第5話 シスコンお兄ちゃんは今日も元気です
幼い頃の、夢を見ている。
これは、過去の記憶を振り返って見ているのか。
もう何年も会っていないクソ親父と、幼少時代の過去の自分の姿を、オレは、俯瞰して見下ろしていた。
『――――――ねぇ、お父さん。お母さんとは、どこで出逢ったの?』
電車の中。ボックス席に座り、キャップを被った幼い少年‥‥過去の自分は、向かい側の席に座る父へとそう問いを投げる。
すると父は煙草の煙をくゆらせながら、車窓から見える景色を眺め、ぽそりと小さく言葉を発した。
『母さんとは、大学の同級生だったんだ』
『同級生?』
『あぁ。講義を受けている時に、いつも隣の席になってな。何となく話している内に、仲良くなっていって―――――いつの間にか、一緒に居るのが当たり前の存在になっていったんだ』
『ふーん。学生恋愛がきっかけだったんだ』
『あぁ、そうだ。だけど、お前の母さんはとある大企業のご令嬢でな。父さんと出逢った頃には、もう既に、親が決めた許嫁がいたんだ』
『え? じゃあどうやって二人は結婚したの?』
『一緒に駆け落ちしたんだよ。ハタチの時、大学を辞めて二人で海外に出た。そんで、お前たちが産まれて今に至る、ってワケさ』
そう言って父は過去を懐かしむように、そして何処か悲しそうに笑みを浮かべた。
オレは、肩に寄りかかって眠る妹の頭を撫でた後、父に向けて再度口を開く。
『父さん。今日のお母さんのお葬式には、その、お母さんの家の人たちも来ていたの?』
『あぁ。まぁ、な。招待もしてねぇってのに、花ノ宮家の悪徳貴族どもは何人か来ていたよ。‥‥ったく、あの家の人間は相も変わらず性根の腐った奴らばっかりだったぜ。母さんの妹に愛莉って奴がいるんだが、アイツなんかオレに対してゴミだのクズだの雑種だの罵詈雑言の嵐でな。終いには、姉さんが死んだのはお前のせいだ、なんつってきてよ。その時は思わずブン殴りそうになっちまったよ』
『殴っちゃダメだよ、お父さん』
『分かってるよ。んなことをしても母さん―――由紀が喜ばないことくらい理解してるさ』
そう言うと、父は煙草を咥えながら、過ぎ行くイギリスの田園風景をボーッと眺めた。
そしてその後、ホロリと、瞳から一筋の涙を溢していく。
『‥‥楓馬。もし、お前に大切な人ができたら、その時は全力でその子を大事にしてやれよ。オレみたいに仕事にかまけて、妻の死に目に会えないようなくだらねぇ男にはなるな』
『僕は将来、誰とも結婚する気はないよ。僕はただ、役者として生きていくだけだ』
『ハッ、8歳のガキの癖してつまらねぇこと言ってんじゃねぇよ。それに、恋愛っていうのは表現者にとっては無くてはならない感情のひとつだろうが。人を愛したことのない人間に、ロミオやジュリエットを演じることはできねぇだろ? だから、一回くらいは人を愛しておけ、楓馬。その経験は絶対に糧になる』
『‥‥』
『あっ? この、どうでも良さそうな顔しやがって。‥‥まぁ、良い。お前はオレの息子なんだから、大きくなったら絶対に女にはモテる。んで、本当に好きな人に出逢うまでは、寄り道をしまくる、そんなだらしのない男になる。オレが保証する』
『お父さんと一緒にしないで欲しい。僕は、そんな男にはならない』
『ガッハッハッハ! じゃあ賭けでもしようぜ!! 楓馬が大きくなったらいったいどんな男になるのか、オレに見せてくれ!! もしお前がオレそっくりのダメ男になったら、メシでも奢ってもらうからな!!』
『良いよ。じゃあ、お父さんも敗けた時は、僕に何か奢ってよね』
『良いぜ、上等だ。お前がいったいどういう成長を遂げるのか、オレに見せてくれ、楓馬』
そう言って向かいの席からオレの頭を乱暴に撫でると、父は、満面の笑みを浮かべたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
―――――香恋と一方的な契約をしてから、三日後。
チュンチュンと囀る、小鳥の合唱に目を覚ます。
オレはベッドから起き上がると、額に手を当て、大きくため息を吐いた。
「‥‥ったく。今更、いつの夢を見てるんだよ、オレは」
寝癖の付いた頭をボリボリと掻き、再び「はぁ」と大きくため息を吐く。
ここ最近、眠りに就くと決まって過去の夢をよく見る。
しかも何故か、父親の夢ばかりを。
あの男となんか良い思い出なんて殆どないのに、何で、アイツが頻繁に夢に出てきてしまうんだろうな。
まったく。本当に、朝から腹立たしくて仕方がない。
これもそれも‥‥予期しない形で再び役者の道に戻ることになってしまったせい、だからなのだろうか。
これから花ノ宮女学院の女優科に通うんだもんな、オレ。男なのに。
本当、女装して女子高に通うとか、そんな不可思議な事に巻き込まれることになるとは思いもしなかった。
「‥‥はぁ。今はあのクソ親父のことなんてどうでも良いな。さっさと頭を切り替えよう。今日からオレは、花ノ宮女学院の生徒なるんだ。オレとルリカ、二人の将来のためにも、このミッションの失敗は絶対に許されない」
チラリと、壁に掛けてある制服に視線を向ける。
白とグレーが基調のそのブレザーの制服は、これからオレが通うことになる花ノ宮女学院のもの。
今からオレは女性ものの下着を履き、あの制服に袖を通し、ウィッグを被る。
そして、花ノ宮女学院の新入生、女優科の一年生として、女を演じながら新たな学生生活を送って行くことになる。
本当、改めて考えると何なんだろうな、この状況は。
花ノ宮家からの命令といえども、この無茶苦茶すぎる無理難題には流石に頭が痛くなってくるものがあるぜ。
「‥‥とはいっても、まぁ、今更悲嘆していても仕方がない、か」
時間も無いし、さっさと制服に着替えて、ルリカに化粧をしてもらうとするか。
オレはベッドから起き上がると、ハンガーに掛けられた制服を手に取り、そのまま慣れない女モノの服に着替えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おはよう、ルリカ」
リビングに行くと、エプロンを付けた妹が珍しく朝食の準備を進めていた。
ルリカは階段を降りてきたオレの姿を瞳に捉えた瞬間、両手にお皿を持ったまま、何故かギョッとした顔で硬直する。
オレはそんな妹の様子に首を傾げながら、彼女に近付き、再度声を掛ける。
「? どうしたんだ、ルリカ?」
「あ‥‥うん、おはよう、おにぃ。ごめん、何か女装してるおにぃの姿を見るの、慣れないっていうか‥‥思わず身構えてしまうというか‥‥」
「あぁ‥‥そのことか。まぁ、そりゃそうだよな。朝起きてリビングに突然女装した実の兄の姿があったら、それだけで卒倒もんだよな。驚かせてごめんな」
「いや、おにぃが謝る必要はないよ。女装は仕方ないことなんだし。それに、今日からあの学校に通うことになるんだから‥‥ルリカも慣れなきゃいけないよね。これからは毎日、おにぃの女装姿を見ることになるんだもん」
そう言ってオレに優しい笑みを向けてくる、マイエンジェル、ルリカちゃん。
うぅ‥‥今のオレの状況に配慮してくれるとか、我ながら本当によくできた妹だ‥‥可愛すぎて思わず涙が出てきそうになってくる。
妹の優しさに感涙していると、ルリカは自分の席とオレの席の前に二つのお皿を置く。
そして向かいにある自身の席を引き、そこに座ると、両手を広げて、ニコニコと無邪気な笑みを浮かべた。
「今日はおにぃが花ノ宮女学院に行く日だから、頑張ってルリカがお料理してみましたっ! いつもご飯を作ってくれているおにぃみたいに上手じゃないかもしれないけれど、どーぞっ、めしあがれっ!」
「そ、そんな! オ、オレのために、家事下手なルリカが料理を、だと‥‥っ!?」
やだ、お兄ちゃん、めちゃくちゃ嬉しいっ!! 誕生日と正月が一緒に来たみたいに嬉しいっ!!
愛しの妹の手料理があれば元気百倍間違いなし!! この先女装して学校にも行けるというもの!!
どれどれ、では、ルリカちゃんはオレのためにいったいどんな料理を作――――。
ルリカに微笑みを向けながら席に座ると、目の前の皿に乗っていたのは‥‥料理とは形容し難いメニューの数々だった。
ポッギーが5本、ココアシガレッドが5本、プリッズが5本、じゃがりごが10本、うまか棒が10本。
棒系の駄菓子がお皿には満遍なく並べられており、朝食とは思えない光景がそこには広がっていた。
困惑するオレを他所に、ルリカは目を細めて、再び口を開く。
「ルリカが好きな御菓子を朝ご飯にしてみたよっ! おにぃ! 美味しいから食べてみてっ!」
うーん、この妹、もうすぐ14歳になるというのに、ちょっとお馬鹿なところがあるなぁ。でも、そんなところも可愛いなぁ。
パチクリとしたおっきいおめめも可愛いし、オレと違って日本人の血が濃いのか、鼻があまり高くないのも可愛い、ω型のアヒル口なのも可愛い。
いっつもお人形さんみたいなメルヘンチックな衣服着ているのも可愛いし、黒髪にピンクのメッシュ入れてるところも可愛いし―――――アレ? オレの妹、改めて考えると美少女すぎやしないか? 天使かな? いや、もう天使を超えた存在だわ、マイゴッドルリカちゃんだわ、この子!
「うぅ、どうしよう、どこぞの知らない男子生徒がルリカちゃんに告白でもしてきたら!! お兄ちゃん、そんなことになったら武力行使も辞さないわ!! 我慢できずに闇討ちしてしまうわ!!」
「おぉ、もう既におにぃがオカマ口調になってる‥‥てか、早くご飯食べた方がいーよ? 香恋さんと学校に行く待ち合わせの約束してるんでしょー?」
「あっ、はい、そうでした‥‥じゃがりごボリボリボリボリ‥‥」
「ボリボリボリー♪」
人参を齧るうさぎのように、御菓子を口に運ぶ兄と妹。
こんな平和な朝の時間もとても良いものだなと、シスコンお兄ちゃんはそう思いました。まる。
‥‥その後、オレは謎の朝食?を終え、ルリカに化粧をしてもらった。
姿見に映るのは、以前と同じ、ハーフツインの異国の少女の姿。
目つきが悪くジト目なの部分が気になる点だが、それは直しようがないオレの癖なので、仕方がないところか。
さて、後は家を出て花ノ宮女学院に向かうだけだが‥‥本当に大丈夫なのかなぁ。
女装したまま、このまま誰にも男だとバレずに無事に女学院に入学することができれば良いのだが……はっきり言って、今から不安しかない。
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