第36話 さようならサバイバル
ヴィルヘルムは私の話を聞いて「ラキュラスの聖女にそんな力があっただろうか」と、しばらく疑わしそうにしていた。
けれど、テーブルを囲んでお話をしていた私たちが、いつの間にか森の動物さんたち(リスやウサギやクマや鹿やサルなどの皆さん)に囲まれていることに気づいた時には、聖女ミラクルパワーへの疑いは晴れたらしい。
自らカマドに飛び込もうとして列をなすウサギさんや小鳥さんや鹿さんなどを、アリアネちゃんが説得している間に、力持ちのクマさんたちが木材を運び、あっという間におしゃれなログハウスが出来上がっていた。
そして、その横には風情のある岩風呂まで完成していた。
それからその横には、木枠を組んでその上から蔓性植物を編んで作られた大きな掛け物がかけられたテントと、タープ。
お昼ご飯の時間が来るまでに、私のサバイバルキャンプ拠点は、キャンプ初心者にうってつけのバンガローと温泉付きテント宿泊も可能な、フリーサイト施設となっていたわけである。
一仕事終えた動物さんたちが再びカマドの中に、最後の役目とばかりに飛び込もうとするので、アリアネちゃんと私とユリウス様で必死に止めて、森にお帰り頂いた。
その間ヴィルヘルムは、余程驚いたのか、それとも当たり前のように二足歩行で歩く動物らしさのない動物の皆さんが怖かったのか、ユリウス様の背中にリュックサックのように張り付いていた。
「……どうするんだ、リコリス。あんなに一生懸命働いてくれた動物たちを、俺は食糧だと思うことができないんだが」
ヴィルヘルムがユリウス様の腕に抱っこされながら、絶望的な声音で言う。
動物の皆さんが作ってくれた、聖女アリアネちゃんのための快適なキャンプ地は色とりどりの花で飾り付けられて、まさに女子力キャンプ、といった有様だ。
アリアネちゃんは長椅子に寝そべって、いつの間にかサングラスをして、シャンパングラスを手にしている。
シャンパングラスには発泡性の青いジュースが注がれていて、ハイビスカスの花と果物がグラスに飾り付けられていた。
アリアネちゃんのお世話を、小鳥たちが甲斐甲斐しく行っている。
グラスやらジュースやらは、荒地をひとっ飛びしてどこかの街から調達してきたのだろう。たぶん。
「アリアネは恐ろしいほどに平然としているな。これが聖女にとっての普通なのか」
ヴィルヘルムは、ユリウス様の腕の中にいるのが気に入ったのかしら。
確かにがっしりしていて、大きくて、居心地がとっても良さそう。
ユリウス様に抱っこされているヴィルヘルムにちょっとイラッとしていた私だけれど、ヴィルヘルムは魔法少女のマスコットのつもりでいるらしいので、気持ちを切り替えていきましょう。
確か、ミラクルミルクのマスコットである白猫ミルキーも、良く幼馴染のちょっと気になる同級生の腕に抱っこされていたものね。
「あれは、私が五歳をすぎたばかりの頃でしょうか。公爵家にはお父様の散財のせいでお金がなく、優しい老執事が私たちの面倒を見てくれていましたが、とっても困窮していました。アリアネちゃんがお腹がすいたと泣くので、困り果ててお庭で焚き火をして、お庭で育てたさつまいもを焼いて食べようということになったのです」
私がアリアネちゃんの聖女ミラクルパワーについて説明を始めると、ユリウス様は目頭をおさえて天を仰いだ。
ヴィルヘルムは、とても不憫そうに私を見ている。シュン、と耳が垂れているのが可愛い。
「リコリス、もう良い。その先はなんとなくわかる。言われなくても予想がつく」
「まぁ、そうでしょうね。ヴィルヘルムの予想通り、焚き火を始めると、どこからともなく動物たちがやってきて、私を食べて、と、火の中に……」
「その、なんだ……、食べたのか……?」
「いえ、流石に食べませんでした。というか、動物さんが入る前に火を消しました。そんなわけで聖女ミラクルパワーの恐ろしさに気づいた私は、それ以来アリアネちゃんと一緒に焚き火をしないと誓ったのです。けれどヴィルヘルム、私たちは命を頂いているのですから、いくら動物さんたちが可愛いと言っても、それでお肉を食べない、というのは違うと思いますよ」
「じゃあお前は食えるのか? 火の中に飛び込んで行くあの愛らしい動物たちを……」
「流石に丸焼きはちょっと。それにアリアネちゃんの聖女ミラクルパワーの影響を受けた動物たちは、動物というよりは聖女と愉快な森の仲間たち、なので。森の仲間たちは食べられません」
「どうするんだ、リコリス、食材がなければ料理ができないだろう。王都に帰るのか。エリアル・バーベキューに会いに行くか」
「エリアルさんのバーベキューは確かに美味しいですし、偶然私と親しかっただけで此度のことに巻き込まれてしまったエリアルさんも心配ではありますから、帰る、という選択肢もやぶさかではありませんが……」
「俺は、帰りたくない。ここは楽園だ。リコリスと一緒に、俺はここにいたい。それに俺が帰れば、レヴィナスと揉める羽目になるだろう。あれはあれで、野心はあれど優秀な弟だ。国のことはレヴィナスに任せて、リコリスは俺と一緒に、しばらくここで暮らそう」
静かに話を聞いていたユリウス様が、一生懸命自己主張をした。
思えば今までユリウス様は、私のやりたいと言ったことを全肯定してくださっていた。
アイドルになりたいと言えば「俺のアイドルになってくれ」と言い、キャンプがしたいと言えば「城の庭にキャンプ地を作ろう」と提案してくださった。
私のやりたいことはその二つぐらいしかないのだけれど、ともかくユリウス様は私のわがままを聞いてくれていたのに、ユリウス様がわがままを言ったことなど一度も無いような気がする。
それぐらい、ユリウス様はこの素晴らしきキャンプの聖地に残りたいと思ってくださっている。
私はいたく感銘を受けた。
ユリウス様のキャンプへの情熱は私をも凌駕するかもしれない。
私はユリウス様のことが好きなので、私の好きなキャンプをもっと続けたいとおっしゃってくださるユリウス様は、もっと好きだ。
当たり前の方程式が成り立った結果、私は王都に帰るという選択肢を、おおきく振りかぶって水平線の向こう側に投げ捨てることにした。
「ユリウス様、ヴィルヘルム、アリアネちゃん。今日のお昼ご飯はお魚にしましょう」
「慈悲深き俺の女神、愛しているぞ……!」
「マグロ丼だな、リコリス!」
「蛍マグロの一本釣りなら任せてくださいまし!」
私たちは海に向かった。
魔物と戦い魔物を料理しながらの、ドキドキサバイバルキャンプは終わってしまったけれど、ウキウキ快適キャンプ空間も、それはそれで楽しいものである。
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