第4話 大改造されるお兄ちゃん
「さて。話もまとまったところで‥‥さっそく今から買い物に行くわよ、柳沢くん」
「買い、物‥‥?」
「ええ。ただ制服を着ただけでは、女装とは言えないでしょう? 現状を鑑みれば、必要なものが全然足りていないわ」
そう口にすると、香恋は不気味に笑い声を上げるのだった。
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仙台駅前にある大型百貨店、『RURU』。
その百貨店の中で、楓馬の悪友である桐谷彰吾は壁際に身を隠し、ジッと、ある光景を見つめていた。
そんな不審者同然の彼を不思議に思い、偶然通りかかった牧草深雪は、そっと、背中から彰吾に声を掛ける。
「そんなところでいったい何をしているのですか、桐谷くん」
「ゲッ!? 委員長!?」
「物陰に身を隠して、まるで不審者みたいでしたよ? いったい何を見て―――――って、じょ、女性ものの下着売り場!? 桐谷くん、な、何を‥‥っ!!」
「あー、違う違う! そういう意味であそこを見てたんじゃねぇって!! ちょっと委員長、右側見てみろ!!」
「右側? ―――――え、あれは、柳沢くん!? と、知らない女の子‥‥?」
「委員長、アレ、どういう状況だと思う?」
「どういう状況って‥‥わ、分かりませんよ!」
「だよなぁ。女の子と女性ものの下着見に来るとか、意味わからないよなぁ。‥‥待てよ。あの黒髪の美少女、まさか楓馬の彼女とかじゃないよな? 付き添いで買い物してる、とか?」
「し、下着を、ですかっ!?」
「うがーっ!! 羨まけしらかん!!!! 女に興味ない振りしてちゃっかり彼女とおデート中ってか!? あんのモテ野郎め!! 丑三つ時に藁人形に五寸釘打ってやるぞ、こんちくしょう――――!!!!」
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「ぶぇっくしょん!!」
突如大きなクシャミをしてしまったオレに対して、香恋はジト目を向けてくる。
そして両手に持った二つのブラジャーをオレの前に掲げると、苛立った様子で口を開いた。
「柳沢くん。私の話、ちゃんと聞いているの?」
「あぁ、すいません。それで――――何でしたっけ?」
「だから、これから貴方が着用する下着、どちらが良いのか聞いているのだけれど。私的には、この淡いピンク色の下着かしら。貴方がこのメルヘンチックな可愛いブラジャーを付けている姿を想像するだけで‥‥プッ、クスクスクス、笑いが止まらないわ!」
「いや‥‥あの、何でオレ、フツーに女性ものの下着を着ることになってるんですか? 女装するのに、下着って必要なんですか?」
「はぁ、まったく。良いこと、柳沢くん。貴方はこれから女子高に通うのよ? 周りに男だとバレないためにも、本腰入れて女装をしなきゃダメでしょう? スカートが翻った時とかどうするの? 他の生徒に、男性ものの下着を履いているのを見られたらどう言い訳するというの? 疑惑の証拠が浮かび上がるだけで、みんな貴方を訝しむに決まっているわ。中も外も、完璧に女装しなきゃならないの。お分かり?」
「そういうもんなんスかねぇ‥‥」
「そういうものよ。あと、胸を偽造するためにパッドも買うから。あぁ、ウィッグも必要ね。貴方のその短い髪じゃ、どう見ても男の子にしか見えないからね。帰ったら、この私自らがコーディネートしてあげるわ。光栄に思いなさい」
そう言って彼女は手に持っていたブラジャーを両方とも買い物カゴの中に放り入れると、何処か楽しそうな様子で他の下着も物色し始めるのだった。
これからのことを考えると、もういっそ、こめかみに銃でも当てて自決したい気持ちにでもなってくるが‥‥これもすべては、オレとルリカの将来のためだ。
ルリカ。お兄ちゃん、花ノ宮家の拷問に耐え抜いて、立派に勤めを果たしてくるからね。
姿かたちは変わっても、心は変わらずお兄ちゃんのままだから!
目の前でスキップしているこの悪女に、心までは、奪わせないからっ!!
だから、見守っていておくれ、我が愛しの妹よ!!!!!
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「‥‥いや、おにぃ‥‥ごめんだけど、正直言って、ちょっと引くわ‥‥」
自宅に戻り、香恋の指示に従ってウィッグを被って女装をしてみると、待っていたのは―――妹のドン引きした顔だった。
今までに一度も見たことが無い妹のその軽蔑の眼差しに、オレは思わずその場で床に手を付いて、四つん這いになって顔を俯かせてしまう。
そんな落ち込むこちらの様子を他所に、香恋は、不思議そうに首を傾げてルリカへと声を掛けた。
「そう? コレ、そんなにダメかしら? 割と良い線いっていると思うのだけれど‥‥」
「ひぅっ!? あっ、そ、その、ダ、ダメというわけではないんです。逆に、普通に女の子になってしまったのが、ドン引きの原因と言いますか‥‥」
「? どういうことかしら?」
「いつも見ていた兄が、そのまま女の子になってしまった感じがある、と言いますか‥‥何か、違和感が凄くて‥‥」
「違和感?」
「は、はい‥‥っと、そ、そうだ! 多分、これが原因なのかも‥‥。あの、か、香恋さん! ちょっとおにぃに、お化粧してみても良いですか!?」
「お化粧‥‥なるほど、確かにそれは計算に入れていなかったわね。良いわ、ルリカさん、やってみて頂戴」
「はいっ! じゃあお化粧道具、お部屋から持ってきます!」
「頼んだわ。‥‥ほら、いつまで犬のような恰好をしているの、柳沢くん。さっさとそこの椅子に座りなさい」
「は、はひぃ‥‥」
その後、香恋とルリカによる、オレの大改造が始まったのであった。
化粧水を塗られ、ファンデーションをぽふぽふされ、顔中に多種多様な化粧品を付けられ―――――二十分程が経過した頃。
一通りの作業が終わったのか、ルリカは、恐る恐るといった様子で背後にいる香恋へと顔を向けた。
「い、一応、私なりにおにぃをお化粧してみましたが‥‥ど、どうですか、香恋さん」
「‥‥へぇ? ルリカさん、貴方、お化粧がとっても上手いのね。素晴らしい出来だわ」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。でも、そうね‥‥。後はほんのりと、目の下と頬にチークを入れてみても良いんじゃないかしら」
「あ、確かにそうですね。おにぃは肌が白いから、色味を付ける意味合いでチークを入れるのはアリですね。‥‥うーん、後は、マスカラで睫毛を整えてみるも良いのかも‥‥って、おにぃ、睫毛すっごく長いんだね。良いなぁ、私もこれくらい長い睫毛欲しいなぁ」
「柳沢くんは顔立ちからして海外の血が強いから、案外ロリータ系ファッションも似合うかもしれないわね。ウィッグの方にリボンなどの装飾品を付けてみるのも良いのかもしれないわ」
「あっ、それ良いですねっ! 私、地雷系ファッションが好きなんですけど、ロリ系もけっこう好みなんですよ! だから、それ系のお洋服をいくつか持っているんです! ぜひ、おにぃ着せてみた―――いけど、私の服じゃサイズ絶対に合いませんね。残念です」
作業を共にする内に、いつの間にか仲良くなったのか‥‥ルリカと香恋はオレそっちのけで、キャッキャッウフフと盛り上がっていた。
いや、あの、どんどん女の子化されていくお兄ちゃんが可哀想だとか思わないんですかね、ルリカちゃん。
おにぃ、今やもう、無の境地に至ってるよ?
ファンデーションとか塗られている時、「いっそオレを殺してくれ」状態になっていたよ?
介錯前のお侍さんみたいな顔で虚空を見つめていましたよ、お兄ちゃん。
「ルリカさん、ちょっとこっちに来て私のスマホを見てくれるかしら。これは、完全に私の趣味なのだけれど‥‥柳沢くんに、この服とか着せてみたらどう思う? 似合うと思うかしら?」
「うわぁ! パンク系ですか! かっこよくて良いですね! ‥‥というか香恋さんって、パンク系のファッション好きなんですね? 意外です!」
(それにしても‥‥)
花ノ宮 香恋、か。
当初は、花ノ宮家の人間だというから、てっきり叔母のような‥‥苛烈で暴力的な人間なのではないかと身構えたものだが、思ったよりもあいつは悪い奴ではなさそうだ。
人見知りであるルリカと打ち解けて、一緒に笑い合っているところからしても、今この瞬間だけを切り取ってみれば――花ノ宮とは無関係のただの女子高生のように見える。
オレは、腹部にある古傷を服の上から撫でながら、仲睦まじく談笑する彼女たちの様子に、優しく笑みを浮かべた。
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「完成したわ」
その一言に居眠りから即座に覚醒し、瞳を開ける。
すると、目の前にある姿見には―――――花ノ宮女学院の制服を着た、ハーフツインの美少女の姿があった。
目の前の美少女は、椅子に座り、キョトンと目を丸くさせ、オレの顔をジッと見つめている。
その姿を見たその瞬間、オレは思わず硬直してしまった。
何故なら、どうみても目の前の少女は、以前の自分とは違う様相をしていたからだ。
大きな碧色のジト目の瞳に、長い睫毛、血色の良い肌の色、ぷっくりとした唇。
そして、地毛と同じ長いプラチナブロンドの髪が、白金色に輝いている。
まるで人形のような、ゴシックな雰囲気が漂う異国の美少女が鏡には映っていた。
一応、この少女が自分の女装した姿だとは、脳ではちゃんと理解している。
理解してはいる、のだが‥‥一瞬、それが自分であるのか分からなくなるくらいに、目の前の少女はもう殆どオレではない別の誰かだった。
化粧一つでこんなに化けるものなのかと、驚き、開いた口が塞がらない。
まるで何かの魔法か手品を見ている、そんな気分だった。
「フフッ、素材は良いとは思っていたけれど、まさかここまで化けるとは思いもしなかったわ。これなら、柳沢くんが男の子であるとバレることは万が一にも無いでしょう。完璧ね」
「はいっ!! このおにぃは‥‥いえ、おねぇは完璧です!! 完璧な美少女です!! こんな絶世の美少女を造り出してしまったと考えると、自分がものすごく恐ろしくなってきますっ!!」
「ルリカさん、ありがとう。貴方のおかげでこんな素晴らしい作品を作ることができたわ」
「こ、こちらこそです、香恋さんっ! このおねぇは、二人の友情で生み出した、合作ですっ!!」
そう言ってルリカと香恋はオレの横で固い握手を交わす。
オレはというと、魅入られたかのように、目の前の美少女から目を離すことができなくなっていた。
何故なら、その姿は‥‥幼い頃に死別した母親に、どことなく似ていたからだ。
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