第33話 真相究明~そんなことより朝ごはん~



 ユリウス様は片手にヴィルヘルムを抱えながら、私の体からアリアネちゃんを引っぺがそうとした。

 けれどアリアネちゃんは私にくっついたまま、ぐいっと引っ張られたあと元の位置に収まった。

 よく伸びるお餅みたいだ。

 そしてユリウス様が困っている。

 アリアネちゃんはエナメルキャットスーツを着込んでいるので、持つところがあんまりない。

 ともすれば触ってはいけないところに触りかねないので、ユリウス様も強引にはアリアネちゃんを私から引き離せないみたいだ。


「お前がリコリスを陥れたのか、アリアネ! お前ならやりかねないと思っていたが!」


「何をおっしゃっておりますの、お義理兄様! お義理兄様も同罪でしてよ!」


「俺がリコリスに危害を加えるわけがないだろう、馬鹿なことを言うな」


「お義理兄様はお姉様の危機を救えなかったのですから、私と同罪だと言っているのです!」


「それは確かにそうだ、俺はなんて頼りない婚約者なんだ、許せリコリス……!」


 ユリウス様が悲しげな表情で俯く。

 どうしよう、私は私の流刑についてもうそんなに気にしていないというか、最初からそんなに気にしていないのだから、あまり喧嘩をしてほしくないわね。


「とりあえず、落ち着きましょう二人とも。落ち着いて朝ごはんなどを食べましょうか」


「今日の朝飯はなんだ、リコリス」


「ヴィルヘルムはクラーケンのぶつ切りです」


「なんだと……! 何故少し怒っているんだ、リコリス!」


 ヴィルヘルムがユリウス様の腕の中から私のそばに飛んできて、私の顔を鼻先でつんつんつついた。

 私はプイッと横を向いた。ユリウス様にずっと抱っこされていたヴィルヘルムなんて、クラーケンのぶつ切りで十分である。


「朝食も大切だが、アリアネの話をまずは聞くべきだろう。何故リコリスを流刑に?」


 落ち込んでいたユリウス様が顔を上げて、アリアネちゃんを鋭い眼差しで睨んだ。

 アリアネちゃんは相変わらず私の胸に縋りついていて、ヴィルヘルムは私の顔を突き続けている。


「私の言い方が少々誤解を招いているようですわね。私が犯人だと思わせてしまって申し訳ないですわ。そうではなくて、ただ単に、私はレヴィナス様の企みを知っていただけですのよ」


「薄々は気づいていたが、やはりレヴィナスか」


「レヴィナスとは誰だ?」


 私をつつくのに飽きたヴィルヘルムが、私の頭の上にちょこんと乗って尋ねてくる。


「第二王子ですよ。ユリウス様の腹違いの弟です。ヴィルヘルム、この数日間私とユリウス様の話を聞いていたのに、初めて聞いた名前みたいなリアクションですね」


「当然だ。この俺が、会ったこともない人間の固有名詞など覚えるわけがないだろう」


「なんでちょっと偉そうなんですか。魔法少女ミラクルミルクのことはきちんと覚えているのに」


「俺は白猫ミルキーだからな」


 ヴィルヘルムがマスコットキャラクターとして自信満々だ。

 アリアネちゃんとユリウス様が「ミラクルミルク?」と首を傾げているけれど、とりあえず、ミラクルミルクよりも今はレヴィナス様の話だ。正直それよりも朝ごはんが気になるけれど、先に片付けてしまわないと。


「それで、アリアネちゃん。レヴィナス様が私を流刑にした犯人なのですか?」


「ええ、お姉様! あのボンクラ王子様は、王座をお義理兄様から奪いたかったのです。かねてからその野心はあったようですけれど、なんせお姉様には常にお義理兄様がピッタリへばりついているでしょう? それはもう小判鮫のように」


「アリアネちゃん、ユリウス様を小判鮫というのは失礼ですよ」


「ごめんなさい、お姉様。ともかく、レヴィナス様は、お義理兄様がお姉様の側から離れるタイミングを見計らっていたわけです。それが、卒業式の式典だったのです」


「リコリスの部屋にラキュラスの涙を仕込んだのはアリアネなのか?」


 冷たい声音で、ユリウス様が聞いた。

 アリアネちゃんは、ふるふると頭を横に振った。


「違いますわ。お姉様が流刑になる数日前に、私は部屋にラキュラスの涙を隠すお姉様を見てしまったのです。それは、幻術を使ってお姉様になりすましているレヴィナス様でしたの。その場では誤魔化されたふりをしましたけれど、私が愛するお姉様を別の誰かと見間違えることなどありませんから、すぐに偽物だと気づきましたのよ」


「何故知っていながら、俺やリコリスに何も言わなかったんだ」


「それは、その、下心があったと言いますか」


「下心?」


「ええ。だって、お義理兄様が卒業してしまったら、お姉様はお義理兄様と正式に結婚しますでしょう? 王妃なんて窮屈なもの、お姉様には似合いませんもの。籠の鳥になってしまうお姉様を、自由な空へと逃したかったのです。だから私、事前に手を打ちましたのよ」


 アリアネちゃんは、まっすぐな瞳で私を見上げた。

 その瞳には悪意なんて少しもなくて、愛情で満ち溢れている。


「エリアルさんが、偶然お姉様のお部屋でラキュラスの涙を見つけたと、困り果てた様子で私に相談してきてくれましたので、レヴィナス様に報告するようにと伝えましたの。そのあとレヴィナス様の元へ行って、ラキュラスの涙の話を聞いて、お姉様の処遇を尋ねました。流刑にすると言うので、気候が温暖でキャンプにはうってつけの東の荒地をすすめましたのよ」


「アリアネ、お前もレヴィナスの共犯者ということだな」


「見ようによってはそうなるかもしれませんわね。けれど私はすぐにお姉様を追いかけるつもりでしたの。颯爽とお姉様の元に現れて、お姉様を救う私。そして私とお姉様は、東の荒地を開拓しながら、姉妹二人きりで幸せな生活を送るのですわ」


「……お前の妹はろくでもないな、リコリス。本当に聖女なのか」


 ヴィルヘルムが小さな声で私に言う。


「アリアネちゃんは目的のためなら手段を選ばないタイプの聖女なので、この潔さが良いのです」


 私が流刑になった真相は良くわかったので、そろそろご飯の支度がしたいわね。

 アリアネちゃんは朝ごはんを食べたのかしら。

 荒地にはうどんがないのだけれど、アリアネちゃんは何を食べるのかしら。


「でも、遅くなってしまいましたわ。ごめんなさい、お姉様。すぐにお姉様を助けにくるつもりが、お姉様がいないことに気づいたユリウス様と、どちらが先にお姉様の救出に行くか揉めて、血で血を洗う戦いを繰り広げていたら、私ってばレヴィナス・ボンクラ様につかまって、お義理兄様に先をこされてしまいましたの」


 悩ましい表情を浮かべて、アリアネちゃんが言う。


「レヴィナス様に捕まった?」


「そうですの。お義理兄様ときたら私がレヴィナス様によって、聖女捕獲網に捕まったというのに、私のことは放っておいて、すぐにいなくなってしまったのですわ。人でなしです」


「急にいなくなったと思ったら、聖女捕獲網に捕まっていたのか、アリアネ」


「聖女捕獲網?」


 そんな網があるのかしら。

 アリアネちゃんは私を見上げて、うんうん、と頷いた。


「そうですわ。お姉様写真集が真ん中に置いてある網なのです。私が写真集に夢中になっている間に、お義理兄様はいなくなり、私は猛獣を捕縛するぐらいの勢いで縄でぐるぐるに縛り付けられて、牢屋に入れられたというわけですわ」


「アリアネちゃんがどうして牢屋に?」


「それは、牢屋に入れないと私が逃げ出すと思ったのでしょうね。レヴィナス様は、どうやら私と結婚しようとしていたらしいのです。私、聖女ですから、私と結婚すれば国王としての地位が盤石になりますでしょう? 幸い、お義理兄様はお姉様を追いかけて王都を出て行ってしまいましたし、レヴィナス様の天下、というわけですわ」


「……そんなに王位が欲しかったのか、あいつは」


 ユリウス様は腕を組んで、ため息をついた。


「欲しかったのでしょうね。私は聖女ミラクルパワーで牢屋の鉄格子を軽く捻って抜け出して、私を拘束しようとする兵士たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……、私の怒りは天変地異を起こし、王都に氷河期が訪れましたわ。私の前に立ち塞がっていたレヴィナス様はやがて私に平伏して、お願いだからどうにかしてください、聖女様と、さめざめと泣く始末。全く、情けないボンクラ様ですわね」


「アリアネちゃん、王都に氷河期を訪れさせてはいけません。国民の方々を困らせるのは良くないです」


「ごめんなさい、お姉様。ともかく、そんなわけで、国王陛下や宰相閣下、レヴィナス様が、どうにかしてくれと泣いて縋ってくるので、それならお姉様を迎えに行くから、飛空艇を飛ばせと命令して、私はこの地に降り立ったというわけです」


「……誰が悪いのか、だんだんわからなくなってきたな」


「良いのですよ、ヴィルヘルム。キャンプの前に悪人などはいません。きっとみんな、大自然と美味しいご飯が足りなかったのでしょう。さぁ、みんな、ご飯にしましょう。今日のご飯はクラーケン焼きと、巨大目玉焼きですよ」


 話は終わったはずなのに、睨み合い続けているユリウス様とアリアネちゃんを宥めるために、私は朝ごはんを作ることにした。

 ヴィルヘルムは「クラーケンのぶつ切りは嫌だ」と、再び私をつつきだした。

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