第12話 女装男、お嬢様に呼びつけられる。
「うっわっ、ヤッバ、すんげぇ美人さんじゃん‥‥もしかしてその子が、穂乃果が言っていたお姉さまって人?」
金髪ギャルはそう言うと、ほぇ~と呆けたように口を開け、オレの顔を静かに見つめ始める。
そんな彼女に対して穂乃果はふんすふんすと鼻息を荒くし、興奮した様子で口を開いた。
「そうですよぉ、陽菜ちゃん! この方が、今朝、私を痴漢から救ってくださった‥‥如月 楓お姉さまなのですぅ~~っ!!」
「マジか‥‥。穂乃果がすんごい美人さんとかいうから、正直ハードル上がってたけど‥‥そのハードル優に超えるレベルだったわ‥‥。や、女優科、普通にレベル高くね? こんな子いたら他の科の子たち霞んじゃうでしょ?」
そう口にしたギャル子ちゃんに同意するように、彼女の隣の席に座っているオカッパ頭の少女も小さく頷いた。
「‥‥‥‥右のビッチに激しく同意します。このレベルの美少女が声優科にいたら、温厚で優しいフランチェスカさんといえども流石に怒り心頭でした。口にハンカチを突っ込んでキィィィィとやっていたところでした。挙句、嫉妬に狂い、破壊神龍バハムートを召喚しているところでした。危ない危ない‥‥」
「ビッチじゃねーし! ったく、この中二病女は‥‥」
そう言ってはぁと大きくため息を吐いた後、ギャル子ちゃんはオレにニコリと微笑みを見せてくる。
「アタシ、
顎の下でピースを決めて、可愛らしくウィンクをしてくる金髪ギャル、春日 陽菜。
続けて、彼女の隣に座る、閉じた扇子を持ったオカッパ頭の少女も自己紹介を始める。
「我が
「フ、フランチェスカ‥‥? 吸血姫‥‥? あ、あの、日本の方のように見えますが‥‥外国の方、なのですか?」
「あー、また始まったよ‥‥。楓っち、こいつの本名は『佐藤 花子』っていうんだけど、声優業とは別にVTuberもやってて、何でか現実でもそのキャラの役になりきってんだよね‥‥あっ、VTuberって分かる?」
「ええ、知っています。妹が好きで、よく見ていましたので。‥‥なるほど、花子さんは声優とVTuberを兼業されている方なのですか」
「‥‥‥‥花子じゃない、フランチェスカ」
「あ、す、すいません、フランチェスカ、さん‥‥?」
むーっと唇を前へ突き出し、まっすぐと切り揃えられた前髪からジト目でこちらを睨みつけてくる花子さん―もといフランチェスカさん。
オレはそんな彼女にハハハと引き攣った笑みを浮かべつつ、穂乃果へと声を掛ける。
「で、では、穂乃果さんのお友達も無事に見つけられたことですし‥‥私、昼食を買いに行ってきますね!」
「あっ、はいです! 私も一緒に行きます、お姉さまっ!」
そう、穂乃果と共に食堂の奥にあるカウンターへと向かおうとした、その時だった。
突如、スカートのポケットの中に突っ込んでいたスマホが、ブブッと鳴り響く。
オレは急いでスマホを取り出し、その画面に視線を向けてみる。
するとそこには―――ある人物からの「テラス席に来なさい」と書かれた一言だけのメッセージの姿が。
‥‥ったく、あの女にレインのアドレスを教えた覚えは無かったんだがな。
オレは大きくため息を吐いた後、前を歩く穂乃果にそっと声を掛けた。
「穂乃果さん、申し訳ございませんが、少し、所用ができましたので‥‥先にみなさんと昼食を摂ってもらっていてもよろしいでしょうか?」
「? 所用、ですか? はいです。分かりました」
「すいません。では、失礼いたします」
穂乃果に頭を下げた後、オレは食堂を出て、すぐ右にある渡り廊下を歩いて行き、テラスへと向かう。
食堂の屋外に面して造られたそのテラスには屋根が付いており、数席分のテーブルと椅子が置かれてあった。
どうやら中庭を眺めながら、外でも食事が摂ることができるようだ。
今日のような気持ちの良い天気だと、生徒に人気がありそうなスポットのように思えるが‥‥何故かそこには、一人の少女とメイドの姿しか見当たらなかった。
正午の春の日差しが差し込み、穏やかな空気が漂う中。
黒髪の少女は丸いテーブル席に座り、ティーカップを片手に持ち、その香りを優雅に楽しんでいる。
そして彼女は切れ長の目をこちらに向けると、ニヤリと、不敵に笑みを浮かべてきた。
「どうやらちゃんとこの学校に馴染むことができているようね、柳沢くん。友達もできたみたいで何よりだわ。これなら、貴方の正体がバレる心配はなさそうね」
「香恋お嬢様‥‥誰もいないからって、油断しすぎじゃないスかね。流石にここで本名呼びはまずくないスか?」
「心配はないわ。人払いは済ませてあるし、ちゃんと周囲に監視の目も置いているもの。‥‥ほら、さっさと向かいの席に座りなさい。雇い主として、今日一日の貴方の行動をすみずみまで報告してもらうから」
「報告と言っても、な‥‥あんまり話すようなことは無い‥‥っと、そうだ! お前、この高校に女優としての華が無いとなんとか言っていたけど、すげー大物が入学しているじゃないか!! アイツがいれば、オレの存在、絶対にいらねぇだろ!!」
そう言って香恋の向かいの席に座ると、黒髪のお嬢様は不思議そうに首を傾げた。
「? 大物?」
「月代 茜だよ! ツキカゲプロダクション所属の、新進気鋭の若手ホープの!!」
「あぁ‥‥。確かに、あの子は今の女優科では抜きんでている才能ね。でも、月代 茜はこの学校が求める華ではないわ。アレは、私たち花ノ宮家が求めている人材ではないもの」
「は? 何でだよ? 女優としてはやり手だろ、あの女は」
「そうね。成功している部類だとは思うわ。でも‥‥今の彼女が成功したのは『悪役』としての配役のみ。それは、私たちが求める『国民的ヒロイン』としての像とはかけ離れたものよ。正直、私は子役の頃の月代 茜の演技の方が好きだったわ。あの子の今の演技はただただ荒々しく、怒り狂う獣のようだからね‥‥」
そう言ってはぁと大きくため息を吐くと、香恋はジロリとオレを睨んでくる。
「月代 茜の演技が変わったのはある一時からよ。それがいつからか、分かるかしら?」
「‥‥」
「回答時間は五秒以内。チクタック、チクタック――」
「‥‥‥‥‥‥もしかして、オレが役者を辞めた時から、か?」
「あら、意外。てっきり鈍感系主人公みたいなムーブするかと思ったわ。案外聡いのね、貴方」
パチパチパチと拍手してくる香恋に対して、オレはチッと舌打ちする。
そんなこちらの様子に目を細めてフフッと笑みを浮かべると、香恋は静かに口を開いた。
「柳沢君、貴方ならば知っているとは思うけれど‥‥子役として成功した子供が、その後、大人になっても俳優として食べていける子がどれくらいの数いるのか知っている?」
「まぁ、そんくらいなら当然知っているよ。子役出身者は成長したらその殆どが役者としての仕事を失う。子役として求められているものと、成長した後に求められるものが、全くの別ものだからだ。だから、大抵の子役は子役時代でその役者人生に終わりを告げる者が多い」
「その通りよ。だから、まぁ、月代 茜はその【子役の呪い】に打ち勝った、稀有な存在といえるでしょうね」
「‥‥」
「柳沢くん。私にはあの子の怒り狂う悪役の演技が、誰かに何かを必死に訴えているようにしか思えないの。彼女の演技は、片翼を失った鳥が、失った翼を求めて‥‥虚空をもがきながら飛び続けている‥‥そんなふうに感じられるわ。あの子が【子役の呪い】に打ち勝ってまで芸能界に居座り、求め続けているもの。それが何なのかを、貴方が気付くことを、私は心から祈っている」
「‥‥‥‥‥‥悪いが、香恋。オレは、『如月 楓』として花ノ宮家に利益をもたらしてはやるが、『柳沢 楓馬』として役者の道に再び戻る気は一切ない。どんな脅しを使われようとも、な」
「‥‥そう。それはとても残念、ね」
彼女はそう呟くと、ふぅと短く息を吐き、悲しそうに目を伏せたのだった。
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