第13話 女装男、罠に嵌る。
「‥‥‥‥‥‥悪いが、香恋。オレは、『如月 楓』として花ノ宮家に利益をもたらしてはやるが、『柳沢 楓馬』として役者の道に再び戻る気は一切ない。どんな脅しを使われようとも、な」
「‥‥そう。それはとても残念、ね」
彼女はそう呟くと、ふぅと短く息を吐き、悲しそうに目を伏せたのだった。
そしてその後、目を開くと、香恋はオレにジト目を向けてくる。
「まったく‥‥才能溢れる若き女優、月代 茜にそこまでの好意を持たれているというのに、貴方はそれに応えないだなんてね。世の男性が今の貴方を見たら、きっと、怨嗟の声を上げるに違いないわ」
「いや、アイツはオレに好意なんかもってないだろ。ただ、オレをしつこくライバル視しているだけだ」
「この男は‥‥まったく、賢いのか鈍いのか分からない人ね。女性からしてみれば、一番性質の悪いタイプだわ」
そう言って香恋はティーカップのお茶を口に含むと、カチャリと、カップをソーサーの上に置く。
そんな彼女の背後から、ぽそりと、今まで一言も声を発していなかった仏頂面のメイドが口を開いた。
「‥‥お嬢様。もうそろそろ、時間でございます」
「あら、もうそんな時間なの? 柳沢くんの報告をまだ全部聞けていないのだけれど‥‥まぁ、仕方ない、かしら」
香恋はスッと席を立ち、隣の椅子に置いてあったスクール鞄を手に取る。
そして鞄を肩に掛けると、首を傾げ、オレに微笑を向けてきた。
「それじゃあ、柳沢くん、私はもう行くわ」
「あぁ」
「そうだ。今夜、花ノ宮家本邸で親族一同を集めた晩餐会があるの。貴方も一緒に来る?」
「行くわけねーだろ! 忌み子だのなんだのと嫌われているオレが行ったら、大ヒンシュクになるに決まっているだろうが!」
「そう。でも、愛莉叔母さまは喜ぶかもしれないわよ?」
「は、はぁ!? 何言ってんだ、あの叔母さんがオレを一番に嫌っている人間の筆頭だろう!?」
「‥‥どうかしらね。あの人は、嫌いなものが一番好きなのよ」
そう一言小さく呟くと、香恋は空になったカップを手に持ち、そのままメイドを引き連れてテラスから去って行った。
「嫌いなものが一番好き‥‥? なんじゃそりゃ?」
あの叔母は、絶対、オレを嫌っている。
だって、会う度にドブネズミ呼ばわりしてくんだぞ? どう考えてもそこに、好意の欠片なんてひとつも見えてはこないだろ。
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《香恋視点》
「お嬢様、とても楽しそうですね」
柳沢くんと別れ、廊下を歩いていると、背後からメイドの少女――
私はそんな彼女に肩越しに顔を向け、静かに口を開く。
「そう見える?」
「はい。だって、先ほどからスキップしていますもの」
「やだ、無意識だったわ。‥‥もう、気付いてたのなら止めてよ」
「申し訳ございません」
「でも‥‥そうね。確かに、今、とても楽しいわ」
目を閉じる。
そこに浮かぶのは、暗い部屋でひとりで人形遊びをしている、幼い頃の自分の姿だ。
その暗い部屋で唯一光を放っているのは、55インチはあるだろう大きな薄型テレビ。
テレビには、昼夜を問わず、バラエティ番組やドラマ、アニメがひっきりなしで流れていた。
どの番組も、幼い私にとってはくだらない紛い物でしかなかった。
全ては金で作り出した偶像、嘘が透けて見える、作り物の世界。
私の世界も、それらと同様のものであった。
両親も、親戚も、誰も本気で愛し合ってなんかいない。
この世界はすべて虚構で作られているのだと、幼い私はそう悟っていた。
だけれど―――――。
だけれど、彼の演技だけは、違った。
すべてが、真実だった。
『‥‥やなぎさわ、ふうま‥‥‥‥』
子供離れした卓越した演技力。見る者を恐怖させる底の知れない深い青い眼光。
彼の叫びは、見る者の魂を揺さぶった。彼の演技は、物語がフィクションであることを忘れさせた。
その異常な才能に、人々は彼を、恐れを抱いてこう呼んだ。『魔性の怪物』―――柳沢 楓馬、と。
―――――私は、瞼を開ける。
そして、誰にも聞こえない声量で、ぽそりと、小さく呟いた。
「‥‥‥‥‥‥柳沢くん。貴方がどんな理由があって役者の道を諦めたのかを、私は知らない。でも‥‥私はけっして諦めはしないわ。貴方が役者に戻ることを願っているのは、何も、月代 茜だけではないのよ」
そう呟き、私は長い廊下をまっすぐと進んで行く。そして、そのまま昇降口へと向かって進んで行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
香恋と別れた後、オレは昼食を購入するために、食堂のカウンターへと向かった。
この学校の食堂で販売されている料理は、普通の高校の学食とはレベルが異なり、まるで高級フレンチさながらのメニューをしていた。
どの料理も、とても美味しそうなメニューのラインナップではあったのだが‥‥悲しいことに、値段がめちゃくちゃ高かった。
大体の料理の平均的な値段が三千円を超えており、改めて、この学校がブルジョワの学校であることを再確認してしまう。
「クソ、花ノ宮家め‥‥学食にいったいどういう値段設定付けていやがるんだ‥‥。何も、こんなところで金を使わせなくても別に良いだろうに‥‥」
そう呟き、オレはカウンターから離れ、その横に空いてある自販機へと向かう。
その自動販売機にはオレのような貧乏苦学生の救済措置のためか、カップラーメンや安い弁当の類が販売されていた。
これから先、オレの昼飯はこの自販機様の世話になりそうだな、と、その自動販売機に向かって歩みを進めていると‥‥自動販売機の前で呆然と立ち尽くす、一人の少女の姿が目に入る。
毛先がウェーブがかったオレンジ色の長い髪で、緑色の瞳をした、外国人のような風貌をした少女だ。
彼女は、自販機を睨みつけ、うーんと何やら唸っていた。
不思議に思い、オレはその外国の少女に声を掛けてみることにする。
「あの、ずっと立ち尽くしておられますが、どうかされましたか‥‥?」
「‥‥‥‥え? って、うわぁ!? 外国人だっ!?」
「あははは‥‥そっくりそのまま、そのお言葉をお返しいたします」
「あっ、それもそっか。なははははははっ!!」
そう言って豪快に後頭部を掻くと、少女はニコリと微笑んだ。
「いやさ、ここの食堂ってすんごい値段高いじゃん? だから、こっちの自販機に来たんだけど、どのカップラーメンにしようか迷っちゃって。安定の『どん吉』を選ぶべきか、ここは挑戦して『納豆ラーメン』を選ぶべきか‥‥うーむ、難しい選択だ‥‥。ねぇ、君はどっちが良いと思う?」
「普通にどん吉を選んだほうが良いのではないでしょうか。納豆ラーメンは‥‥正直、どんな味か想像も付きませんし‥‥」
「ほうほう。うん、確かに。その通りかも! じゃあどん吉にする! ありがとう、外国人のお姉さん!」
そう言ってオレンジ色の髪の少女はピッと自販機のボタンを押すと、取り出し口からどん吉を手に取り、そのまま手を振って去って行った。
いや、オレから見ればあんたも外国人なのだがな‥‥。
オレはそのまま少女を見送り、自販機の前に立つ。
そして、どのメニューを購入しようか迷っていると‥‥その殆どのボタンに、売り切れと書かれていることがわかった。
そして、唯一残っているのが、『納豆ラーメン』だけだったこともわかった。
「‥‥‥‥‥‥マジ、かぁ‥‥」
だったら、さっきの女に納豆ラーメン買わせておけばよかったな‥‥。
オレは深く後悔しながら、ピッと、納豆ラーメンのボタンを押したのだった。
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