第35話 女装男、トイレ問題に直面する。
女装男が女子高で生活を送る点で、一番の難題。それは―――『トイレ』だ。
この二日間、オレはなるべく水分は摂取せずに、常に喉かっらかっらの状態で一日を過ごしてきた。
何故なら、この花ノ宮女学院は女子高であり、当然、生徒用のトイレは女子トイレしかなかったからだ。
今のオレはこんな見た目(ツインテール少女)をしてはいるが、中身はれっきとした男の子なのである。
股間にナウマンゾウを飼っている、イカれたモンスターなのである。
故に、神聖なる女子の神域である女子トイレには、入ることはできはしない。
女子トイレに一歩でも入ってしまった瞬間、オレは痴漢男となってしまうからだ。
まぁ‥‥理事長である香恋の命令とはいえども、女子高に女装した男子が潜入してしまっている時点で、もう既にオレは犯罪者っぽいんだけどね、うん‥‥。
‥‥‥‥とにかく。
今からオレは、急いで、学校の外に行って、男子トイレを見つけて駆けこまなきゃならない。
何故なら、オレの膀胱は今まさに、決壊寸前だからだ!!
三時間目の授業が終わり、休み時間、机の上で碇ゲ〇ドウのように手を組んで不敵に笑みを浮かべているが――――この女装男、もうどうしようもないほど、おしっこに行きたくて仕方がないのである。
足をガクガクと、貧乏ゆすりみたいに揺らしているのである。
「――――――見て、市原さん。お姉さまったら、机の上で手を組んで微笑んでいらっしゃいますわ。やっぱりお姉さまの御姿はいつ見ても、絵になりますわね」
「そうだね、篠崎さん。お姉さまは本当、いつ見てもかっこいいね!」
今朝、オレにファンだと宣言してきた取り巻きの女子たちが遠目にこちらを見つめて何やら会話しているが‥‥もう、我慢できない。
オレはドンと机を叩いて、勢いよく席から立ち上がった。
「お姉さまが立ち上がりましたわ! 市原さん!」
「すっごく真剣な表情‥‥まるで、決闘に行かれるみたい‥‥お、お姉さま、いったいどうしたのかしら‥‥」
そしてオレは、ズンズンと歩みを進めて行き――――教室を出て行った。
背後で「私たちもお姉さまの決闘を応援しに行った方が良いのかしら?」と、意味不明な会話が聴こえたが‥‥無視し、オレは廊下をまっすぐと進んで行った。
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「は? トイレに行きたい‥‥ですって?」
「そ、そうだ‥‥。た、頼む! 学校の外に行ってトイレを探すつもりだったんだが‥‥時間的に間に合いそうにない。校内に、オレが入っても許されるトイレはないだろうか!? あるのなら教えてくれまいか‥‥救世主、香恋よ!」
普通科の教室の前の廊下で―――オレは手を合わせて、そう、香恋に涙目で懇願した。
すると、香恋は呆れた目でこちらを見つめ、ふぅと大きくため息を吐く。
「わざわざ私を呼び出したから、銀城 遥希の件で何か情報を得たのかと思えば‥‥まさかトイレだとはね。呆れて言葉も出ないわ」
「バッカ、お前、これは死活問題だろ!? お前だって、オレがこの学校に入学した以上、こうなることは薄々予想付いただろ、オイ!!」
「別に、普通に女子トイレに入れば良いじゃない。貴方なら盗撮だとか、邪なことはしないでしょう? 個室だから、鍵さえ閉めれば正体がバレる心配もないんだし」
「信用してくれているのは有難いんだが‥‥流石にそれは難しい話だ。逆に考えてみろよお前。男子トイレで用を足せるか? ん?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥。無理ね。男子トイレのドアノブを触るだけでも、怖気立つものがあるわ」
そう言ってやれやれと肩を竦めると、香恋は廊下を先導して歩き出す。
「来なさい。一階の職員室の廊下前に、職員用の男子トイレがあるから」
「マジか! ‥‥って、男子トイレあるなら最初からそう言えよ! 何で女子トイレに行けなんて言いやがった!」
「貴方が羞恥を我慢しながら女子トイレに入った方が面白いじゃない? ただ、それだけのことよ」
「てめぇ‥‥流石にそれはドSすぎるだろ‥‥」
「あら、知らなかったかしら? 花ノ宮家の女性は基本的にみんなドSなのよ」
そう言ってフフッと笑みを浮かべると、香恋はそのまま廊下の奥へとスタスタと歩いて行ったのだった。
オレはそんな彼女の後ろを、静かについていった。
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そうして、その後、無事、職員室用のトイレに辿り着いたオレは―――男性用の便器で用を足し終え、スカートのチャックを閉め、手を洗うべく、洗面台の前に立った。
鏡の中に映るのは、ここ三日間でもうすっかり慣れてしまった、如月 楓の顔だ。
常にジト目で、不愛想で、感情が表に出ない少女。
親父はこのオレの姿が、瓜二つなほど母さんに似ていると言っていたが‥‥果たして、そんなに似ているのだろうか?
幼少の頃の母親のイメージは、こんな、不愛想な女性ではなかったと記憶しているぞ?
母さんはオレなんかよりも明るい人で、死ぬ寸前までずっと前向きな人だった。
‥‥‥‥だったら、若い頃の母さんは、今のオレみたいに根暗な感じだったのかな。
あんま、想像付かないけど。
そう心の中で呟き、小さくため息を吐いた瞬間。
トイレの外から、突如、大きな声が聴こえてきた。
「ま、待ってください!! い、今は、中には入らないでください!」
外で誰も入らないよう見張ってくれていた香恋の、叫ぶような声が耳に届いて来る。
何事かと首を傾げていると、ガチャリと扉が開いて―――突如、トイレの中に、見知った顔が入って来た。
「‥‥は?」
「へ?」
男子トイレの中で鉢合わせし、無言で見つめ合う、オレと柳沢 恭一郎。
辺りには、何とも言えない、きまずい空気が漂っていった‥‥。
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