第7話 女装男、痴漢男を成敗する


 電車に乗ると、車内はとても混雑していた。


 入り口付近で何とか手すりを手にして立ってはいるが、ギュウギュウのすし詰め状態になっているために、上手く身動きが取れそうにない。


 もう少し早い時間に乗ればこの通勤ラッシュに当たらなくて済んだのだが‥‥まぁ、今更そんなことを嘆いていても仕方ない、か。


 大きくため息を吐いた後。外の風景でも見ていようと考え、顔を上げる。


 するとその時、隣に立っている女子高生の様子がおかしいことに、オレは気が付いた。


「‥‥‥‥うぅ‥‥」


「?」


 彼女は何故か身体を震わせて、顔を俯かせていた。


 具合でも悪いのだろうか。オレは、目の前の少女に声を掛けてみることする。


「あの、大丈夫ですか?」


 そう小声で声を掛けると、お団子頭の少女は顔を上げ、涙目でこちらをまっすぐと見つめてきた。


 その恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせている様子に、オレは思わず首を傾げる。


「ええと‥‥?」


「ヘ、ヘルプミー、ですぅ‥‥」


 獣耳のようなお団子をピョコッと二つに結んた少女は、そう言って自身の背後に指を指し示す。


 その指し示す指の方角へ視線を向けると、そこには‥‥少女の背後にピタリとくっついている、明らかに挙動不審な男の姿があった。


 その姿を目に留めた後、オレはすぐに状況―――彼女が現在、痴漢被害に遭っていることを理解する。


「あの、すいません、そこの人。もう少し、彼女から離れてくれませんかね?」


 そうやんわりと彼女の背後に居る男に牽制の声を掛けてみるが、彼は無反応。


 素知らぬふりを決め込んでいるのか、変わらぬ無表情のままで、ただ少女の背後に立っていた。


 そんな男の態度にオレは舌打ちを放ち、再度お団子髪の少女へと顔を向け口を開く。


「あの、大きな声で『この人、痴漢です!』と、言ってもよろしいでしょうか? こういう手合いにはその方が効果があると思うのですが」


「え? ああああ、ああ、あの、ご、ごめんなさい、そ、それは恥ずかしいですぅぅ‥‥あんまり目立つのは得意じゃないくてぇ‥‥」


「そうですか‥‥」


 顎に手を当て数秒思案した後。


 オレは少女の潤んだ瞳にまっすぐと視線を合わせる。


「それでは、少し‥‥強引な方法を使おうと思います。これからお体に触れますが、よろしいでしょうか?」


「え? あっ、は、はい、です‥‥?」


「失礼いたします」


 オレは彼女の肩を掴むと、無理やりこちら側に抱き寄せて―――男との距離を離した。


 そして、少女を胸に抱くと、キッと、正面に立つ男を睨み付ける。


 すると男は不快気に眉間に皺を寄せ、手に持っていたスマホを堂々と胸ポケットの中へと仕舞い込んだのだった。


 (こいつ‥‥痴漢だけではなくて、まさか盗撮もしていたのか?)


 なんていう筋金入りの変態野郎だ。


 いや、今のオレも十分変態みたいな恰好をしてはいるが‥‥まぁ、そこの点はとりあえず置いておくとしよう。


 今は、この男をどうやって警察に突き出してやるのかが問題だ。


「ほ、ほわわわわわわ~‥‥っ!」


 お団子頭の少女はオレの腕の中で顔を真っ赤にさせると、両手に頬を当て、うっとりとした表情でこちらを見上げていた。


 オレはそんな彼女から手を離すと、静かに声を掛ける。


「大丈夫ですか?」


「か、かっこいいですぅ‥‥すっごいイケメン‥‥宝塚の男役みたいですぅぅ‥‥」


「はい?」


「あ、ああああ! な、何でもないですぅ!! ありがとうございます、ありがとうございますですですぅっ‥‥!!」


 お団子頭の少女は慌てたように何度も頭を下げると、感謝の言葉を述べていた。


 うーん‥‥? 彼女の顔を、最近、何処かで見たことのあるよう、な‥‥?


 それと、改めてお団子少女の姿を見てみたら、彼女が花ノ宮女学院の制服を着ていることも分かった。


 彼女も同様に、オレが花ノ宮女学院の制服を着ていることに気付いたのか、驚いた顔でオレの制服を見つめていた。


「あっ、花ノ宮女学院の制服‥‥も、もしかして、先輩さん、ですか‥‥?」


「いえ、オレは‥‥じゃなかった、私は、今日から花ノ宮女学院に通い始める新入生ですよ」


「そ、そうなんですかぁ!? ぜ、全然同い歳には見えない‥‥流石は花ノ宮女学院、ものっすごい美人さんですぅ‥‥」


 そう言ってキラキラと目を輝かせてこちらを見つめる少女に微笑みを返した後、オレはスマホを取り出し、ある人物へとメッセージを送る。


 そして、簡単に四行ほどの文章を入力した後、チラリと、正面にいる痴漢男へと視線を向けた。


 男は先程のことなど気にもしないで、耳にイヤホンを付けて素知らぬ顔で音楽を聴いている。


 まったく、こっちが女子二人だからって舐め腐ってやがるのか?


 それともオレたちが警察に突き出す勇気も無いと思っているのか。


 どっちにしろ、次は終点の仙台駅だ。


 あの男もそこで降りることは間違いない。だから‥‥先手して手を打てるというもの。


 オレはブブッと鳴ったスマホの画面に視線を向け、ある人物からの返信に、不敵な笑みを浮かべた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 『終点、仙台、仙台。お降りの方は、足元に気を付けて、ゆっくり降車してくださいー』


 到着のアナウンスが鳴り、扉が開き、電車の中に乗っていた人たちはゾロゾロと駅のホームへと降りて行く。


 そんな人の波に混じりながら、例の痴漢男も電車の外へと降りて行った。


 彼の姿を見失わないようにぴったりと背後をつけながら、オレはお団子少女の手を引いて、そのまま電車を降りて行く。


 すると、外に出た、その時。


 花ノ宮女学院の制服を着た黒髪の少女が、腕を組んで、乗車口前で仁王立ちをしている姿が目に入って来た。


 彼女―――花ノ宮 香恋は、チラリとオレへと視線を向けた後、目の前にいる痴漢男へと顔を向け、ニヤリと笑みを浮かべる。


「‥‥この男で間違いない?」


「はい」


「そう‥‥じゃあ、高杉、遠藤、こいつを捕まえなさい」


「「はっ!!」」


 香恋の言葉と同時に、彼女の横から体格の良い黒服の男が二人現れる。


 彼らは困惑する男を即座に取り囲むと、羽交い締めにし、一瞬にして身動きを封じてみせた。


 突如起こった目の前のその光景に、電車から降りた乗客は、皆、動揺した様子で足を止めている。


 そんな周囲の様子を見て香恋はフンと鼻を鳴らすと、オレたちの元にやってきて、静かに口を開いた。


「被害者はその子かしら?」


「はい。ええと、君、名前は何て言うのかな?」


「ほぇ? あ、えっと、柊 穂乃果ひいらぎ ほのかって言いますです! はい!」


柊 穂乃果ひいらぎ ほのか‥‥?」


 その名前、何処かで聞いた覚えが―――――あ‥‥あぁ! 彼女、彰吾の奴が持っていた漫画雑誌に載っていた‥‥グラビアアイドルの子か!!


 ど、どうりで、何処かで見たことのある顔だと思ったぜ‥‥。


 一人、納得して頷いていると、香恋が腰に手を当て口を開いた。


「そう。じゃあ穂乃果さん、このままそこの痴漢男を交番に届けるから、彼らについていって、警察に状況説明をしてくれるかしら。黒服の二人には、貴方に付き従うように命令を出しておくから」


「え? あ、あの、そこの黒いスーツの男の人たちと、一緒に、ですか? えっと、黒髪のお姉さんはついてきてはくれないんですか?」


「? そうだけれど? 私、これから学校あるし。彼らがいれば十分でしょ?」


 香恋のその言葉に、穂乃果はオレの顔に視線を向けると、潤んだ瞳で見つめてきた。


「す、すいません、あの、私、男の人がすっごく怖くて‥‥迷惑だとは思うんですが、その、一緒に来てくれませんかぁ? 外国人のお姉さぁん‥‥」


 あぁ、なるほど、そうか。痴漢に遭ったのだから、男性が怖くなるのも当然か。


 ‥‥いや、まぁその、オレも一応男ではあるんだけどな‥‥って、そんなことは今はどうでも良い話か。


 今は素直に彼女のケアをしておくとしよう。この子、何だか妹に似ていてほっとけないし。


「分かりました。では、一緒に行きましょうか」


「!! あ、ありがとうございますですぅ~~~!!!!!」


 ホッと胸を撫でおろし、満面の笑みを浮かべるお団子少女、穂乃果。


 そんな彼女ににこやかな笑みを浮かべていると、香恋が近づいて来て、耳元に小声で声を掛けてくる。


「‥‥痴漢男の討伐に私を利用したこと、高くつくわよ、柳沢くん」


「すいません、香恋お嬢様。だけど、女装している今のオレが白昼堂々男を取り押さえたりなんかしたら‥‥それこそ不自然な光景になるのではないかと思いまして。被害者のあの女の子も、どうやら花ノ宮女学院の生徒のようでしたし。怪しまれる要因はなるべく少ない方が良いかと」


「‥‥‥‥フン、随分と口が達者に回るじゃない、女装男。だったら、これから私に対して敬語とか使わないでちょうだい。私も今日から貴方と同じ花ノ宮女学院の生徒よ。同級生同士で敬語なんて使っていたら、それこそ可笑しな状況でしょう?」


「それは‥‥そうですが‥‥よろしいんですか?」


「別に敬語を使われないくらいで怒ったりするほど心が狭くはないわよ。‥‥それじゃあ、私、もう行くから。また後で。遅刻しても良いから必ず学校に来るのよ? 良いわね」


 そう一言言い残すと、香恋はそのまま一人雑踏に消えて行った。


 ‥‥やっぱりあいつ、良い奴だな。


 オレが知っている花ノ宮家の人間には、一銭にもならない事案にわざわざ労力をかけるような人間は一人もいない。


 それこそ、痴漢されている少女を助けるために手を貸すような善人など、香恋以外には誰もいないだろう。


 正直、香恋が手を貸してくれるかどうかほぼほぼ賭けみたいなものだったが‥‥思ったよりもすんなりと力を貸してくれて、本当に助かった。


 あいつはやはり、そこまで悪い奴じゃなさそうだな。

 

 まぁ‥‥オレとルリカが抱き合う写真を使って脅しを掛けてくるところだけは、どうかと思うが。


「‥‥それじゃあ、行きましょうか」


「は、はいですっ!」


 オレとお団子少女は、痴漢を取り押さえた二人の黒服と共に、そのまま交番へと向かって歩いて行った。


 それにしても‥‥初日から、すごい騒動に巻き込まれてしまったな。


 正直、これ以上のトラブルは避けたいが‥‥何か、これから先平穏無事に過ごすことができるか不安になってきたなぁ‥‥。


 男バレだけは、絶対に避けたいところだが‥‥果たして男子禁制の女子高で、オレは正体を隠し続けることができるのだろうか‥‥。

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