第10話 女装男、イケメン女子高生にナンパされる。


「あたしの目標は、ただひとつ。それは―――――――あたしの演技を奴に‥‥魔性の怪物『柳沢 楓馬』に届けさせ、あの怪物を再び舞台の上に立たせることよ。‥‥いいえ、少し、違うわね。あの怪物を倒すことが、あたしの目的であり、女優人生にして最大の到達点だわ。以上、終わりよ」


 そう言って席に座ると、茜は紅いツインテールをファサと靡かせるのだった。


 彼女のその発言に、オレは開いた口が塞がらず‥‥思わず、呆然とした表情で彼女の顔を見つめてしまっていた。


 そんな困惑するオレを他所に、クラスメイトたちはザワザワと動揺した様子で会話をし始める。


「柳沢 楓馬‥‥? って、誰‥‥?」


「柳沢って言ったら、あの天下の名俳優『柳沢 恭一郎』じゃないの? 楓馬って誰よ?」


「‥‥‥そうだ、思い出したわ! 柳沢 楓馬って、柳沢 恭一郎の息子よ! ホラ、一時期子役でブレイクしていたじゃないっ! 朝ドラの【海沿いの街の少年】に主演で出ていた、あの!」


「あぁ‥‥確かに、そんな人いたような‥‥。でも、柳沢ジュニアって確か、随分と前に引退したんじゃなかったっけ? 何で今更そんな過去の人の名前を言うの? あの人」


「さぁ‥‥‥‥引退した子役の方が現役のお前らより才能があるって、言いたいんじゃない? あの高慢ちきツインテール女は」


「そういうこと!? 何かムカッツクー!! ブレイクしているからって、お高く留まりやがって!!」


 クラスメイトたちは一斉に茜へと敵意の視線を向けるが、当の本人はそんな状況など気にもせずに、自身のツインテールを手に持って枝毛を探しているのだった。


 アイツ‥‥まさか、オレの正体に気付いて、敢えてあんなこと言ってきたんじゃねぇだろうな‥‥?


 いや、流石にそれは考えすぎか。


 あの女の性格からして、女子高であるこの場にオレが女装して入学していることに気付いたら、まず間違いなくオレに対して強烈な反応を向けてくることだろうからな。


 自己紹介中だろうと何だろうと関係なく、オレを見つけたら即、拳で襲い掛かってくるに違いない。


 あの女は、多分、そういう奴だ。


「‥‥‥‥はぁ。ったく、オレなんてとっくに超えて女優として大成しているってのに、何で未だにオレを覚えていやがるんだよ、あの女は。面倒くさいな、オイ‥‥」


 まぁ、流石に今のオレが柳沢 楓馬ってバレることは限りなくゼロに近いだろう。

 

 昔の知り合いといっても、五年もの長い時間会っていないわけだからな。


 メディアにしょっちゅう出ている茜と違って、アイツはこっちの成長した姿を一切知らない。


 加えて今は化粧もして、女装もしている。


 あのツインテール女がこのオレの正体に辿り着くのは、至難の業だろう。


(とはいっても、用心に越したことはない、か)


 いつ何時、ボロが出るかも分からないからな。


 必要に迫られた時以外、アイツとは関わらないようにしよう。それが、この学校生活を送る上での正しい判断だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ゴーンゴーンと鐘の音が鳴り響き、下校時間を迎える。


 今日は初登校日ということもあり、簡単な学校説明と教科書の受け取りだけで、授業は午前中だけで終わった。


 机の上にスクール鞄を置き、配布された教科書を詰めていると、クラスメイトたちの賑やかな声が耳に届いて来る。


 チラリと声がする方向に視線を向けて見ると、どうやらもう既に、それぞれ仲良しグループができている様子だった。


 今朝の自己紹介の時にはお互いに睨み合っていたというのに‥‥女子というのは不思議なものだな。


 いや、そんなに不思議でもないか。共通の敵ができれば、結束が固まるのも当然というもの。


 オレはチラリと、中央の席に座る茜へと視線を向ける。


 すると彼女は丁度荷支度が終わったのか、スクール鞄を肩に掛け、席を立ち、そのまま静かに教室から出て行くのだった。


 その後に始まるのは、残った生徒による茜の陰口大会。


 まったく、あいつはそんなに敵を作って何がしたいのかね。


 せっかくの高校生活なのだから、友人の一人くらい作っても良いだろうに。


 居なくなった茜の席に視線を向けて「はぁ」と大きくため息を吐いていると、前方から声を掛けられる。


「お姉さま? 大きなため息を吐かれていますが、どうかしたのですか?」


 前の席へと顔を向けると、そこにはキョトンとした顔の穂乃果の姿が。


 オレはそんな彼女にニコリと微笑み、言葉を返した。


「いえ、何でもありませんよ、穂乃果さん。少し、疲れがたまっていただけです」


「そうなんですか? じゃあ、放課後のお誘いをするのはやめておいた方が良いのでしょうか‥‥」


「放課後のお誘い?」


「はい。実はこの後、他の科に入学した友人と食堂で昼食を摂ろうと約束していたのです。ですから、その、お姉さまもご一緒にどうかな~と、思いまして‥‥」


「食堂‥‥そうですね。もう、お昼の時間ですものね」


 ふむ、そうだな。


 この後、特に用事もないし‥‥何かあった時のために、先んじて各所の施設の場所を把握しておいて、慣れていた方が良いのかもしれないな。


 オレは顎に手を当て数秒思案した後、ニコリと穂乃果に微笑みを返す。


「では、私もご一緒してもよろしいでしょうか、穂乃果さん。この学校の食堂がどのような感じか、少し、気になりますので」


「ほわわぁ!! お姉さま、一緒に来てくださるのですかぁ!? 嬉しいですぅ!!!!」


 胸に両手を当て、満面の笑みを浮かべる穂乃果。


 オレはそんな彼女にフフフと笑い声を溢すと、スクール鞄を手に取り、席を立った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 キリスト系の学校ということもあってか、この学校の内装はどこもかしこも中世ヨーロッパのゴシック建築のような様式をしていた。


 廊下は広々としており、天井が高く、色鮮やかなステンドグラスの入った天窓がそこかしこで散見される。


 二階廊下の窓からチラリと崖下を見下ろしてみると、中庭にはバラの庭園が広がっており、園芸部と思わしき生徒たちがジョウロを片手に談笑を交わしている姿が目に入ってきた。


 まるで異国に来たような雰囲気が漂う学校だ。


 廊下を歩いていると、端々で聞こえるのは御機嫌ようと挨拶を交わす生徒たちの姿。


 改めて、自分がこの場所では異物だということを再確認してしまう。


 そんな光景にグルグルと目を回しながら穂乃果と一緒に廊下を歩いていると、突如前方からキャーという黄色い歓声が聴こえてきた。


 何事かと声がする方向に視線を向けると、そこには、大勢の女子生徒に囲まれる長身の少女の姿があった。


 彼女は一人の女子生徒から花束を貰うと、白い歯を見せて、ニコリと爽やかな微笑みを浮かべる。


「この花は‥‥庭園で取れたバラかな? 素晴らしい発色をした赤色だね。それに‥‥ん‥‥良い香りだ。見ているだけで、育てた人の愛情が伝わってくるよ。ありがとう、こんな素敵なものを貰えて、僕は今、とても高揚している」


 その言葉に女子生徒たちはさらに大きな声でキャーッと、黄色い悲鳴の声を上げ始める。


 そんな光景にオレと穂乃果は二人して困惑し、呆然と立ち尽くしていると、長身の少女がオレたちの姿に気が付き、こちらに視線を向けてきた。


 そして彼女はニコリと微笑むと、優雅な動作でオレたちの元へとやってくる。


「こんにちわ」


「こ、こんにちわ」


「‥‥ふぅん? 見ない顔だね。君たちは、もしかして‥‥新入生の子なのかな?」


「あ、はい、そうです。今年度から女優科コースに入った、一年、如月 楓と申します。そして、こちらが――」


「同じく女優科コースの、柊 穂乃果と言いますです!」


「なるほど。楓さんと穂乃果さん、か。覚えたよ。僕は三年女優科コースの銀城 遥希ぎんじょう はるき。よろしくね」


 キラーンと効果音が鳴りそうな爽やかスマイルを浮かべる、青髪ショートカットのイケメン女、銀城 遥希。


 口調と良い、中性的な顔立ちからして、男と錯覚してしまいそうになるほどのイケメン野郎だが‥‥出るところは出て、引っ込むところは引っ込む女性らしい体形をしているため、彼女が完全に女性だということが把握できる。


 オレと同じ紛い物の女装野郎とかじゃないかと一瞬びっくりしたが、流石にオレのような変態野郎はこの学校に二人もいない、か。


 そう、心の中で思考を巡らせていると、遥希がオレの顔をジーッと見つめていることに気付く。


 オレは内心で女装がバレたんじゃないかと慌てふためきながら、表に動揺を出さずに、静かに口を開いた。


「あの、何か‥‥?」


「君‥‥すっごく綺麗な瞳をしているね」


「‥‥‥‥はい?」


 突如オレの顎に手を添えると、クイッと持ち上げ、遥希はキスでもしそうな至近距離に顔を近づけてくる。


 そしてニコリと、彼女は怪しげな微笑みでオレを見下ろしてきた。


「ねぇ、今度、二人でお茶でもしないかい? 君とはじっくりお話がしたいんだ」


「‥‥‥は? はいいいいいいいいいいいッッッ!?!?!?!?!?!?!?」


「それじゃあ、これ、僕の連絡先。暇ができたら呼んでよ」


 そう言って紙切れひとつを渡してくると、遥希はそのまま取り巻きの女子生徒たちの元へと帰って行く。


「じゃあね」


 そして肩越しに手を振り、彼女は廊下の奥へと颯爽と消えていったのだった。

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