第34話 女装男、ファンクラブができる。
「突然で悪いけど‥‥如月さん、僕の彼女になってくれないかな?」
「は‥‥へ‥‥?」
「君を一目見た時から、好きになってしまっていた。どうか、僕と付き合って欲しい」
その絵画のような中性的で美しい顔立ちに、オレは思わず赤面し、口をパクパクとさせてしまっていた。
そんなこちらの様子に対して、銀城先輩は壁ドンをしたまま―――柔和な笑みを浮かべ、さらに顔を近付けてくる。
「‥‥‥‥ね? どうかな? 僕のものになってくれるというのなら、絶対に後悔はさせないよ?」
「わ、私は女性です、よ‥‥? 女性同士でお付き合いは、ちょ、ちょっと‥‥」
「僕は、性別の括りって恋愛に関係無いと思うな。僕は君が好きになった。ただ、それだけのことだよ」
そう口にすると、彼女は歯を見せて妖しげに微笑み、耳に付いているひし形のピアスをゆらりと輝かせる。
一見すると、この先輩は本当に‥‥男性にしか見えない。
ある意味、女装が似合ってしまう女顔のオレとは相反する存在なのかもしれないな。
「綺麗な唇だね」
「ぁ‥‥」
顎をクイッと持ち上げられ、オレは思わず動揺の声を溢してしまっていた。
―――――な、何なんだこれは!? 何か胸の辺りがこう、キュンってなったぞ、キュンって!!!!
オ、オレはけっして、女に壁ドンされて喜ぶようなドМじゃねぇぞ!?!?
イケメン女に責められて、情けなく「ぁ‥‥」なんて言う弱々しい男じゃねぇ!!!!
「ねぇ、キス、しても良いかな?」
「い、いやいやいやいや、ちょ、ま、待って、待ってください!!!! こ、困ります!! みなさん見ていますし!!!!」
「そんなの気にしなくても良いさ。それとも‥‥僕とじゃ、嫌、かな?」
銀城 遥希はとてつもない美形だし、他に類を見ないくらい綺麗な少女でもあるから、男としては別段嫌な気持ちはないが――――そ、それとこれとは別にして、今のオレは性別を偽っている立場であるし、何より綺麗な女の子であるからと言ってキスするほど、オレは腐ってはいない!!
男としての矜持を捨てたわけじゃねぇぞ、こんちくしょう!!
「す、すいません、銀城先輩、は、離れてくださいませんか? 私は、貴方とそういう関係になる気は一切、ありませ―――――」
「お、お姉さまから離れてくださいっ!!!!!!」
大きな叫び声を上げると、穂乃果は背後からオレを抱きすくめ、キッと、銀城先輩を睨みつける。
突如現れた穂乃果に一瞬驚いた表情を浮かべるも、銀城 遥希は目を細め、すぐに、いつもの怪しげな笑みを浮かべた。
「君は、確か‥‥以前如月さんと一緒に居た‥‥柊 穂乃果さんだったか。なるほど。もう既に如月さんには妹分がいたわけか」
「‥‥‥銀城先輩、でしたよね? そんなに身体を密着させて‥‥お姉さまをどうする気だったんですか?」
「キスするつもりだった。僕は、彼女のことが好きだから」
「キ‥‥キ、キキキキスゥ!?!?!? だ、駄目ですぅぅぅ!! お姉さまの唇を無理矢理奪おうとするだなんて、許せません!! 絶対に、許せません、ですぅっ!!」
がるるるると、怒ったチワワのように唸り声を上げ、穂乃果は銀城先輩を睨みつける。
そんな彼女の姿にクスリと笑い声を溢すと、銀城 遥希は腰に片手を当て、小さく頷いた。
「好かれているんだね、如月さんは。これはライバルが多そうだ。一筋縄ではいかなそうだよ」
そう口にすると、銀城先輩は片手を上げ、踵を返した。
「可愛らしい番犬がいることだし、今日のところは退かせてもらおうかな。それじゃあ、またね、如月さん。僕、絶対に君のこと諦めないから」
そう言葉を残し、銀城 遥希は静かに廊下の奥へと去って行く。
親父の娘だというから、柳沢 恭一郎関連の件で警戒していたんだが‥‥まさか、彼女にしてくれと迫って来るだなんて‥‥思いもしなかった。
ほんと、何から何まで読めない女だな、あいつは。
舞台の役どころでいう、トリックスター的なイメージというか。
そういう飄々としているところは、あの恭一郎に似ている部分なのかもしれないな。
(‥‥‥‥本当にあいつは、あの男の実の娘‥‥隠し子、なのだろうか)
そうなると、オレの腹違いの姉、ということになるのだろうが――――ほんと、何者なんだよ、あいつは。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ、みんな! 楓お姉さまが来ましたわよ!」
穂乃果と共に女優科クラスの教室に入ると、5名程の女子生徒がこちらへと近付いて来た。
彼女たちはオレの前に立つと、祈るようにして手を組み、潤んだ瞳を見せてくる。
「楓お姉さま! 私たち、先日のお姉さまの演技を見て、とっても感銘を受けましたの! 脚本に縛られない、あんなに自由な演技‥‥見たことがありません!! すっごく素晴らしかったです!!」
キラキラと輝かせている彼女たちのその瞳には、嘘やおべっかなどの気配は一切感じられない。
どうやら彼女たちは本心で、オレの演技が良かったと、そう言ってくれているみたいだ。
(‥‥‥‥オレの演技が、良かった、か‥‥)
恭一郎の言う通りに、正式なオーディションの場であんな演技をしたら‥‥きっと、審査員からは酷評の嵐。恐らく、評価に値しないズタボロな出来だったのは間違いないだろう。
ただ、自分が楽しむだけの、自己中心的な演技。
脚本を無視した勝手なキャラ付け。物語を破綻させかねない、暴君のようなアドリブの嵐。
それは以前のオレ――――柳沢 楓馬の演技とは異なる、セオリーを無視した、めちゃくちゃな手法だ。
それでも、今の自分にとってあれは、全力の演技だった。
今の、役者として枯れたと思っていたオレの演技で観客を魅了することができたのなら‥‥これほど嬉しいことは他に無いな。
「ありがとうございます、みなさん。そう言っていただけるだけで、とても嬉しいです」
そう答えると、キャーッと、女子生徒たちは黄色い声を上げる。
そして彼女たちの中から、一人、リーダー格と思しきサイドテールの美少女が前へと出てきた。
その少女は、何処か興奮した様子で両の手の拳を握り、口を開く。
「お姉さま! どうか私たちを、楓お姉さまのファンクラブに入れるように‥‥お友達に推薦してはくださらないでしょうかっ!」
「は? ファンクラブ‥‥?」
「えっ、ご存知ないのですかっ!? 一年生の普通科と声優科、モデル・タレント科には既に、お姉さまのファンクラブができているのですよ? 何でも、モデル・タレント科の、お姉さまのご友人である春日 陽菜さんという方が主導して作っていらっしゃるとか‥‥」
「え‥‥えぇ‥‥?」
オレは困惑の声を溢した後、隣にいる穂乃果へと視線を向ける。
すると彼女は「あははは」と、眉を八の字にして口を開いた。
「その‥‥ずっと言おうか迷ってたのですけど‥‥陽菜ちゃんと花子ちゃんが、楓お姉さまのグッズを作って売れば、良い商売ができる、と‥‥何か勝手にファンクラブを作っちゃってるみたいです‥‥はい」
は? いったい何やってくれてんの? あのギャル子ちゃんと中二病オカッパ女?
オレ、この学校では極力目立つことはしないように心掛けたかったのに、何なのこの状況?
たったの三日でファンクラブできるとか、おかしいだろ!? オレ、中身はただの童貞男だぞ!?
その信じ難い状況に思わずがっくりと肩を落とし、顔を俯かせていると、背後から声を掛けられた。
「――――――貴方は、また‥‥。ちょっと、邪魔よ! 入り口を塞がないでちょうだい!」
その怒りの声に振り向くと、紅いツインテールの少女、月代 茜が立っていた。
彼女は腕を組んで、こちらをジロリと睨みつけてくる。
そんな彼女の眼光にゴクリと唾を飲み込んだ後、オレは即座に道を開け渡した。
すると茜はフンと鼻を鳴らし、そのままオレの横を通って行く。
そして、去り際、彼女は一言、言葉を残していった。
「ちやほやとされて良いご身分ね。貴方みたいなズブの素人女を信奉する信者たちの浅はかさには、呆れて言葉も出ないわ」
そう言って茜はツインテールをファサと風に靡かせると、そのまま自分の席へと向かって歩いて行ってしまった。
そんな彼女の姿に、オレを取り囲んでいた五人の少女たちは、怒ったように声を荒げ始める。
「なんなの、あの人! 初日から本当に感じが悪いわね!」
「お姉さまにオーディションで負けたから、きっと、根に持っているのよ。プライドだけは人一倍高そうだもの、あの人」
「役者としては実力はあるんでしょうけど‥‥性格は最悪よね! あの人のファンも、中身がどういう女か知ったら失望するんじゃない?」
オレのファンを自称する五名の生徒たちは、茜の悪口をこれみよがしに大声で喋りながら――――自分たちの席へと戻って行った。
ひ、ひぇぇぇ‥‥あの女の子たちの口撃、こ、怖いぃぃぃ‥‥。
オレが茜の立場だったら‥‥あんな白昼堂々悪口大会開かれたら、もう怖くて学校来れないわ‥‥。
お、恐ろしいですぅぅ‥‥(穂乃果の真似)。
「‥‥茜さんも、もう少し、みなさんと打ち解け合えると良いんですけどね」
「そうですねぇ‥‥」
穂乃果とそう言葉を交わした後、オレたちは自分の席へと向かって歩みを進めて行った。
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