第33話 女装男、雌になる。



 翌日。オレは、化粧台の前に座り、ルリカに化粧をしてもらっていた。


「―――――よし、完成! 今日もおにぃは完璧な美少女になったよ! 私のお化粧の技術に感謝してよねっ! ふふんっ!」


「‥‥‥‥あの、ルリカちゃん? お化粧についてはありがたいけど、その、何で、今日のオレはツインテールなの? 今までハーフツインとかにしてなかった?」


 化粧台の鏡に反射して映っている背後のルリカへと疑問の声を投げると、彼女は腰に片手を当て、チッチッチッと指を振り、笑みを浮かべる。


「おにぃ、甘いよ。いつもと同じ髪型のままじゃ、周りの女の子に舐められちゃうんだから。おにぃは‥‥いや、如月 楓ちゃんは、私が作りだした最高の美少女なの。だから、常に他の子よりも輝いていなきゃいけないの! おにぃ、私の楓ちゃん愛を甘くみないでよねっ!!」


「ル、ルリカちゃん? 好き勝手弄られているお兄ちゃんを可哀想とは思わないのかな? お兄ちゃん、男の子なのにツインテールになってるんだよ!? もうここ二日間、男としての尊厳が全然無くなっちゃってるんだよ!! 一日の殆どを、女装して過ごしているんだよ、お兄ちゃんは!!!!」


「おにぃ、私ね、実はずっと前からお姉ちゃんが欲しかったんだぁ~」


「はい‥‥?」


「姉妹で髪型やお洋服をお揃いにして、街とか歩いてみたかったの。だからほら、今日は楓ちゃんと同じにして、私もツインテールにしてみたんだよっ! ふふふっ、髪の色は違うけど、もうこれ、並んだら完全に姉妹にしか見えないよね! おにぃ!」


 そう言ってスマホを取り出すと、ルリカはオレとのツーショットをパシャリと写真に撮り始めた。


 その光景に、オレは思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。


「‥‥‥‥ル、ルリカちゃん、君にお姉ちゃんはいないんだよ? 君にいるのはお兄ちゃんだけなんだよ? 目を覚まして?」


「おにぃ、もういっそのこと女の子になっちゃったら良いんじゃない? 海外で手術? とかってできるんでしょ? 絶対、女の子として生きていった方がおにぃは良いと思うよ! だって、こんなに可愛いんだもん!」


「マ、マイゴッドルリカ様!?!?!? オレの大切なナウマンゾウを切り落とせと、そう、仰られるのですか!?!?!?!? そ、それだけは、どうか、それだけはどうかご容赦をぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!」


 椅子から崩れ落ち、オレは四つん這いになり、地面に膝を付ける。


 あぁ、我が神は、この哀れな子羊をお見捨てになられたというのか‥‥。


 今まで苦楽を共にして来たチ〇コを切れと、そう、宣告なされるのですか‥‥。


 神の非情なる啓示にシクシクと涙を流していると、ルリカは鼻歌混じりにリビングへと向かって歩いて行った。


「さっ、朝ごはんにしよー、おにぃ。今日も美味しい御菓子、ネットショッピングで仕入れてきたんだー!」


「ルリカちゃん、お兄ちゃんは絶対にチ〇コは切りませんからね? 例え神が相手だろうと、この相棒は見捨てはしませんからね?」


「おにぃ、サイテー! 如月 楓ちゃんはチ〇コなんて絶対に言わないもん! その恰好している時は、お兄ちゃんの人格はどっかに閉まってよ!!」


 えっ、それってもしかしてお兄ちゃんに死ねと言っているのかな? ルリカちゃん?


 そもそも如月 楓なんて存在は架空の人物なんだよ? 柳沢 楓馬が貴方の本物のお兄ちゃんなんですよ? そこのところわかってる??


「ぐぬぬぬぬ‥‥如月 楓め‥‥。オレの尊厳だけではなく、まさか、オレの大切な妹まで奪おうと言うのか‥‥絶対に許さんぞ‥‥」


 そう呟き、オレは起き上がると、鏡の中にいる白金色のツインテールの美少女を睨みつけた。


 相変わらず、ジト目で無表情の、不愛想な面をしてやがる。自分のことながら、なんてムカつく野郎だ‥‥。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 いつも通り電車に乗り、仙台駅へと辿り着く。


 そして、昨日と同じように、駅構内の二階にある綺麗なステンドグラス前で穂乃果と合流を果たした。


 先日、彼女の家で起こった騒動のせいか、穂乃果は何処か照れた様子だったが‥‥雑談している内に、彼女は徐々に普段の様子を取り戻していった。


 お互いを抱きしめ合ったあの事件については、これでもオレは一応男子なので‥‥少しばかりの、恥ずかしさがある。


 まるで、付き合いたてのカップルが初キッスした翌日に再会した時のような―――互いの顔を見つめてはそっぽを向くような、何とも言えない気まずい空気感は、流石のオレも勘弁してもらいたいところだったからな。


 いや、彼女いない歴=童貞なので、カップルの空気感などただの妄想でしかないのだがね、うん。


 コホン。‥‥と、とにかくだ。彼女が普段通り接してくれて、助かった。


「―――――ということがあってですねぇ、浩人‥‥弟が、お姉さまに一目惚れしちゃったみたいなんですよ~。昨日、お姉さまが帰った後、次はいつ楓お姉ちゃんは来るの、って、うるさかったんですよぅ~」


「そ、そうですか‥‥」


 弟君も、こんな中身がただの童貞野郎の似非女に惚れてしまうだなんて‥‥何とも不運な奴だな。


 中身が男だって知ったら、絶対にトラウマになるだろ、オイ‥‥。


 そんなこんなで穂乃果と会話していると、花ノ宮女学院の校舎の前へと着き―――昇降口の前へと辿り着いていた。


 オレは穂乃果と並び、下駄箱から上靴を取り出し、ローファーと履き替える。


 その時、突如横から、声が掛けられた。


「―――――――やぁ、如月さん。待ってたよ」


 振り返ると、そこには‥‥下駄箱のロッカーに手を付き、こちらに不敵な笑みを浮かべている銀城 遥希の姿があった。


 昨日の取り乱した状態のオレだったら、彼女の姿を目にした途端、素を曝け出し、何か悪態のような言葉を吐いてしまっていたかもしれないが‥‥今のオレは、穂乃果のおかげで以前の落ち着きを取り戻している。


 彼女が恭一郎の娘だとしても、如月 楓という仮面を被ったまま、会話することができるだろう。


 オレは胸に手を当てふぅと息を吐いた後、まっすぐと、銀城 遥希の顔を見据えた。


「おはようございます、銀城先輩。私に何か御用でしょうか?」


 そう挨拶をすると、銀城先輩はニコリと柔和な笑みを浮かべる。


「おはよう、如月さん。‥‥実はね、僕、昨日からずっと君のことを考えていたんだ。殆ど、眠れなかったよ」


「私のこと、ですか‥‥?」


「うん。君、昨日は突然、僕と父さんを突き放すようにして帰って行っただろう? その理由が、何だったのかを知りたかったんだ。知らない間に僕が何か君に気に障るようなことをしていたのなら‥‥謝るよ。ごめんね」


「いいえ。銀城先輩は何も悪くありません。あの時は、ただ‥‥体調が悪かっただけでございます」


「‥‥嘘、だね」


「え‥‥?」


「君はあの時、今にも僕と父を殴ってしまいそうな‥‥そんな、怒りと憎悪の感情が表へと出ていた。自分で言うのも何だが、僕は洞察力は人一倍優れていてね。君があの時、何かに怒っていたことは事実だよ」


「‥‥‥‥」


 こいつ‥‥厄介だな。


 あの時のほんの一瞬の隙でこちらの心情を完璧に読み取って来るとは‥‥ただのバカじゃない。


 流石は柳沢 恭一郎の娘、といったところだろうか。


 観察力、洞察力は一級品のものだな。


 オレはふぅと短く息を吐いた後、目を伏せ、小さく言葉を紡ぐ。


「その‥‥私、過去に、父親に捨てられた経験がありまして。ですから、銀城先輩と柳沢先生の仲睦まじい親子の姿を見ていたら‥‥つい、衝動的に過去のことを思い出してしまったんです。失礼な態度を取ってしまって‥‥も‥‥申し訳ございませんでしたっ!」


 こういう洞察力が高い手合いには、真実を織り交ぜた嘘が効果的だと分かっている。


 オレは表情を見て気取られないようにして、ペコリと頭を下げた。


 そして顔を上げると、銀城先輩は困ったように頬を掻き、口を開く。

 

「そう、だったんだ‥‥。いや、ごめんね。そんな過去があっただなんて予想できなかった。辛いことを思い出させてしまったね‥‥僕の方こそすまなかった」


 そう言って深く頭を下げてくる銀城 遥希。


 何となく‥‥こいつは、そんなに悪い奴じゃないような気がするな。


 もし、親父のことだとか、女装のことだとかが無く普通に出会うことができていたのなら‥‥友人になれていたかもしれない。


 彼女に「頭を上げてください」と声を掛けると、銀城先輩は顔を上げ、オレにニコリと微笑みを向けてくる。


「僕、君とは初めて会った時から‥‥個人的にお話したいことがいっぱいあったんだ。だから、お友達になってくれないかな、如月さん」


「ええ、構いませよ」


 友達くらいなら、別段、構わないだろう。


 もしかしたらクソ親父の情報が何か分かるかもしれないからな。


 そう思ったオレは、握手をしようと銀城先輩へと手を差し伸べる。


 すると、彼女は、何故か‥‥身体を硬直させたのだった。


「? どうかしましたか?」


「‥‥‥‥いや、やっぱり、止めた。君とは友達にはならない」


「え‥‥?」


 困惑した声で首を傾げると、突如、銀城 遥希はオレへと接近してきて――――ドンと、壁を突いて、壁ドンしてきた。


 そして、こちらを見下ろし、彼女は妖しげに微笑みを浮かべる。


「如月さん、突然で悪いけど‥‥僕の彼女になってくれないかな?」


「は‥‥へ‥‥?」


「君を一目見た時から、好きになってしまっていた。僕と付き合って欲しい」


 その中性的なイケメン顔で迫られて――――オレは思わず、顔を真っ赤にさせてしまった。

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