第2話 叔母、襲来


「ただいまー」


「あっ、お、おにぃ~~!!!!」


 学校から帰宅し、自宅のマンションに帰るや否や、いきなり姫カットの美少女がオレへと抱き着いてきた。


 うんうん、今日も我が妹君は可愛いな、と、二つ年下の妹――――瑠理花ルリカの頭をポンポンと撫でていると、玄関口に見知らぬ紅いハイヒールの靴があることに、オレは気が付く。


 そして、オレに抱き着いている妹の身体が、小刻みに震えていることにも気が付いた。


「もしかして、叔母さん、来てるのか?」


「うん‥‥あ、あの人、お、おにぃに話があるんだって‥‥」


「そっか。分かった。ちょっと話してくるから、お前は自分の部屋に行ってろ」


「やだ! ルリカもおにぃと一緒に居る!」


「でも、お前‥‥あの人苦手だろ?」


「そ、それでも、一緒に居る! だ、だって、おにぃ、またあの人のせいで酷い目に遭うかもしれないんだし‥‥」


 黒い瞳をウルウルと潤ませ、我が愛しの妹はそう懇願してきた。


 本来であれば、あの人とルリカを一緒に同居させるのはあまり得策ではないのだが‥‥ここで無理やり一人にさせても、どのみちこいつは聞き耳を立てにやってくる、か。


 オレは腕に抱き着くルリカの頭を優しく撫でた後、靴を脱ぎ、廊下を進み、リビングへと向かった。


 リビングに入ると、そこには‥‥鼻をつくような、煙草の匂いが漂っていた。


「遅かったじゃない、ドブネズミ。この私を待たせるとは良い度胸ね」


 片目を隠した長い黒髪に、剣呑な雰囲気が宿る紅い瞳の美女が、我が家のソファーに我が物顔で座っていた。


 彼女は煙草の煙を吐き出し、くゆらせると、オレへと鋭い視線を向けてくる。


「まずは謝罪の土下座をしなさい、ドブネズミ。この私を待たせた詫びをするのよ」


 その発言にルリカは眉根を上げると、肩を震わせながら、オレを庇うように前へと出る。


「な、何でおにぃがそんなことをしなきゃならないの! お、おにぃは、貴方が来るのなんて知らなかったんだから、謝る必要なんて無いと思う!」


「黙りなさい、ミジンコ。お前の発言をいったい誰が許可したというの? 次、許可なく喋ってみなさい。あんたのその白い肌に、煙草の跡を付けてやるから」


「ひうっ!?」


「分かりました。土下座ですね。‥‥遅れてすいませんでした」


 即座に正座をし、両手を付いて、床に頭を擦り付ける。


 すると、こちらのその様子に、頭上から嘲笑の声が向けられた。


「そうよ。それで良いの。あんたは物分かりが良くて良いわね、ドブネズミ。‥‥いいえ、プライドも何も無い、空っぽな人間だからこそ、そんな無様な行為ができるのかしらねぇ。フフフフフッ」


 彼女の言葉に頭を上げて、オレは静かに口を開く。


「それで‥‥叔母さん、オレに用事とは、いったい何のことでしょうか?」


「その『叔母さん』って言うのやめてくれるかしら。私、まだ26歳なのだけれど」


 じゃあ、どう呼べば良いんだよ、と、苦笑いを浮かべていると、彼女はテーブルの上に置いた灰皿に煙草を擦り付ける。


「そもそも、用事が無くてはこの場所に来てはいけないのかしら? 私、これでもあんたらの親戚よね?」


「ご冗談を。叔母さんがオレたち兄妹を嫌っているのは分かっていますから。わざわざ用事もないのに、花ノ宮の名を穢す忌々しい庶子である我々の元に‥‥叔母さんが来るはずがないでしょう?」


「フフフッ、その通りよ、ドブネズミ。あんたら忌子の顔なんて、私は一秒たりとも見たくもないわ。‥‥今日、ここに来た件は、これよ」


 そう言って、オレの叔母である―――――花ノ宮 愛莉は、女物の制服が入った袋と、二つ折りにされた一枚の白い小冊子を無造作にテーブルの上へと放り投げた。


 そして顎をくいっと動かし、小冊子を開けろと、オレに催促してくる。


 オレは命令通りにその紙を手に取り、開いて、中身を見てみることにした。


「これは‥‥」


 それは、ここ、宮城県仙台市にある、有名な女学院のパンフレットだった。


 私立、花ノ宮女学院高等学校。


 この学校は、日本有数の大企業『花ノ宮グループ』の傘下の元、大手芸能プロダクションが直営している芸能科の学校であり、女優科・アイドル科といった芸能専攻コースには、将来有望な女生徒たちが多く在籍している、県内でも有名な高校だ。


 何故、そんな女子高のパンフレットを、叔母はオレに渡してきたのか。


 意味が分からず、オレは彼女の顔を見たまま、思わず首を傾げてしまった。


「あの、叔母さん、これっていったい‥‥」


「ドブネズミ。あんた、来週からその学校に通いなさい」


「は‥‥? え、はい? あ、あの、叔母さん、分かっているとは思いますが、オレ、男子なので‥‥女子高には入れないです、よ‥‥?」


「そんなことは当然分かっているわよ。だから―――女装をして、その学校に入学しなさいと言っているの。あんたのその中性的な顔なら、他の女生徒に気付かれずに学校生活を送ることは可能でしょう? あぁ、入学の際に必要となる書類等に関してはこちらで改ざんしておくから問題はないわ。花ノ宮の力を使えば、その程度、造作もないことだからね」


「ちょ、ちょっと待ってください! ま、まず、何でオレがこの学校に入学しなければならないんですか!? それも、女装をしてまで!!!!」


「さぁ。私には分からないわ。ただ、私が言われたのは、花ノ宮家の後継者候補のある女から『柳沢 楓馬』をこの学校に入学させろ、と、そう言われただけだからねぇ。その見返りに、この指令に成功すれば私の懐にはポケットマネーが入るとも‥‥いいえ、何でもないわ。とにかく、あんたは来週から女装してこの女学院に通うこと。良いわね?」


「いや‥‥何で?」


「じゃあ、伝えたから。しっかりと命令通りに役目を果たしなさいよ。逃げたりしたら、タダじゃおかないから。 ‥‥スンスン、それにしても、ここにいるとネズミ臭くて仕方ないわぁ。早く帰ってシャワーを浴びなきゃ」


 そう嫌味をひとつ残すと、彼女はマンションの一室から足早に出て行った。


 残された俺と妹は、互いに顔を見合わせて‥‥ただただ、困惑する他なかった。

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