第41話 ファミリーキャンプ飯
テーブルに並べられた蛍マグロのマグロ丼は、採れたて艶やかな赤い宝石のようなマグロがふんだんに乗せられた、なんとも贅沢な一品である。
口の中に入れると、お米の甘さと醤油のまろやかなしょっぱさと、マグロの旨味が、舌の上でたまらないハーモニーを奏でてくれる。
私たちはもくもくとマグロ丼を食べた。
ヴィルヘルムとユマお姉さんは五回おかわりをしていた。
五回おかわりをされると、たっぷりあった土鍋ごはんは空っぽになっていた。
ルーベンス先生は「よく食べるのは良いことだ」と言いながら、娘に向けるような視線をユマお姉さんに向けていた。
「リコリス君の料理は絶品だな。米もマーベラスな柔らかさで炊き上がっていた。焚き火で米をこれほどうまくたけるなど、リコリス君は上級キャンパーなのだな」
「いえ、実はキャンプをするのは初めてなのです。何せ急に流刑になったものですから」
「なんと! はじめてのキャンプでこれほどとは、なんと将来有望なキャンパーなんだ、リコリス君! 君のキャンプは、はじまったばかりなのだな!」
ルーベンス先生が褒めてくださる。
私のキャンプご飯を召し上がっていただいて、褒めてくださる日が来るなんて、思っていなかった。
流刑にしてくださったこと、レヴィナス様にはお礼を言わなくてはいけないわね。
「お姉様の料理は絶品ですわ。私の聖女ミラクルパワーの九十九パーセントは、お姉様の手打ちうどんで作られておりますのよ」
アリアネちゃんのマグロ丼だけ、私たちのものよりも光り輝いている。
というか、実際光っている。
アリアネちゃんが食べ終わると、アリアネちゃんの背後に昇天していく蛍マグロさんの幻が見えた。
私たちは一斉に手を合わせた。アリアネちゃんは不思議そうに首を傾げている。ちょうどアリアネちゃんからは蛍マグロさんが見えないのだ。奥ゆかしい蛍マグロさんである。
「リコリス君は手打ちうどんも得意なのだな」
「得意というか、たくさん作ったから得意になったといいますか。小麦粉は安かったですし、アリアネちゃんがうどんガールで良かったです」
「そうか、色々苦労をしたようだが、今が幸せならそれで良い。大切なのは今、君たちと俺が共にキャンプを行い、共に食事をしたということだ。俺たちは、ファミリーだ。君たちが困った時には、俺はどこからでも駆けつけるぞ」
「ルーベンス先生!」
「師匠!」
「まるで、理想のお父様ですわ……!」
私とユリウス様だけではなく、アリアネちゃんも感嘆の声をあげる。
頬を染めて瞳を潤ませるアリアネちゃんの姿に、私は切なくなった。
アリアネちゃんはお父様にあまり好かれていない。アリアネちゃんもお父様のことを好きではない。
ルーベンス先生のカリスマ性に父性を感じてしまっても、仕方ないのだろう。
「ルーベンス先生。リコリスちゃんは流刑になったのですよ。そして、王太子殿下と聖女と共にこんな辺鄙な場所でキャンプをしているのですから、今まさに困っているのでは?」
ユマお姉さんが、小さな声でルーベンス先生に言った。
「困っているのか?」
「困っていません。とっても楽しいです」
「特に困っていることはありません。ここは、俺にとっての楽園です」
「困っていませんわね。あと数日もすれば、新生リコリス帝国が誕生します。きっと、不自由と自由、両方を楽しめるキャンプ愛好家がこぞって訪れる国になりますわ」
私たちは首を振った。
ユマお姉さんとルーベンス先生は顔を見合わせると、「困っていないのなら良いか」と納得してくれた。
「お前たちは、聖女を助けにきたのではないのか」
土鍋ご飯の底にこびりついたお焦げを、土鍋にお湯を注いでふやかして、それからマグロとお醤油を入れてお茶漬けにして食べながら、ヴィルヘルムが言った。
〆のお茶漬けをどちらが食べるかで、ヴィルヘルムとユマお姉さんは喧嘩をしていたけれど、ヴィルヘルムが勝った。あっち向いてホイをしてヴィルヘルムが勝った。動画に残したい可愛さだった。
「当初の目的はそうだった。王都の異変に気づいた俺は、何か起こっているのではないかと考えて、新たな神竜の乙女の誕生と、聖女の気配を辿った。真っ直ぐに突き進んだら、ここについたというわけだ」
「師匠は海から来ましたが、外洋は王都とは反対方向ですよ」
ユリウス様が申し訳なさそうに尋ねる。
「あぁ。海の向こうの国にいたからな。真っ直ぐ海を進んできた。王都の異変に気づいたのは、俺のファンと言ってくれている魔道士や念話交換士が、王都がまるで真冬のように凍りついていると、異変を知らせてくれたからだ。念和で」
「ルーベンス先生のファンは各地にいますものね! すぐに異変に気づくなんて、さすがとしか言えません。でも、私には他の神竜や神竜の乙女や、聖女の気配がわかりません」
「それは君がまだ成り立ての神竜の乙女だからだろう。神竜の乙女と聖女は惹かれ合うものだ。力になれれば、自然と気配がわかるようになる。何万光年先にいても、見つけることができるだろう」
「俺も、何万光年離れても、リコリスを見つけることができると誓おう」
「ユリウス様、ありがとうございます……」
ユリウス様的に、言っておきたいフレーズだったようだ。
真剣に囁かれた愛の詩に、私は盛大に照れた。
「お義理兄様、隙を見つけたらお姉様に愛を囁くのはやめてくださいまし。ルーベンスお父様と、ユマお姉様の前で恥ずかしいですわ」
そしてアリアネちゃんも照れた。
いつもなら怒るのに、照れている。
アリアネちゃんに新しい家族が増えたことで、ユリウス様のことを認める気になったのかもしれない。
良いことだ。
このままずっと、皆でキャンプを続けていきたい。
「お姉様と再会できたので、王都を真冬にするのは終わりにします。私の聖女ミラクルパワー、懲罰編も、落ち着いてきたようです。だから、もう王都については心配ありませんのよ」
「それならよかった。心置きなく、開拓とキャンプが楽しめるというものだな」
ルーベンス先生が、快活に笑った。
つられて私たちも、声を上げて笑った。
東の荒地には明るい笑い声が響き渡っている。何か大切なことを忘れている気がするけれど、まぁ良いか。
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