第9話 女装男、因縁のライバルと再会する
「良いですか、みなさん。花ノ宮女学院は今でこそ芸能科の学校として有名ですが、本来この学校は、華族の令嬢が礼節を学びに来る淑女の学校だったんですよ〜。ですから、普段の立ち振る舞いに気をつけて、優雅さを忘れずに、本校の生徒である自覚を常に忘れないように過ごしてしてくださ――――」
「す、すいませ~ん!! 遅れてしまいましたぁ~~っ!!!!」
穂乃果と一緒に教室へと入ると、教壇に立っていたシスター服の女性は、オレたち2人に対してニコリと柔和な笑みを浮かべた。
「柊 穂乃果さんと如月 楓さんですね。普通科クラスの花ノ宮 香恋さんから、貴方たちが遅れて来ると事前に伺っておりましたので、大丈夫ですよ~。あっ、私はこの1年女優科コースの担任の
そう言って目を細めると、マリア先生はオレたちから視線を外し、教室全体をキョロキョロと見回し始めた。
「では、お二人の席は‥‥あぁ、窓際の最後列が空いていますね〜。あそこに着席してください〜」
「分かりました」「は、はいっ!」
オレと穂乃果は担任教師に指示された通りに、開いている席――窓際の二席へと向かって歩みを進めた。
窓際に並ぶ列の、前から四番目の席に穂乃果が座り、五番目の最後尾にオレが座った。
あまり目立たない最後尾に座れたのは、本当に有難い話だ。
もしかしたらこれも、オレの女装生活をサポートしてくれるって話のあの担任教師の手配なのかもしれないな。
ふぅと短く息を吐き出し、チラリと周囲を伺ってみる。
芸能科の高校、それも女優科コースとなれば、当たり前だが席に座る生徒たちはみんな美少女揃いだ。
中にはテレビで見たことのある現役のプロもいたし、子役時代に共演した覚えのある女子もいた。
ん? 中央の席に座る、あの釣り目で生意気そうな顔したツインテール女は‥‥すごい大者がいるな、『
五年前の子役時代、何かとオレに突っかかって来ては一方的にライバル視してきた、印象深い女だ。
とはいっても、それは五年前の話だし‥‥今の時代においては、新進気鋭の若手ホープである彼女の方が、引退したオレなんかよりはずっと知名度が高い。
昔はお互いに色々あった身だが、今や一端の女優となった彼女も、とっくにオレのことなど忘れているに違いないだろう。
「‥‥」
瞼を閉じる。
暗闇に浮かぶのは、過去、子供の頃のオレが幼い少女にタコ殴りにされている場面だ。
『―――――フーマ!! 役者を辞めるってどういうことよ!!!! あんたはこのあたしが認めたライバルなのよ!? それなのに、それなのにぃっ‥‥許さないっ!! 絶対に絶対に、あたしはあんたを許さないんだから!!!!』
『‥‥痛っ、ちょ、やめてよ茜。僕が役者を辞めることに、何で君が怒るのかな。 商売仇が減ったんだ。ここは喜ぶべきところなんじゃないかな?』
『~~~~ッ!!!! ふざっ、けてんじゃないわよ、フーマァァァァァァァ!!!!!!!』
顔面を殴られ、気絶するオレ。
これが、五年前に起こった、彼女との最後の別れだった。
「‥‥ははっ、懐かしいな」
10歳の時、あの女はオレが役者を辞めると聞いた途端、馬乗りになって拳で殴ってきたんだよな。
演技に入る時は流水のような静謐な雰囲気を漂わせるのに、本人は男のような荒々しい性格をしているという、何ともおかしな女だった。
今は少しでも落ち着いていると良いのだが‥‥昔と変わらず、猪突猛進で怒りやすい性格をしているのだろうか。
少し、気になる点だな。
「――――――では、必要事項はお伝えしましたので、次はお待ちかねの自己紹介タイムに移りたいと思います~! あいうえお順で名前を呼んでいきますので、各自名前と目標を言っていってください~。じゃあ、安藤さんから、お願いします~」
「はい」
先生のその言葉に、扉側の最前列に座っていた少女は席を立つと、教室全体に向けて大きく口を開いた。
「みなさん、初めまして。私は安藤 千草と申します。ハナゴコロプロダクション所属の、新人女優です。目標は、舞台役者として大成することです。これからこの学校でみなさんと研鑽を積んでいけたら良いなと、そう思っておりますので、どうぞ、よろしくお願いいたします」
そう発言して深くお辞儀すると、黒髪セミロングの少女は静かに席へと付いていった。
そんな彼女に先生はパチパチと拍手するが、それに合わせて拍手するのは穂乃果だけで、他の生徒は全員手を合わせて拍手をする者は一人もいなかった。
その光景を不思議に思い、チラリと教室を観察してみると、女優科の生徒たちは皆、ギラギラと敵意向きだしの視線を先ほどの安藤という少女へと向けていたのだった。
そんな殺伐とした教室の空気の中、マリア先生は教壇の上の名簿に視線を向け、再度口を開く。
「ありがとうございました~。では、次は‥‥井口さん!」
「はい」
そうしてその後も、続けてあいうえお順で各生徒の自己紹介が行われていった。
だが、他の生徒の自己紹介が終わっても、先ほどと同様に、拍手する者は誰もおらず‥‥皆、ギラギラとした目を自己紹介するクラスメイトに向けていたのだった。
(‥‥何というか、クラス全員がライバル、みたいな空気だな)
お互いを敵視し、お互いに所属する部所で実力を計っている‥‥そんな雰囲気だ。
しかし‥‥女優科の生徒のほとんどがどこかしらのプロダクション所属、もしくはプロorアマチュアの劇団に所属している、ガチガチの経験者ばかりだったのには驚きだな。
この学校の入学試験はけっこう厳しいとは聞いてはいたが、まさか、今のところ演劇の素人が一人もいないとは‥‥本当にここは高校なのかと、疑いたくなってくるレベルだ。
正直、ただの素人に近い今の自分がここにいるのは、場違い感が拭えない。
「―――――――では、次は、如月 楓さん。よろしくお願いします~」
なんて困惑しているうちに、ついにオレの番がやってきた。
ゴクリと唾を飲み込んだ後、オレは席を立ち、教室全体へと顔を向ける。
全員の視線が一点にオレへと集まっているこの現状に、思わず立ち眩みしそうになるが‥‥なんとか心を奮い立たせ、大きく口を開いた。
「は、はじめまして。私の名前は如月 楓と言います。私はみなさまとは違い、幼い頃に知り合いから演技のお稽古をつけてもらっていただけのただのド素人ですが‥‥これから女優を目指して頑張りたいと思いますので、どうかみなさま、よろしくお願いいたします」
そう言って深くお辞儀をすると、前の席に座っている穂乃果がパチパチパチと物凄い勢いで拍手してきた。
いや、あの、何だかものすごく恥ずかしいです、穂乃果ちゃん。
あんまり目立ちたくないので、正直、止めて欲しいところです‥‥。
照れ照れと後頭部を掻きながら、オレは静かに席へと座る。
すると、小声で会話する、女子生徒たちのヒソヒソ話が耳に入ってきた。
「何、あの子、素人なの? この学校の最難関試験にいったいどうやって合格したのよ」
「あれじゃない? 顔だけで合格できたんじゃないの? 見たところハーフみたいだし。ビジュアルだけで言えばこのクラスでもトップレベルっぽいもんね」
「何か、ムカツクー。ろくに演技もできない奴が入ってくるんじゃないわよ。顔で売るならアイドル科か声優科にいけってのー」
‥‥どうやら、先ほどの自己紹介で、あまり良くない印象を彼女たちに与えてしまったようだな。
とはいっても今のオレが素人なのは事実なので、他には何も言うことはできないのだが。
うぅぅぅ‥‥これから先、いじめられたりしないと良いなぁ。男バレするリスクを考えると、この学校ではひっそりと生きたいところだぜ。
いや、でも、女優科で良い成績を残さないと香恋が怒るんだったっけ‥‥どっちみちひっそりとは生きられない、か‥‥。
そう、今の状況にシクシクと涙を流していると、自己紹介が月代 茜の番となった。
教師に名前を呼ばれた茜は、スッと綺麗な所作で席を立つと、教室全体へと視線を向ける。
どうやら、テレビに引っ張りだこである人気女優の彼女の名前は広く知れ渡っているようで、他の生徒たちは皆、動揺した様子で、茜の顔を見つめているのだった。
そんな、驚き戸惑うクラスメイトたちの様子に対して、茜は不敵な笑みを浮かべる。
「羊ばかり、ね。このクラスに狼はいない」
「‥‥は?」
「悪いけれど、あたしにはあんたらなんて眼中にはないの。さっきから何やらお互いに睨み合っていたみたいだけれど? はっきり言ってあたしには、雑魚同士の闘争にしか見えなかったわ。あんたたちは、あたしの敵じゃない。ただのエキストラ、脇役よ」
その挑発じみた発言に、教室はザワザワとざわめき立つ。
そんな光景にフンと鼻を鳴らすと、茜は腰に手を当て、再度口を開いた。
「知っているとは思うけれど、一応自己紹介しておくわ。あたしの名前は月代 茜。ツキカゲプロダクション所属の女優よ。あたしの目標は、ただひとつ。それは―――――――あたしの演技を奴に‥‥魔性の怪物『柳沢 楓馬』に届けさせ、あの怪物を再び舞台の上に立たせることよ。‥‥いいえ、少し、違うわね。あの怪物を倒すことが、あたしの目的であり、女優人生にして最大の到達点だわ。以上、終わりよ」
そう言って席に座ると、茜は紅いツインテールをファサと靡かせるのだった。
彼女のその発言に、オレは開いた口が塞がらず―――思わず、呆然とした表情で彼女の顔を見つめてしまっていたのだった‥‥。
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