第1章 初公演編 悲恋の令嬢と春の桜
第1話 夢を諦めた男
役者として最も必要なもの。
それは、他者に成り代わり、別の人格を自身に降ろす技術だ。
台本の中にある人物の心を完璧にトレースし、別の存在へと自分を昇華させ、観客を騙す、舞台の上で踊り狂う詐欺師。
それが、古代ギリシアの時代から続く、役者という仕事の本質である。
しかし―――役者を目指していた過去のオレには、その能力が備わっていなかった。
高名な俳優である父「柳沢 恭一郎」曰く、オレは『欠陥品』、なのだそうだ。
感情というものを知ってはいるが、それを本心から演じ切ることができない。
オレの演技は薄っぺらい、ただの表層をなぞっただけのおままごとだと、父にはそう何度も怒鳴られ続けてきたっけな。
結局、その点を改善することができなかったオレは、父から見放され、子役を引退し、芸能界から去ることになったんだ。
過去、天才子役としてその名を轟かせた『
二十過ぎれば只の人、ではないが‥‥元天才子役の
「――――――おい、楓馬、楓馬ってば! ちょ、聞いてっか!?」
教室の窓から見える、線路沿いに立ち並ぶ満開の桜並木―――その光景を自分の席で頬杖をつきながらぼーっと眺めていると、ふいに横から声を掛けられた。
声がする方向へと視線を向けてみると、そこにはデジタルパーマの男が雑誌を片手に、気色の悪いニヤけた笑みを浮かべている姿があった。
彼、中学時代からの悪友である
「ほら、見てみろよ楓馬! 今日の月マジの巻頭グラビア、『柊 穂乃果』ちゃんだぞ? くぅ~! 何度見てもすげぇパーフェクトな身体をしているよな、この子! このボインッボインなお胸に、このくびれ!! こんな成熟した身体つきしてるのに加えてロリ顔だとか、もうこれ犯罪だよなぁ~! なぁ、お前もこういう子好きっしょ、楓馬!」
「‥‥おい、年中発情男。何故、初登校日である今日この日に、オレの机の上でグラビアアイドルの写真を広げている? それと、何故、オレが柊 穂乃果が好きなことになっている? 簡潔に理由を説明しやがれ。でなければ、この場で貴様をぶっ殺す」
「え? だってお前、ドの付くほどのシスコンだし。こういう妹系の女の子、好きだろ?‥‥おーい、女子のみなさーん! こいつ、こんな金髪ハーフの美少年のなりして中身はエロエロのムッツリスケベだから! けっして、陰のあるイケメンだとか思って告らないようにー! みんな喰われちまうぞーーー!!!!」
突如、彰吾は背後を振り返ると、教室全体に向けてそんなふざけたことを大声で言い始めた。
オレは即座に席から立ち上がり、奴の肩を両手で掴むと、激しく揺さぶった。
「バッ、テメェ!! 何言ってやがる!? あと、オレはハーフじゃなくてクォーターだ!! 良い加減覚えろこの色情狂!!」
「うるせぇ!! 昨日の入学式で女子にキラキラした目を向けられていたお前を、この俺が許すと思ってたのか!? お前が俺と同じ穴の狢のただの童貞野郎だということを、初登校日である今日この日に知らしめてやる!!!! 俺と共に非モテの高校生活を送りやがれ、イケメン男!!!!」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇーぞ、この高校デビュー男!! 寺の息子のくせしてエロ本持ち歩いる生臭坊主が!! そのチリチリの毛根、今すぐ全部引っこ抜いてやろうか!? あぁ!?」
「おぉ、上等だ! やれるもんならやってみ――――」
「‥‥あの、二人とも、朝から学校でいったい何を騒いでいるのですか?」
いつの間にかオレたちの前に、同じ中学出身であり、元クラス委員長である、
彼女はオレの机に置かれた雑誌と、オレたちの顔へと順に視線を向けると、腕を組み、眉間に皺を寄せる。
「これは‥‥いったい、何なのでしょうか?」
「ええと、その、委員長、いや、元委員長か。これはアレっす!! ま、漫画雑誌ッス! はい!!」
「まったく。桐谷くんだけならば分かりますが、まさか、柳沢くんまでこのような雑誌を好むとは‥‥不潔です。正直言って見損ないましたよ」
「え? えぇぇぇっ!? いや、オレじゃないよ、委員長! この男!! この似非パーマ野郎が勝手にオレの机の上に雑誌置いてきたんだよ!! さっきの一部始終見てたでしょ!?」
「‥‥」
「ちょ、聞いてる!? 委員長!?」
「‥‥‥‥‥‥そんなに胸が大きい女の子が好きなのでしょうか?」
「へ‥‥?」
そう言うと、委員長は自身の小ぶりな胸に手を当て、大きく息を吐いた。
そんな彼女にオレは思わず、困惑した顔で首を傾げてしまう。
「あの、委員長‥‥?」
「―――はっ!! な、何でもありません!! とにかく、この雑誌は放課後まで没収させていただきます!! 同じ中学出身として、このような校則違反、断じて認めるわけにはいきませんからねっ!! で、では、失礼致します!!」
牧草さんは雑誌を奪うようにして手に持つと、おさげ髪を揺らし、物凄い勢いで自分の席へと戻って行った。
そんな彼女の背中を見つめながら、彰吾は隣で呆れたように笑みを浮かべる。
「今の反応を見るに‥‥相変わらず委員長はこの陰気男に恋してるってのか。ったく、女泣かせにも程があるだろ、楓馬は。その顔で今までいったい何人の女フッてきたんだ? え?」
「‥‥うるせぇな。とっとと自分の席に戻れよ、彰吾。もうすぐホームルームが始まるだろ」
シッシッと手で早く行けとジェスチャーをすると、彰吾はやれやれと肩を竦めながら、自分の席へと戻って行った。
まったく。あの男のバカさ加減は昔から変わらないな。
けれど、ああして目立った行動を取ってくれたのには正直、助かった面もある。
あのバカと会話していると、今の鬱屈とした気分も少しだけ楽になってくるからな。
‥‥もしかして、オレがこの見た目のせいでクラス中から奇異な視線を向けられていることに気が付いて――敢えて目立った行動を取って、空気を緩和させてくれたのか?
まぁ、そこまで頭が回る奴とは思えないが‥‥中学の時と変わらずに、高校でもあの男と同じクラスになれたのは別に悪い気はしないな。
新しく始まる高校生活も、あの男とバカやって過ごしていくのも悪くはない。
寺の息子のくせして、煩悩に塗れた阿呆なのがマイナスな点ではあるんだけどな。
そう心の中で呟き、笑みを浮かべた後。オレは、チラリと窓に視線を向けてみる。
そこに映るのは、金髪碧眼の青年の姿だった。
彼のその目は暗く沈んでおり、死んだ魚の目のようにどんよりとしているのが見て取れる。
オレはそんな自分自身の様相に軽く舌打ちを放つと、机に突っ伏し、瞼を閉じてふて寝をした。
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