第42話 ツナおにぎりは至高の一品
私とアリアネちゃんとユマお姉さんが温泉に入る間、ルーベンス先生とユリウス様は残りの蛍マグロを鮮度が落ちないうちにと煮込んでくれていた。
頭は焚き火でじっくり焼いて、兜焼きにするらしい。
ユリウス様は何故だか若干慌てながら「俺は師匠の手伝いをする。調理場しか見ない」と言っていた。
森の動物たちが作ってくれた温泉にはちゃんと目隠しの蔦タープがはってある。
とはいえ回り込めば見えてしまうのだけれど、ユマお姉さん曰く「ルーベンス先生は自分の肉体美にしか興味がないから気にしなくて大丈夫」らしい。私も全く気にしていないので、混浴でも問題ないぐらいだ。
アリアネちゃんと一緒にお風呂に入るのは久しぶりだった。
幼い頃はよく、私がお風呂で頭を洗ってあげていた。
ユマお姉さんは、温泉に入ると青い体をしたふさふさの子犬のような姿になった。
青竜ユイマールの幼体の姿だそうだ。リラックスすると体が自然と戻ってしまうそうだ。兄妹というだけあってその姿はヴィルヘルムによく似ている。どちらが姉とか、弟という認識はほぼ同時に生まれたので無いらしい。
けれどユマお姉さん的には、ヴィルヘルムは弟なのだそうだ。
温泉からあがると、ユマお姉さんは元のユマお姉さんの姿に戻り、私は神竜の戦衣に、アリアネちゃんはエナメルキャットスーツにそれぞれ着替えた。
アリアネちゃんも神竜の乙女と同じ力が使えるようで、一瞬でエナメルキャットスーツを見に纏う姿はそれはそれは神々しいものだった。
私たちは夕食にルーベンス先生特製の煮込みマグロ定食を食べて、女子三人で快適なログハウスの中で眠った。
ヴィルヘルムはとても幸せそうに、蛍マグロの兜焼きまでペロリと平らげた。
ユリウス様とルーベンス先生とヴィルヘルムは、テントで身を寄せ合い仲良く眠っていた。
そうして、翌朝。
お米のたける香ばしい香りが、キャンプ拠点には漂っている。
カマドに乗せられた神竜の土鍋には、ほかほか艶々の白米。
その白米を両手にとって、真ん中に蛍マグロを煮込んだものを詰めて、ルーベンス先生がせっせとおにぎりを作っている。
いつの間にかもう一つカマドができていて、そちらには深いお鍋が置かれていて、蛍マグロのお味噌汁がふつふつと湧いていた。
「おはようございます、ルーベンス先生! 手伝いますね!」
私は慌ててルーベンス先生に駆け寄った。
寝坊してしまったかしら。ルーベンス先生一人に朝食の準備をさせてしまうなんて、私としたことが。
「リコリス君、朝食は軽めにおにぎりと味噌汁だ。もう出来上がる。リコリス君はゆっくりしていると良い。キャンプとは、自由な時間を過ごすもの。朝風呂なども気持ちが良いぞ」
うう、ルーベンス先生が優しい。
朝日と共にルーベンス先生の禿頭も後光のように光り輝いている。
寝起きから憧れの方に優しくしてもらうとか、生きていてよかった。
「リコリス、おはよう。今日も美しいな、俺の女神。今日は何をしようか。森を探索して、食料を集めようか。それとも畑でも開墾しようか」
ユリウス様も先に起きていたようで、皆の飲み物を準備しながら朝の挨拶をしてくださる。
アリアネちゃんが欠伸をしながらログハウスから出てくると、ヴィルヘルムを頭の上にのせたユマお姉さんも海辺の岩場の方からこちらに戻ってきた。
皆で食事テーブルについて、ルーベンス先生お手製のツナおにぎりと、マグロのお味噌汁を食べて、ユリウス様が入れてくれたミントティーを飲んだ。
今日も良い天気だ。空は晴れ渡り、食卓には明るい笑い声が響いている。
アリアネちゃんはすっかりルーベンス先生に懐いていて、ルーベンス先生の諸国漫遊冒険譚を聞きたがった。
ユリウス様も興味深くルーベンス先生のよく響く深い声で話される、様々な国の文化や料理の話などを聞いていた。
お腹がいっぱいになったヴィルヘルムがうとうと眠りはじめると、つられたようにユマお姉さんも、ヴィルヘルムを枕にして眠りはじめた。
そんな心地良い、一日の始まり。
私はそっと空を見上げる。
そしてーー空の上に大きな飛空艇があることに気づいた。
「何故お前たちは、復讐しに来ない……!」
切実な叫び声と共に、飛空艇から人が落ちてくる。
「ヴィルヘルム、空から二人目の王子様が……!」
「空から二人、海から二人来た。もう慣れた」
私が隣にいたヴィルヘルムを揺さぶって起こすと、ヴィルヘルムは薄目を開いて言った。
それもそうだ。ソロキャンをはじめてから数日。人が降ってくるのには結構慣れた気がする。
慣れたのは皆同じなのか、砂浜に空から二人目の王子様が着地しても、皆優雅にミントティーを飲んでいる。
空中浮遊の魔法で見事に砂浜に着地したその方は、ずかずかと私たちの方に歩いてくる。
全身を白い法衣でかためた、黒い軍服を着たユリウス様とは真逆の印象のその方は、薄水色の髪に翠色の瞳をした美丈夫である。真っ直ぐで長い髪を一つに結んでいて、長い前髪が額から目の上に落ちている。
レヴィナス様である。
「ユリウス! そして、リコリスと、聖女アリアネ! あとは、なんだ、その他大勢……! こんなところで何をしているんだ!」
レヴィナス様は私たちを睨みつけながら言った。
朝からお元気な様子だ。
「久しいな、レヴィナス。初対面の人と出会ったら、まずは挨拶からだろう」
ユリウス様のきちんとした指摘に、レヴィナス様は肩を怒らせた。
「うるさいユリウス! 汚れた血の混じった出来こそないが、私の兄のような顔をするな」
「兄だが」
「お前など兄でもなんでもない。そしてアリアネ、なんだその格好は!」
「聖女の普段着ですけれど、どうかしましたの?」
「そんな服が聖女の普段着であってたまるか!」
レヴィナス様はアリアネちゃんのエナメルキャットスーツ姿をはじめて見たのかもしれない。
そんなに勢いよく指摘しなくても良いのに。空から降りてきた途端に疲れ始めているレヴィナス様に、私はお茶をすすめてみることにした。
「落ち着いてください、レヴィナス様。ミントティー、美味しいですよ」
「この状況で優雅に茶を飲めると思うのか。リコリス、アリアネから全て聞いたのだろう? なぜそんなに落ち着いている。私を恨み、憎んだお前がいつ王都に進撃してくるかと、私は今か今かと、まんじりもせずに待っていたというのに」
「そんなことはしませんよ。特に恨んでいませんし。そうでした! ルーベンス先生。こちらはレヴィナス様。ユリウス様の弟君です」
「そうか、レヴィナス君、はじめまして! 俺はルーベンス。こちらはユマだ。君もキャンプに来たのか?」
私がレヴィナス様を紹介すると、ルーベンス先生は朗らかに挨拶をした。
うとうとしていたユマお姉さんも目を覚まして、にっこりと「おはよう、レヴィナス君」と言ってレヴィナス様に微笑む。
レヴィナス様はきつく眉を寄せた。
「お前たちは何なんだ。私は、……私が王位につくために、どれほど努力をしたと思っている! やっと邪魔なユリウスがいなくなったと思ったら、アリアネが怒り狂って王都を氷漬けにするわ、私の罪を自分の行いを棚に上げて、泣き叫びながら糾弾するわ、アリアネが泣き叫ぶと城の窓が全部割れるわ、庭に雷が落ちるわで、大変だったんだぞ!」
「それは大変でしたね」
私はレヴィナス様に同情した。
アリアネちゃんを本気で怒らせてはいけない。だって聖女だからだ。レヴィナス様は聖女ミラクルパワーの恐ろしさをわかっていなかったのだろう。
「アリアネを必死で宥めて、リコリスの元へ向かわせた私の決意が、お前たちには分からないだろう。アリアネから全てを聞いて、私の元へ現れるだろうユリウスと、そしてリコリス。お前たちの命を奪う覚悟を決めていたというのに、何故待てど暮らせど現れない!」
「レヴィナス様。どうしてそんなに王になりたいのです?」
ユリウス様が悩まし気な表情で、深いため息をついている。
ユリウス様の心が曇るのが忍びなくて、私はレヴィナス様に尋ねた。
「私はユリウスよりも、少しだけ遅く生まれただけで、第二王子となった。父上は私の母上を愛していたのに、我儘な隣国の姫が父上を奪ったせいで、側室となった。私たちは、生まれながらに正当な立場を奪われていたのだ。それを取り戻して、何が悪い」
「なるほど。色々あるようだな。しかしレヴィナス君。君は自分を不幸だと思っているようだが、君が羨んでいるユリウス君がなんの苦労も苦悩もなく生きていると思うのか?」
ルーベンス先生が、静かに尋ねる。
その声音から感じられる迫力に、レヴィナス様は一瞬鼻白んだようだった。
「ユリウスの苦悩など、私にはどうでも良いことだ。ユリウスには汚れた異国の血が混じっている。正当な王位継承権があるのは、私だ」
「リコリス君、どう思う」
やれやれ、といった様子で肩をすくめながら、ルーベンス先生は私に尋ねた。
私は両手を握りしめてーー
「レヴィナス様には、キャンプが足りないのです!」
と、高らかに宣言した。
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