第6話 女装男はスカートに恐怖する




「うぅ‥‥なんなんだ、この羞恥プレイは‥‥」



 春。桜が咲き誇り、新生活が始まる季節。


 新緑が芽吹き、小鳥たちが気持ちよさそうに空を飛び交う暖かな空気の中、オレはというと―――――何故か女装をして、一人、通学路をとぼとぼと歩いていた。


 いや、本当に、何でこんなことになってしまったんだろうな。


 自分の今現在陥っているこの状況には、マジで困惑しかない。


 鬱屈とした気持ちのまま、大きくため息を吐いた後。

 

 オレは、最寄りの駅に向かってスタスタと舗道を歩いていった。


「‥‥しかし、そんなに丈が短くはないとは言えど、スカートというのは‥‥こう、アレだな。露出部が多い分、パンツが見えてしまうのではないかとすっごく不安になってしまうものだな」


 今はこんな格好をしているが、オレはれっきとした男子なので、当然、股間にはナウマンゾウを飼っている。


 いや、ナウマンゾウは言いすぎたかもしれないな。


 ちょっと誇張しすぎたわ。うん、せいぜいユムシ程度だわ。


 ‥‥コホン。話が脱線してしまったが、とにかくだ。


 女性は慣れているのかもしれないが、男にとって常に膝下が露出しているスカートは、恥ずかしくてたまらないものなのである。


 こうして通学路でただ歩いているだけでも、オレのユムシが露出してしまわないか、恐ろしくて仕方がない。


「‥‥うぉ、ひ、人がこっちに歩いて来るぞ‥‥!!」


 オレはスカートが翻らないように、下に引っ張りながら、俯き――――前方からやってくるサラリーマンとすれ違う。


 すれ違う一瞬、男だとバレるんじゃないかと心臓が破裂しそうなくらいにドキドキしたが‥‥サラリーマンはチラリとこちらに一瞬視線を向けただけで、特に気にした様子も無く後方へと去って行った。


 何とか無事にやり過ごすことができたことに、オレは胸に手を当ててふぅと大きくため息を吐く。


 だが‥‥目的地である花ノ宮女学院まではまだまだ距離がある。


 これから電車に乗って、仙台駅へ行き、そこからバスに乗って、花ノ宮女学院へと向かわなければならない。


 だというのに、たった一人とすれ違ってただけでこの調子じゃあ、この先心臓がいくつあっても足りはしないだろう。


 ‥‥クソッ、ここからは腹を決めて歩みを進めて行くしかない、な。


 今はおっかなびっくりでも、頑張って最寄りの駅へと向かうしかない。


 うぅ‥‥見慣れた駅までの道のりが、こんな地獄の道に感じるとは、思いもしなかったぜ‥‥。


 オレは意を決して、そのまま舗道を真っすぐと歩いて行き、駅へと向かって歩いて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 何とかして駅に辿り着くことができたオレは、気配を殺しながら通勤ラッシュの雑多に紛れ込み―――――改札を通り、エスカレーターを下り、仙台駅行きのホームへと降り立った。


 そして、乗車待ちに並ぶ列の最後尾に立ち、7:40分発の電車が到着するのをそこで待つことを決める。


 周囲にチラリと視線を向けて見ると、オレに対して驚いたりだとか、変態を見るような目で見てくるような様子の奴は一人も見当たらなかった。


 オレのこの顔と髪――――異国の血に対する反応か、たまに不思議そうな視線を向けてくる人間はいたが、まぁそれは女装する前から度々あったことなので、特に気にするべくもなく。


 今のところ、オレが男だということは‥‥見る限りでは、周りにバレているような気配はなかった。


 その光景に、オレは「ふぅ」と、短く吐息を吐く。

 

 とりあえず、最も危惧していた男バレの心配はないと見て良さそうだな。


 変態としてお巡りさんに捕まる最悪なエンドは何とか回避できたようで、安堵する。


(‥‥とは言ってもだ。まだ安心するのは早い、か)


 実際に人と接してみて、ボロが出てきてしまう可能性もあるからな。


 今は積極的な人との接触は避け、陰に徹して動いた方が賢明だろう。


 そう、頭の中で思考に耽っていた、その時。


 突如、隣の列から聞き覚えのある声が聴こえてきた。


「――――――だから、楓馬の奴、この前黒髪美少女とデートしてたんだって!! しかも彼女と下着を見てたんだぜ? 許せなくね?」


 突然自分の名前が聴こえてきて、思わずビクリと肩を震わせてしまう。


 声が聴こえてきた隣の列に視線を向けると、そこには‥‥オレのクラスメイトである桐谷 彰吾が、同じ中学出身の友人、有坂 透と談笑している姿があった。


 その光景にオレは思わず硬直し、啞然としてその場に立ち尽くしてしまう。


 そんなオレを他所に、彼らの会話は続いて行く。


「楓馬の奴、すんげー美少女と一緒でさ。しかも結構仲良さげなわけよ。ムカつかね?」


「彰吾。楓馬に彼女ができたからって、妬むのは止したらどうだ。アイツはモテるのだから、彼女くらいできて当然だろう」


「おいおいおい、トオル、お前、中学の時に俺たち三人で童貞同盟を結んだのを忘れたのか!? 彼女なんて作らずに男同士で友情を育んでいこうって、河川敷で語り合ったのを忘れたのかぁ!?」


「‥‥いや、それはお前が一方的に俺たちに同盟を結ばせてきたんだろう。俺と楓馬はそもそも、そんなくだらない同盟に加盟した覚えはない」


「かーっ! これだから秀英学院高校のエリート眼鏡野郎は!! もう既に秀英で秀才女子ゲットしちゃってんのかこの眼鏡は!! かーっ! この眼鏡め、かーっ!!」


「いや、まだ俺に彼女はできていないし、そもそも眼鏡は関係ないだろう‥‥ん?」


「あ? どうした? 突然、隣の列なんかに視線向けちゃって――――――え? めっちゃ可愛い‥‥何この子、天使ちゃん?」


 その会話を正面から堂々と盗み聞きしていたら、二人といつの間にか目が合ってしまっていた。


 オレは即座に身体を反対方向に背けて、ダラダラと額から汗を流す。


 心臓はバクバクと警鐘のように鳴り響き、今にも爆発しそうな勢いだった。


(やばい、やばいやばいやばいやばいやばい―――――!!!!)


 まさか、こんなところで友人に会うだなんて思ってもみなかった。


 ど、どうすれば‥‥どう、やり過ごせば良いんだ‥‥っ!!!!


 そんなオレの焦りを他所に、年中発情パーマ野郎こと桐谷彰吾は、遠慮なく隣から声を掛けてくる。


「あ、あの! 君、名前、なんていうのかな!? て、ていうかその制服って、花ノ宮女学院のだよね? いやー、どうりで綺麗な子だと思ったよ! あっ、俺は桐谷彰吾って言うんだ! 瀬川高校の一年生! って、何言ってんだろ俺、初対面の子相手に‥‥あは、あははははっ! ‥‥てか、日本語分かる?」


「おい、彰吾。朝からナンパをするな。そもそも花ノ宮女学院の生徒など、ハードルが高すぎるだろう。芸能人の卵に、俺たちのような一般生徒など相手にされるわけがない」


「うるせぇ、透! ひ、一目惚れしちまったんだよぉ! アイドル顔負けの異国情緒溢れる美少女に、この天使ちゃんに、魂が射抜かれてしまったんだよぉ!」


 そう、彰吾が声を上げた、その時。


 ちょうど運よく、電車が乗車口の前へとやってきた。


 扉が開き、中に乗っていた客が外へと出た後。


 一斉に、列に並んでいた人たちが電車の中へと入って行く。


「ちょ、ま、待って、天使ちゃん!! お名前、せめてお名前だけでも教えてくれ~~!!!!」


 隣の列に並んでいた彰吾は、人々の波に飲まれて、別の車両へと乗車していく。


 とりあえず、何とか危機は去ったようだ。


 ふぅと息を吐き、オレはそのまま電車の中へと乗車して行った。


「‥‥にしても、危なかったな。生活圏は同じなのだから、女装中に知り合いに会うことも当然、ある、か。これからは気を付けていかないといけないな‥‥」


 そう一言呟き、オレは額の汗を拭った。


 この先、何があるかは分からないだろう。気を引き締めて、女学生を演じて行かなければ。

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