第34話 イカと卵で朝ごはん



 私は昨日ユリウス様に作っていただいた氷の収納ボックスから食材の残りを取り出した。

 ひんやり冷えているクラーケンの足と四つ首ダチョウの卵を、テーブルの上に乗せる。

 私が食材の準備をしている間、アリアネちゃんはキャンプ拠点を見て回っていた。

 そして一つきりしかない丸太ベッドに気づいたようで、ユリウス様に華麗に「不純異性交遊撲滅聖女延髄蹴り」を決めようとして、ユリウス様の腕に阻まれていた。

 砂浜の向こうから「リコリスは許しても俺は許さん、アリアネ、反省しろ!」というユリウス様の声と、「ボンクラレヴィナスのボンクラな企みに全く気づかず、お姉様との新婚生活にばかり想いを馳せていた浮かれトンチキお義理兄様に怒られる謂れはありませんわ!」というアリアネちゃんの罵倒が聞こえる。

 苛々するのは美味しいご飯が不足しているせいだと思うの。

 早く朝食の支度をしましょう。

 喧嘩するほど仲が良いというけれど、でもせっかくのみんな揃ってのキャンプなのだし、ご飯は美味しく食べたいわよね。


「リコリス、イカと卵しかないではないか。イカと卵。イカと卵だぞ、リコリス」


「そう何度も言わなくてもわかっていますよ、ヴィルヘルム。そんなにクラーケンのぶつ切りが嫌なのですか」


「嫌だ。お前は自分の役割をなんだと思っているんだ、俺に美味い料理を作るのが、俺の乙女であるお前の仕事だろう」


「世界を守ること、とかじゃないんですね」


「あの聖女は強い。放っておいても世界は平和だろう。神竜の乙女にはやることがない」


 ヴィルヘルムは私が料理をしている最中は丸まって寝ていることが多い気がするのだけれど、よほど今日の朝食が心配なのか、テーブルの上にちょこんと座って、私の調理を見学している。


「でも、ものすごく強い悪者が現れたら、アリアネちゃんを守らないと。その力が私にあるというのは、ありがたい事です」


 私はクラーケンの太い足を、私の手の大きさぐらいの切り身にする。

 白く濁っているクラーケンの切り身は、薄切りにすると反対側の景色が透けて見えるぐらいに透き通っている。

 なるべく薄く、食べやすい大きさに切ったクラーケンの足を、カマドの上に置いた大きな神竜のフライパンの上に乗せる。

 フライパンの上で、クラーケンの薄切りが、じゅ、と音を立てながら、小さく丸まっていく。

 真っ白になったクラーケンの薄切りに、溶き卵を入れて、あまり混じり合わないようにゆっくりと菜箸で混ぜる。

 卵は花が咲いたように固まっていき、卵の間から顔を覗かせるクラーケンから、香ばしい磯の香りがする。

 最後に火を起こしてフライパンを温めている間に、森で見つけてきた『パセリゴケ』を散らして、完成である。

 パセリゴケは、綺麗な川の岩場にくっついている苔の一種と言われている。

 緑色をしていて、岩にへばりついているのを剥がして、よく洗って食べる。

 味はほぼパセリ。見た目は、みじん切りにしたパセリ。

 大量に食べるものでもないけれど、料理の風味づけや飾り付けにはもってこいの食材だろう。

 味付けには、乾燥させた鬼マタンゴが少し残っていたので、水で戻した時に出る出汁を使っている。

 ついでに水で戻した鬼マタンゴもみじん切りにして、卵の中に入れてある。

 卵とイカの量が多かったので、卵がなくなるまで料理を続けた。

 本当は巨大目玉焼きを作りたい気もしたけれど、カマドの大きさを考えると、巨大目玉焼きは焼けそうになかったので諦めた。


「さぁ、できましたよ! アリアネちゃん、ユリウス様、ご飯です。イカの卵とじですよ」


「お姉様、私のためにキャンプご飯を作ってくださいましたのね! なんて優しいお姉様なのでしょう、私への愛情がたくさんこもったお料理なのですから、もちろん頂きますわ!」


「リコリス、すまない。アリアネのせいで何一つ手伝うことができなかった」


 ユリウス様がしょんぼりしながら、私の元へ戻ってくる。

 アリアネちゃんと死闘を繰り広げていたのだろうか、ユリウス様の軍服コートは、胸元はざっくり焼き切れていたけれど、そのほかにも切れ目やほつれがある。

 ぼろぼろの軍服コートを着ているユリウス様、ワイルドで素敵。

 胸をキュンとさせた私がユリウス様を励ます前に、アリアネちゃんが私の腰にしがみつきながら口を開く。


「なんて駄目なお義理兄様なのでしょう。ご自分は遊び呆けていて、女性に食事を作らせるなど、今のご時世流行りませんことよ。こんな駄目なお義理兄様は噴水のオブジェにでもなっていただいて、私と帝国をつくりましょうね、お姉様」


 ちなみにアリアネちゃんは怪我一つ負っていない。

 服にもほつれ一つない。これもまた、聖女パワーなのだろう。


「アリアネちゃん、ご飯ですよ。アリアネちゃんの気持ちは嬉しいですけれど、せっかくのファミリーキャンプご飯なのですから、仲良く食べましょうね」


「ファミリーキャンプ! それはまさしく私とお姉様のためにある言葉!」


 ユリウス様はどれほどアリアネちゃんに聖女チョップをされても、怒る時は時々あるけれど、基本的には紳士で優しい。

 アリアネちゃん用の丸太椅子を準備した後、木製コップを並べて、水魔法でお水を入れて配ってくださる。


「リコリス。皆席についたな。食べて良いだろうか」


 わくわくしながらヴィルヘルムが聞いてくるので、私たちは席につくと、みんなで手を合わせた。


「今日もご飯が食べられることに感謝しましょう。いただきます」


 私の言葉の後に、ユリウス様とアリアネちゃんも、それぞれ「いただきます」と言った。

 ヴィルヘルムは不思議そうに顔をあげて、それから納得したように目を細める。


「なるほど。そのように、料理に感謝を捧げるのだな。中々良い習慣だ。俺も言おう」


 ヴィルヘルムが小さな前足を顔の前で合わせて「いただきます」と言った。

 それからもくもくと、イカの卵とじを食べ始める。

 私たちもそれぞれ、木製スプーンを手にして、目の前の卵を口に運んだ。

 ふんわりまったりとした、濃厚な卵と、香ばしい鬼マタンゴの味に、海鮮の風味が加わっている。

 柔らかい卵を噛んでいると、時々クラーケンの歯応えがするのが、良いアクセントになっている。

 少ない食材での朝ごはんだけれど、三日目のキャンプご飯としては上出来だと思う。

 ーーアリアネちゃんがきたということは、そろそろ楽しいサバイバルキャンプもおしまい。

 一抹の寂しさと感じながら、私は空を見上げた。

 今日の空も、青々と晴れ渡っていた。



 

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