厄介なのは、茜がいじめっ子に宣戦布告した件、だろうか。
噂には、尾鰭が付くものだ。
常に周囲に敵意を振りまく茜が、クラスメイトに悪感情を持たれ、いじめっ子以外の生徒にもあることないことを吹聴されるようなことでもあったら‥‥あいつはますます孤立してしまうことだろう。
女子は、他クラス間でも関わることが多い。
「良いかな、如月さん。僕なりに今回の件、推理してみたことがあるんだ」
そう言うと、銀城先輩は顎に手をやり、考え込むような仕草を見せる。
「推理、ですか?」
「うん。犯人は月代さんへの嫌がらせを、人気のないところを狙ってやっている。今のところ、ロッカーと机の上の落書きを二回程行っているけれど、犯人を目撃した生徒は一人もいない。相当、用意周到に――周囲に人が完全にいない状況見計らって、やっているのだろうね」
「そう、ですね‥‥。今朝、私も朝早くに学校に来て、下駄箱近くで身を潜めて待機していたのですが‥‥恐らくその行為も、犯人にはバレていたのかもしれません。だから、犯人は、下駄箱に落書きをしなかった」
「一応、聞いておくけれど‥‥今朝、一年生の女優科クラスの生徒で、真っ先に学校に登校してきた子が誰だか覚えていたりするかな?」
「すいません、まだ名前を完全に覚えきれていないので、朝早く登校してきた生徒を全員覚えきれていないのですが‥‥一人は、見覚えのある女子生徒がいました。確か、先日、私のファンだと声を掛けてきた‥‥サイドテールに髪を結った女の子です」
「ファン‥‥。そうか、なるほどね」
そう口にすると、銀城先輩は目を細め、妖しく微笑む。
「こうは考えられないかな、如月さん。君を意識しているからこそ、その犯人は今朝、君の前では犯行を行わなかった。何故ならその犯人は、如月さんのファンだからさ。君に、自分がいじめをしているところを見せたくはなかったのだろう」
「それは‥‥うーん、どうなんでしょう? まだ、その子が犯人だという確たる証拠はありませんし、何より、あのサイドテールの子はそこまで悪い子には見えなかったのですが‥‥」
「ファンというものは、時にはその愛が過剰に暴走するものだよ。経験はないかな?」
「ないですね‥‥。そこまで、人に好意を向けられた経験はありませんし‥‥」
「意外だな。君みたいな可愛い子、男子はほっとかないと思うけれど?」
「は、ははは‥‥。男性に好意を向けられたことは一度もありませんねぇ‥‥」
そりゃ、中身はれっきとした男子だからな。
オレの引き攣った笑みに不思議そうに首を傾げた後、銀城先輩はスマホを取り出し、ある人物へとメッセージを送り始める。
「まだ、学校にいると良いんだけど‥‥僕の知り合いに、カメラとかに詳しい子がいてね。とりあえず、彼女に相談してみよう」
「え? カメラ、ですか?」
「うん。犯人は、人の目にかなり警戒の目を置いている。僕や君はこの学校では目立つ存在だから、きっと、遠くで隠れて待機していてもすぐに気付かれてしまうはずさ。だから―――人ではなく、機械に頼ることにした」
そう口にすると、銀城先輩はいたずらっぽく、オレにウィンクしてきたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「良かった。まだ学校に居たんだね。花子」
「え‥‥?」
銀城先輩の案内で学校の中庭へと赴くと、そこにはベンチに座り、野良猫を膝に乗せたオカッパ頭の中二病少女‥‥佐藤 花子の姿があった。
花子は銀城先輩をジロリと睨んだ後、オレの方へと視線を向け、抑揚のない口調で静かに口を開く。
「まさか、このイケメンレズ女と青き瞳の者が知り合いだったとは‥‥流石のフランチェスカさんも驚きです。楓さん、処女膜は無事ですか? ちゃんと処女膜から声が出ていますか? ん?」
「いや、私に処女膜は最初から無――――――いや、何かそれは違いますね!! 変な風に取られてしまいますね!! い、今のは忘れてください!!」
「なんと‥‥!! 既に経験済みだったのですか、楓さんは!? フ、フランチェスカさんは驚きです。私は本業でエロゲ声優をやってはいますが、純情なので、思わず頬を赤らめてしまいます。ポッ‥‥」
「き、如月さん!? だ、男性に抱かれた経験があるのかい!? そ、それは‥‥許せないな。いったい、どこのどいつだい? もし、君を無理やり手籠めしたという話だったら‥‥僕は、黙ってはいられないよ」
頬に手を当て無表情でいやーんと呟きクネクネする花子と、今までに見たことがないくらいに怒り心頭な様子を見せる銀城先輩。
そんな二人にコホンと咳払いした後、オレは、銀城先輩に向けて、先ほどから思っていた疑問を投げてみた。
「あの‥‥銀城先輩と花子さんは、いったいどういったご関係なのですか?」
「あ、あぁ。僕と花子は、同じ孤児院出身でね。謂わば、幼馴染みたいなものさ」
「え? 孤児院‥‥? あ、あの、銀城先輩は、柳沢 恭一郎の娘なんですよね? 孤児院って、どういうことなのですか‥‥?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 柳沢 恭一郎は僕の実の父親ではないよ。血は繋がっているけれどね」
「血は、繋がっている‥‥?」
「僕は、あの人の姪なんだ」
そう言うと、彼女は白い歯を見せて、ニコリと微笑んだ。
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