第44話 女装男、いじめ問題に頭を悩ます。
《月代 茜 視点》
「はぁ。朝から本当、憂鬱ね‥‥。あのロッカーの惨状を今から片付けなきゃならないって考えると、本当、辛くて仕方がないわ」
昇降口へと辿り着いたあたしは、そう呟きながら、自分のロッカーの前に立つ。
意を決してロッカーを開けてみると、そこには―――昨日の惨状はどこにも見当たらなかった。
「え‥‥? な、何で‥‥?」
綺麗になったローファーが下駄箱の中には鎮座しているだけで、昨日見た生ごみの姿はどこにも見当たらない。
その光景にわけもわからず動揺していると、ふいに、背後から女子生徒たちの会話が耳に入って来た。
「ねぇねぇ! 私、さっき見ちゃったのよ! あの銀城先輩が、楓お姉さまの手を握られているお姿を!」
「えぇ!? 本当なの!? あの二人ってもしかして、そういう関係なの!?」
「それは分からないけれど‥‥傍目から見ていると、美男美女で、とってもお似合いのお二人よね! ‥‥あっ、銀城先輩は女性だったっけ‥‥美女と美女‥‥? と、とにかく! 花ノ宮女学院のベストカップルよ! あのお二人は!」
どこか興奮した様子でそんな会話を交わしながら、他の科の一年生の女子生徒たちは、あたしの横を通り過ぎていく。
女同士のカップル相手にそんなにはしゃげるだなんて、変な連中ね。
まっ、如月 楓がどこぞの馬の骨とくっつこうが、あたしには関係のないことだけど。
「‥‥‥‥カップル、か‥‥」
それにしても、フーマって、今、彼女‥‥いないわよね?
べ、べつに、あいつの恋愛事情だとかは知ったことではないんだけど、そう、一応、幼馴染としてはね? 少しは、気になるところではあるのよね、うん。
まぁ‥‥でも? あいつ、イケメンだけど、根暗だし?
多分、非モテオーラすごくて、彼女どころか、女友達すらいなんじゃないかしら。
きっと、幼馴染であるあたしくらいしか、あいつの彼女になる得る存在はいないわね!
うん! 良か―――って、これじゃあ、あたしがあいつの彼女になりたいみたいじゃない!!
ふざけんじゃないわよ!! あたしは、天下の女優、月代 茜よ!!
あっちが惚れてお付き合いしてください、って、頭下げてくるのが普通でしょーがっっ!!
「‥‥‥‥‥‥はぁ。ったく、久しぶりに会ったというのに、あいつ、昨日はあたしに対して一度も照れた様子を見せなかったわね。ホント、ムカつくわ」
少しは頬を赤らめても良いんじゃないのかしら。あたし、これでも一応は若手の人気女優なのよ?
そんな子がいきなり家に押し掛けてきたというのに‥‥く、口説かないってどういうことなのよ!!
連絡先くらい聞いて来なさいよ、あの朴念仁!!!!
あたしは予め事前に持って来ておいた替えのローファーに履き替え、苛立ちを込めてロッカーをばしんと強く締める。
ロッカーが綺麗になっていたことは謎だけれど‥‥多分、先生が見つけて何とかしてくれたのでしょう。
考えるのも面倒だし、今は、そういうことにしておきましょう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「‥‥やられたな」
オレは、教室の中央にある茜の席の前に立ち、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
目の前にある茜の机には、中傷の落書きが所狭しと書かれており、悲惨な状態となっていた。
これをやったのは、恐らく、先日のいじめの実行犯たちに間違いないだろう。
ロッカーにだけ仕掛けてくると思っていたから、まさか、机にまでやってくるとはな。
流石にこれは予想していなかった。
奴らを少々、甘く見ていたな‥‥。
「‥‥‥‥如月 楓? あたしの机の前で、いったい何をしているの?」
背後から声が掛けられたので、振り向くと、そこには茜の姿があった。
彼女は自身の机に書かれている落書きを見て、不快気に眉間に皺を寄せる。
「あたしの机が‥‥」
「つ、月代さん‥‥これは、けっして私がやったわけではありませんよ? 私が先ほど教室に入った時点で、机は既にこのような状態になっていました」
「勿論、言われなくたって分かってるわよ。そもそもあんたは昨日、あたしと一緒に放課後まで演技の稽古をしていた。見た感じ、この机と昨日の下駄箱の落書きは筆跡が同じだし、これをやったのは、昨日のロッカーの犯人と同じ奴でしょ。やったのは、あんたじゃないことくらい分かるわ」
そう言ってオレに小さく笑みを向けた後、茜は、教室全体へと鋭い視線を向ける。
そして、生徒全員に向けて、大きく声を張り上げた。
「誰がこんなことをやったのかは分からないけれど‥‥随分と、ムカつくことをしてくれるじゃない。面と向かって物事を言えない弱者が、良い度胸しているわね。この程度のことで、あたしが折れるとでも思ったの? 舐めんじゃないわよ!」
「つ、月代さん‥‥? 犯人を煽るのは、逆効果なんじゃ‥‥」
「如月 楓は黙っていなさい。これは、あたしが売られた喧嘩よ。あんたは関係ない」
そう言ってオレをジロリと睨んだ後、茜は続けて、女優科の生徒たちに向けて口を開く。
「この落書きを書いた奴は、あたしが気に入らなかったのでしょうけれど‥‥あたしは、何があろうとも絶対に、ロミオとジュリエットの舞台を成功させてみせるわ。あたしには‥‥大事な人を叩き起こす責務があるの。だから、こんな程度、ものともしないわ。あたしは何をされようが絶対に折れない。あんたらなんか、あたしの敵じゃない」
茜の紫色の瞳は強い輝きを放っており、先日のしおらしかった様子とは一変、いくらかメンタルが立ち直っているように見られた。
だが‥‥本番の劇までの二週間、もし、このいじめが続いたとしたら‥‥流石の彼女といえども、精神に支障をきたすのは間違いないだろう。
陰湿ないじめというものは、どんなにメンタル強者といえども、耐え続けるのはかなり難しいものだ。
オレもこの目立つ見た目のせいで、中学時代は散々、陰湿な嫌がらせを受けたことがあったからな。
いじめを耐え続けるのがどれだけ難しいことなのかは、人一倍理解しているつもりだ。
「あっ、おはようございますぅ~、お姉さま~。‥‥? 何だか、教室の空気がピリピリしていますですね? 何かあったんですか?」
登校してきた穂乃果は教室の入り口で立ち止り、不思議そうに首を傾げると、キョロキョロと辺りを見回しながら――ゆっくりとこちらに近付いて来る。
とりあえず‥‥現状、茜はこの教室で孤立の一途を辿っている。
あいつは元々一匹狼タイプだから、そうなるのは当然のことなのだが‥‥この、クラスメイトたちから嫌悪されている状況+いじめを受けている状況は、学校生活を送る上であいつにとっては良くない状態なのは間違いないだろう。
あのツンツン女は、言動が攻撃的なだけで、中身はそんなに悪い奴ではないのだが‥‥それを周囲に理解してもらうのは、至難の業、か。
いじめっこを煽るような発言もしてしまったし、茜の件に関しては、問題は山積みだな。
オレは大きくため息を吐いた後、穂乃果の元へと歩いて行き、彼女と朝の挨拶を交わした。
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