第18話 女装男、父と再会する。
「―――――万梨阿先生、それは、本当のことなの?」
苛立った様子で足早に廊下を歩く香恋の後ろを、オレと玲奈、マリア先生はついていく。
そんな彼女の背中に、マリア先生は恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「は、はい。今、職員室には、香恋さんのお兄様である『
その異様な組み合わせである二人の名前に、香恋はギリッと歯を噛み締める。
「‥‥‥‥兄さんがこの学校に来るのはまだ分かるわ。跡目争いをしている妹の敵情視察、ということが理解できるからね。でも―――柳沢 恭一郎は、いったい何なの? 彼は、昔から花ノ宮家とは犬猿の仲で、あまり親交は無いはずなのだけれど。‥‥柳沢くん、貴方、お父さんについての情報を何か知っている?」
「いや、悪いが、お前たち花ノ宮家の人間が知っていることしかオレも知らない。5年前、柳沢 恭一郎は突如、オレたち兄妹の親権を花ノ宮家に引き渡した。それ以来、あのクソ親父とは一度も会ってはいない」
「そう‥‥‥‥。何だか、嫌な予感がするわね‥‥‥‥」
「同感だ。あのクソ親父が現れると、昔からろくなことが起こらないからな」
‥‥香恋の言う通り、柳沢 恭一郎は花ノ宮家を嫌悪している。
過去、母の葬式の時にも、叔母である愛莉とは酷い言い争いをしたみたいだからな。
それ故に、奴が花ノ宮家の人間―――香恋の兄と共にこの学校に現れたことには違和感を感じざるを得ない。
何か裏があるのではないかと、そう、勘ぐってしまうくらいにはな。
「‥‥‥‥職員室に着いたわね。柳沢くん、悪いけれど、貴方は――――」
「分かっている。正体がバレる可能性がある親父の前に、むざむざ姿を現しはしないさ」
「理解が早くて助かるわ。それじゃあ、行ってくる」
そう言って、香恋は玲奈、マリア先生を連れて、職員室の中へと入って行った。
オレは身を潜めて、ドアの窓ガラスから職員室の中の様子を伺ってみる。
すると、職員室には、黒髪に紅い瞳、黒いスーツの―――香恋の兄と思しき若いイケメン男の姿があった。
その横に立つのは、アイアンブルーのシャツを着た、黒髪碧眼の中年の男。
眠そうな顔で煙草を吸うやさぐれた雰囲気のその男の姿は‥‥間違いない。
オレとルリカの実父、柳沢 恭一郎その人だった。
「‥‥‥‥すいません。ここ、禁煙なので。煙草、止めてもらっても良いでしょうか」
香恋の険のあるその言葉に、恭一郎は振り返り、背後にいる彼女へと視線を向ける。
そして、胸ポケットから携帯灰皿を取り出すと、そこに煙草をポイッと放り入れた。
「へぇ、君が花ノ宮 香恋、か。不思議だな。由紀にも似ているし、愛莉にも似た顔立ちをしている。いや、どちらかというと愛莉似、か?」
「‥‥お初にお目にかかります、柳沢 恭一郎さん。ご活躍の程はテレビなどで拝見させていただいております。それで‥‥今日は当学校へ、どういったご用件でいらしたのでしょうか?」
その言葉に恭一郎はふぅと疲れたようにため息を吐き、横にいる香恋の兄へと、ジロリと視線を向ける。
「おい、イツキ。全然話通ってねぇじゃねぇか。オレだって暇じゃねぇんだぞ? あぁ?」
「フッフッフッ‥‥申し訳ないな、恭一郎。これはそう、妹へのサプライズプレゼントを兼ねていてね。彼女には寸前まで黙っておこうと、そう決めていたのさ」
そう言って、イツキと呼ばれた青年は香恋の前に立つと、ニコリと、不気味に微笑みを浮かべる。
「香恋。風の噂で聞いたぞ。お前の学校‥‥花ノ宮女学院の入学者数は、年々、数が減っているらしい、とな。お爺様から任せられる事業はランダムとはいえ、元々経営が不振な学校を引き当てるとは‥‥とんだ貧乏くじを引いたみたいだな」
「‥‥‥‥ご心配には及びません。私なりに、この学校を立ち直らせる算段は付いておりますので。ですから、お兄様が憂う必要は、何処にも―――」
「そこでだっ!! 香恋っ!! 兄は不憫なお前を想って、この学校を救う輝かしい人材を用意してきたんだ!! それが、彼――――柳沢 恭一郎
「先、生‥‥?」
「そうだ! 柳沢 恭一郎先生には、今年度からこの学校の女優科の講師をしてもらおうと思っている! 今を輝く名俳優が、講師をするんだ! 来年度から入学者数も鰻登り間違いなしだろう! ハッハッハッハ!!!!」
「ちょ‥‥ちょっと待ってください!! な、何を勝手に!!」
「香恋。兄は、この後継者争い、全員が全員万端の状況で争った方が良いと、そう思うのだ。‥‥花ノ宮家は古くから代々続く由緒正しい財閥の家系。であるならば、当主は高い能力のある実力者以外はありえない。凡愚が上に立つなど、栄えある花ノ宮女家の未来を閉ざすにも等しい行いであるからな! この戦いは、スタートラインは皆一緒の方が良い!! 長兄として、兄はそう決断した!!」
そう口にして一頻り笑い声を溢すと、イツキと呼ばれた青年は職員室全体に視線を向け、再び開口する。
「先生方も、この学校がより良い方向に進む選択を選びたいのではないのかね? このまま何もせずに数字が下がって行くのを指を加えて眺めているのも辛かろう。上に立つ者として、下に居る者を先導するのも、経営者としての責務だ。よって、この学校の理事である花ノ宮 香恋の兄―――私、花ノ宮 樹は、柳沢 恭一郎をこの学校の講師として雇うことを助言する!!」
その発言に、一瞬、香恋は悔しそうに歯を嚙み締める。
なるほど‥‥あの男は、この学校で自らの力を誇示するために、わざわざこの場に来たというわけか。
理事になったばかりの年若い香恋では、当然、教師陣からの信頼は低い。
だから、彼女の兄であるイツキはそこの点を突いて―――自らが手を貸し与えることによって、この学校の職員からの信頼を勝ち取りにきた、か。
外堀を埋め、相手方の陣営を味方に引き込む。これは、そういった計略なのだろう。
全員が全員万端の状況で正々堂々と戦おうとか言っているわりには、中々姑息な手を使ってくる野郎だな。
柳沢 恭一郎を連れて来た点は、まぁ、単なる偶然なのだろうが‥‥オレを女装させてこの学校に通わせている香恋にとっては、その選択は痛手になる。
そして、経営不振である状況故に、名俳優である柳沢 恭一郎が講師になることを断るわけにもいかない。
断れば、周囲の職員から不信感を抱かれる結果に繋がるからな。
―――――あいつにとってこれは、かなり厳しい一手なのは間違いないだろう。
「‥‥‥‥‥‥ありがとう、ごさいます‥‥お兄様」
そう言って香恋は兄イツキに、静かに頭を下げる。
そんな彼女に、イツキはニコリと微笑みを浮かべ、口を開いた。
「何、兄妹として当然のことをしたまでのこと。これからは共に、正々堂々と、後継者を決める戦を戦い抜いていこうではないか」
ポンと肩を叩き、イツキは職員室から出て行こうとこちらに向かって歩みを進めてくる。
オレはその様子を確認した後、足音を立てずにその場から離れて行った。
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