第31話 静寂を破る聖女の声
ユリウス様と私は、手を繋いで眠った。
海辺の丸太ベッドに横たわると、私たちを覆うようにしてまたたく星々しか視界に入らず、世界の境界が消えせた星空の海に揺蕩っているようだった。
おやすみ、と囁くユリウス様が、小さな声で「この瞬間を、この記憶を切り取り記憶の箱に閉じ込めて、永遠にしよう。君が俺を好きだと言ってくれた、大切な記念日だ」と言った。
全て話し終えたユリウス様は、秘密を吐露してすっきりしたのか、すっかりいつものユリウス様に戻っていた。
星空と私と愛についてのポエムを囁いてくださるユリウス様の低く甘い声を子守唄に、私は眠りについた。
繋がれた手があたたかくて、なんだかとても安心することができた。
だからだろうか、夢さえ見ずに、朝までぐっすりと眠ったようだ。
目覚めると、体にふわふわとした感触があった。
ぱちりと目を開いて周囲を見渡すと、私たちが眠っている丸太ベットを、ヴィルヘルム(青年体)が包み込むようにして丸まっていた。
「ヴィルヘルム、おはようございます」
「あぁ、リコリス。起きたのか」
ヴィルヘルムは寝起きのせいか、間延びした声で返事をした。
私が眠りについた時、ヴィルヘルムは幼体の姿で自分のベッドに丸まってすでに眠っていたように思う。
いつ起きたのかしら。
「随分と暖かいと思ったら、親父殿が俺たちを守っていてくださったのですか」
ユリウス様も体を起こしながら言った。
それから私と視線を合わせて、優しく微笑んでくださる。
一気に顔に熱が集まる。
音にしたら、ぼん! といった感じだろうか。
昨日の記憶が頭の中を駆け巡る。私はなんて、大胆だったんだろう。ユリウス様に好きだと伝えてーー自分から、口付けをした。
これも大自然と一体化したような心地になれるキャンプの魔力なのだろうか。
『焚き火の炎の前に人は、隠し事ができなくなる』
ルーベンス先生日めくりカレンダーの、ルーベンス先生の今日の格言を思い出す。
もしかしたらユリウス様が秘密を打ち明けてくださったのも、キャンプの力なのかもしれない。
キャンプって凄い。
最終的に全てを解決するのは暴力ではなくて、キャンプなのかもしれない。
だって、ユリウス様は昨日よりもずっとお元気そうだもの。
キャンプは暴力より強い。
いつか私の日めくりカレンダーが発売されたら、私も格言として乗せよう。
「狼狽えるな、リコリス。お前の感情の乱れで、朝から俺も胸がときめいてしまいそうになる」
「だ、駄目ですよ、ヴィルヘルム! ユリウス様は私の婚約者なのですからね!」
朝から不穏なことを言ってくるヴィルヘルムに、私は慌てて釘を刺した。
ユリウス様は、何のことだ、とでもいうように首を傾げている。
「わかっている。ただの冗談だ。そんなことよりも、昨日の話、聞かせてもらった」
ヴィルヘルムは、まるで卵を温める母鳥のように私たちを温めてくれていたようだ。
確かにユリウス様のいう通り、ぽかぽかして暖かい。
ヴィルヘルムは体温が低く、触るとひんやりしているのに、不思議なものである。
やはり竜の鱗というのは素材としては最高級なので、ヴィルヘルムテントの防風機能も最上級なのかもしれない。
ヴィルヘルムはその体を幼体の大きさまで戻すと、私とユリウス様の間にちょこんと座った。
「ユリウス。お前は随分と苦労をしているようだな。昨日のお前の話を聞きながら、お前たちの邪魔をしてはいけないだろうと、俺は嗚咽を堪えるのに必死だった」
「ヴィルヘルムは、寝ていたと思いますけれど」
「起きていたぞ。起きていたし、全て話は聞かせてもらった」
「盗み聞きはよくありませんよ」
「盗み聞いてなどいない。聞こえてきたから聞いていた。俺はリコリスと繋がっている故、リコリスの記憶を覗くことができる。リコリスの記憶はキャンプとルーベンスとアリアネ、時々ユリウス、という感じだったが、リコリスの記憶の中のユリウスは、暗さを感じさせない快活な男だった」
「記憶を覗いたのですか。だから、ヴィルヘルムは魔法少女について随分詳しくなったのですね」
「あぁ。魔法少女ミラクルミルクに出てくるマスコットキャラクターの、白猫ミルキー。あれは中々俺と似ている」
ヴィルヘルムはご満悦、という表情で言った。
低く渋い声で「ミラクルミルク」と言われると、これはこれでなんとも言えない愛らしさがある。
それにしても、ふわふわで愛らしい白猫ミルキーとヴィルヘルム。似ているかしら。
共通点があるとしたら、白い、ということぐらいだろう。
「親父殿、リコリスの記憶の中に俺がきちんと残っていたのですね……!」
ユリウス様が嬉しくて仕方ないという笑顔で言う。
「ユリウス様、私もユリウス様のことをきちんと想っていましたよ。優しくて素敵な婚約者だと」
「俺はてっきり、リコリスはキャンプに夢中で、俺のことをマグロ丼ぐらいの認識しかしていないかと思っていた」
「まぁ、ユリウス様。ユリウス様もご自身のことをマグロ丼だと思っていらっしゃったのですね」
「髪の色がマグロ丼に似ていると、俺も常々思っているからな」
「マグロ丼とはなんだ、リコリス」
ヴィルヘルムがわくわくしながら聞いてくる。
私の記憶を見ているヴィルヘルムでも、知っていることと知らないことがあるようだ。
記憶を見るといっても、全てを詳細に覗くことができるわけではないのかもしれない。
ええと。なんの話をしていたかしら。
話題がマグロ丼一色になりつつあるわね。
「ヴィルヘルム、マグロ丼のことは蛍マグロを捕まえたときに説明するとして、ユリウス様の話です」
「あぁ、そうだった。お前たちがマグロ丼などと言うから、気を取られてしまった。ユリウスの話だ」
「俺が、どうしましたか」
「お前は過去に飲まれることなく、俺の乙女であるリコリスのため、必死に努力をしたようだ。俺はいたく感動した。よって、今後俺は、ユリウスとリコリス、二人を祝福し、お前たちが最後を迎える時まで、お前たちの守護者となることを誓おう」
ヴィルヘルムが厳かに言った。
ヴィルヘルムの言葉とともに、朝の薄い色合いの透き通った空に、流れ星が落ちる。
もしかしたら昨日の流星も、ヴィルヘルムがーー。
そんなことを考えながら空を見上げていると、飛空艇が一隻ゆっくりとこちらに向かって飛んできた。
その飛空艇から、落ちてくる人影がある。
「お姉さまあぁぁぁ!」
確かに私の耳には、明るく朗らかで清く美しい、アリアネちゃんの声が聞こえた気がした。
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