第43話 女装男、張り込みをする。
「‥‥‥‥ふわぁ‥‥。眠っ‥‥」
ベッドから上体を起こし、両腕を頭の上にまっすぐと伸ばして、大きく欠伸をする。
ヘッドボードの上に置いてある目覚まし時計を見ると、時刻は午前五時を指し示していた。
昨日は恭一郎に危うく男バレしかけたり、茜が家に突撃してきたりと、色々忙しかったが‥‥今日も今日とて、オレにはやることがある。
寝ぼけ眼を擦りながら、オレは立ち上がり、壁に掛けてある花ノ宮女学院の制服を手に取った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
静寂に包まれた、
そしてそのまま昇降口に入ると、オレは玄関口の脇にある掃除ロッカーから雑巾とバケツを取り出した。
「さて‥‥。たまには善行って奴を、してみるとするかね」
正直、今からオレは自分らしく無いことをしようとしている。
だけど、あいつとはこれから先、ロミジュリを演じる相棒になるからな。
茜が少しでも良い状況でロミオを演じるためにも、ここはひとつ、サポート役に徹してみるか。
「よし。やるか」
そう呟いた後。バケツを抱えて、オレは水汲み場へと歩いて行った。
「‥‥こんなもんで良いかな」
床に置いていたバケツへと汚れた雑巾を放り投げて、ふぅと、一息吐く。
20分くらいかけて掃除して‥‥茜のロッカーは綺麗に元通りになった。
けれど、ローファーはどんなに綺麗に洗ってみても、汚れは落ちなかった。
染みついた生卵の黄色い跡が目立つため、今後この靴を使用していくのは難しそうだな。
まぁ、下駄箱は綺麗になったのだから、とりあえず今はそれで良しとしようか。
現状の一番の問題点は、靴の汚れなどではない。
「さて。ここから先は、茜のロッカーを汚した元凶の生徒を探していきたいと思うのだが‥‥。果たして奴らは、そう簡単に尻尾を出すのかね‥‥」
このような陰湿な行為を行う連中だ。人が居る場所では、絶対に、姿を見せることはしないだろう。
で、あるならば、いじめっ子どもが茜のロッカーにいたずらをする瞬間を張り込んだ方が得策だろうな。
早朝か、放課後か。奴らが動くのはその時間のどちらかだ。
「掃除用具を片してから‥‥張り込んでみるか」
できれば、この一度切りで終わってくれると助かるんだが‥‥。
まぁ、経験上、いじめっていうのはそう簡単には終わることはないよな。
問題解決のためには、直接、張本人に話を付けるしかない。
オレはバケツを手に持つと、静かに廊下の奥へと歩いて行った。
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「おはようー!」「あっ、おはよう!」「おはようございますー」
ロッカーの影に隠れ、一時間半程、茜の下駄箱を見張っていたが‥‥いじめの主犯格らしき人物は姿を現さなかった。
腕時計を確認してみると、時刻は、午前七時二十分を指し示している。
ちらほらと登校する生徒たちの姿は多くなっており、段々と、昇降口には人の気配も強くなってきた。
時間的にはもう、潮時かな。この状況を見るに、奴らが今日の朝に犯行を起こすことはないと見て良いだろう。
「‥‥ふぅ。まぁ、早朝は教師が続々と登校してくるからな。いじめっ子どもも、この時間帯はリスクが高いと踏んだのかね」
やれやれと肩を竦めて、大きくため息を吐く。
すると、その時。突如、背後から声を掛けられた。
「おはよう、如月さん。朝、早いんだね」
振り向くと、そこには、肩に鞄を掛けた藍色の髪の少女、銀城 遥希の姿があった。
彼女はいつものように白い歯を見せ、イケメンスマイルを披露すると、こちらに近寄り――両手でオレの手を包み込み、ギュッと優しく握ってきた。
そして、またしても、キスするかのような至近距離で顔を近づけてくる。
「朝から君に会えるだなんて感激だな。今日はとっても良い一日になりそうだよ!」
「ちょ、ぎ、銀城先輩!? ち、近いですってっ!!」
「フフッ、如月さんの目って、やっぱりすっごく綺麗だよね。僕のお祖母ちゃんと同じ、深い碧色の目をしている。まるでエメラルドや、翡翠‥‥宝石みたいだ」
な、何故だろう‥‥昨日もそうだったのだが、こいつに至近距離で顔を見つめられると‥‥何故かオレは赤面し、思うように動けなくなってしまう‥‥。
何か、こいつに迫られると、心の奥がキュンってなってしまうんだよ!! キュンって!!!!
‥‥い、いやいやいや、キュンって何だよおい!! きめぇなぁっ!!!! お前の中身は男だろうが、如月 楓!!!!
もうちょっとシャキッとしろや、シャキッと!! 男見せろやおらぁぁぁ―――――‥‥って、ん?
待てよ、お祖母、ちゃん‥‥?
「ぎ、銀城先輩、お祖母ちゃんと私の目が似ている、って、今、言いましたか‥‥?」
「あ、うん。実はね、僕の祖母はアイルランド人なんだ。彼女も如月さんと同じで、綺麗な碧色の瞳をしていたんだよ。初めて会った時から、お祖母ちゃんと目が似てるなって、そう思ってたんだ」
「‥‥と、いうことは、銀城先輩も、ハーフ? クォーター‥‥?」
「そうだね。僕は、アイルランド人と日本人のクォーターだよ」
「‥‥」
幼少の頃に一度会ったきりだが、オレの祖母もアイルランド人だった。
そして、オレも彼女と同じ、アイルランド人と日本人のクォーターである。
‥‥‥‥これは、単なる偶然―――なわけねぇよな。
正直、母さん一筋の恭一郎に隠し子がいるのは信じれらなかったことだが‥‥これだけの共通点を上げられると、この女が腹違いの姉説が徐々に信憑性を帯びてきたな。
「? どうかしたのかな? 急に、怖い顔になったけれど?」
「いえ‥‥何でもありません」
「そう? それで―――――さっきから気になってたんだけど、どうして君はロッカーの影に隠れて、登校している生徒を見張ってたのかな? 誰かを待っている、という感じでもなかったみたいだけど」
この女、オレが張り込みをしていたのに気が付いていて、敢えて話しかけて来たのか。
やはり、なかなか洞察力が鋭いな。
適当にごまかすことは簡単だが‥‥ここは銀城先輩の情報を得るためにも、一歩、踏み込んでみるか。
「実は‥‥同級生の友人が、昨日、何者かにロッカーに生卵を入れられ、中傷の落書きをされてしまったんです。なので、私は、その犯人が現れないかと―――ロッカーの影に潜んでずっと観察していたんですよ」
「へぇ‥‥なるほど。この学校でいじめって、あまり聞いたことがないんだけど‥‥一年生の間にはそういうことがあるんだね。ふむふむ」
そう言って彼女はオレから手を離すと、顎に手を当て、何やら思案し始めた。
そして数秒程思案し「うん」と頷くと、銀城先輩はこちらに柔和な笑みを見せてくる。
「不謹慎かもしれないけれど‥‥なかなか面白そうだ。ねぇ、僕も協力しても良いかな、如月さん」
「え? 協力、ですか‥‥?」
「うん。一応、僕はこの学校で『お姉さま』と呼ばれているからね。後輩たちから人気を集める理想の先輩としては、困っている一年生は見逃せない。だからこの件、ぜひ、僕にも対処に当たらせてもらいたいと思うんだけど‥‥ダメかな?」
「い、いえ、構いませんが‥‥」
「よし。それならば放課後、再び張り込みをしようか。あっ、張り込みって言ったら、あんパンと牛乳が必須かな? お昼の内に購買で買っておくよ」
そう言うと、銀城先輩は手を振り、踵を返す。
「それじゃあね、如月さん。また、放課後に!」
いちいち役者がかった綺麗な動きでステップを踏むと、銀城先輩は背筋を伸ばし、廊下の奥へと消えて行った。
それにしても‥‥あのイケメン女、本当にオレの義理の姉、なのか‥‥?
正直、あまりオレに似ているとは思えないな。オレ、あんなに背丈でかくないし。
男のくせに、オレ、めちゃくちゃ背低いし。
「はぁ‥‥何だか鬱になってきた‥‥」
そう小さく呟いた後、オレは授業を受けるべく、自分のクラスへと戻って行った。
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