第35話 聖女ミラクルパワー



 食事を終えて食器を片付け終えると、私は皆に大切なお話をしようと思い、テーブルに集まって貰った。

 ヴィルヘルムが全部食べてしまったので、食材は無い。

 本当は水浴びを行うついでに食材を手に入れたいのだけれど、先に話をしておかなければいけないことがある。

 ユリウス様が食後に森の中で摘んできてくれたカモミールをお湯で煮出して、お茶にして皆に配る。

 ヴィルヘルムもコップを両手で持って器用に飲んだ後「中々良いな、これは」と、遠い海の向こうを見つめるような瞳をして言った。

 まるで縁側で丸くなる猫ちゃんである。

 公爵家には縁側はない。縁側があるのは東の果ての国だ。ルーベンス先生の著書、『ルーベンス諸国漫遊記』の中の写真に出てくるので知っている。


「ユリウス様とアリアネちゃんはもう気づいていると思いますが、ヴィルヘルムは知らないと思うので、話しておかなければいけないことがあります」


 私が厳かな声音できりだすと、ヴィルヘルムは居住まいを正して、久しぶりに神竜らしいきりりとした表情で私の方を見た。


「改まって何だ、リコリス。お前を陥れたレヴィナスとやらに、仕返しにでも行くのか?」


「そのようなことはしませんよ。レヴィナス様のお陰で私はこのように自由なキャンプを楽しめましたし、ヴィルヘルムとも知り合うことができました」


 私の言葉にヴィルヘルムは一瞬目を見開いた後、顔を赤く染めた。

 神竜も頬を染めることができるのかと、私は感心した。


「お前、何だ、急に。キャンプとルーベンスにしか興味が無かったくせに、突然俺に好意をしめすなど、恐ろしいなリコリス」


「何が恐ろしいのですか、ヴィルヘルム。私は常に自分の気持ちには正直に生きています。ルーベンス先生の今日の格言にも、大自然の前には嘘はつけない。焚き火の炎の前では人は皆正直になる。というものがありまして」


「あぁ、俺にも今ならそれを理解できる。炎を見ていると、リコリスにしている隠し事を全て話したくなってしまったからな」


 ユリウス様が頷きながら言った。

 そんなユリウス様を、アリアネちゃんが半眼で見つめる。


「それはお義理兄様。お義理兄様がお部屋に隠している、秘蔵のお姉様写真集のことですの? エリアルさんが、世界にバーベキューの素晴らしさを広げるための資金繰りのために、高値で売りさばいているお姉様コレクションを、お義理兄様は良く買っておりましたわよね。それがつもりにつもって、今や写真集ぐらいの分厚さに」


「それは違う。俺のリコリスの愛らしい姿がおさまった写真を他の連中になど売られてたまるかと思い、王家の権限を駆使して、エリアルから全て買い取っていただけだ。俺は絵画を愛でる気持ちで、リコリスの写真を眺めては、愛の詩を毎夜書き上げている。俺に後ろ暗いところなどない」


 アリアネちゃんに指摘されても、ユリウス様は堂々としている。

 私は知らなかったけれど、ユリウス様が私の写真を大切に保管してくださっていると思うと、嬉しい。

 深い愛情が感じられて、私も先程のヴィルヘルムのように頬を染めた。

 拗ねた表情のアリアネちゃんに服を引っ張られたので、私は気を取り直して話を戻すことにした。


「ルーベンス先生の素晴らしさを語っていると、夜になってしまいますね。三百六十五日の格言カレンダーについての話は、また今度にしましょう」


「是非そうしてくれ」


 ヴィルヘルムが溜息交じりに言う。


「実はですね、ヴィルヘルム。アリアネちゃんの聖女ミラクルパワーの浄化の力はそれはもうもの凄くて、アリアネちゃんがキャンプ地に来たということは、もう食材としての魔物が手に入らなくなった、ということなのです」


 さようなら、サバイバルキャンプ。

 もう、クラーケンも、鬼マタンゴも手に入らない。

 四つ首ダチョウは魔物の類いではないので、多分大丈夫。

 でもここにきて、手に入る食材が一気に減ってしまった。


「なんだと……!」


 ヴィルヘルムもショックを受けたように、目を大きく見開いている。

 ユリウス様は悲しそうに目を伏せて、アリアネちゃんは申し訳なさそうに肩を落とした。


「それどころか、アリアネちゃんの聖女ミラクルパワーのお陰で、アリアネちゃんが火を起こそうものなら、森の動物たちがどこからともなくやってきて、私を食べてくださいといわんばかりに火の中に列をつくって飛び込んでいくのです」


「私、大自然に愛されておりますので」


「魚を釣ろうものなら、魚の方から勝手に陸地に飛び込んでくるのです。私を食べてくださいと言わんばかりに」


「漁師さんたちには大変重宝されるどころか、漁場荒らしと恐れられるほどですわ」


「そして、アリアネちゃんの為に、森の動物たちが家を作り、温泉を掘り、快適な生活環境を整えてしまうのです」


「いつでもどこでも、何不自由なく暮らせてしまう。聖女の力とは恐ろしいものですわ」


「これではもう、キャンプとは言えません。アリアネちゃんの聖女パワーによって、荒れ地はたちどころに開墾されて、人が移住してきて、すぐにでも新生リコリス帝国ができてしまうでしょう」


 私は小さく溜息をついた。

 アリアネちゃんには罪は無い。

 全ては、ラキュラスの聖女の力のせいだ。

 聖女ミラクルパワーとキャンプの相性は、抜群に悪いのである。

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