第22話 冤罪とバーベキュー女子



 ぐつぐつと、お鍋の煮える音と、ぱちぱちと炎がはぜる音が小さく響いている。

 爽やかな風が頬を撫でる。さわさわと木が風で揺れる音、ざ、ざ、と寄せては返す波の音。

 午後の優しい光が降り注ぐ砂浜で、少し微睡みたいような心地良さを感じるのは、お腹がいっぱいになったからだろう。


 上の方を蓋のように切り取った四つ首ダチョウの金の卵を、ユリウス様が水瓶に加工してくださった。

 水魔法を使って中を綺麗に洗ってから、カマドの横に水瓶を設置する。

 たっぷり水を張って食器を洗い、テーブルの上に並べて乾かすことにした。

 その間ユリウス様は大量に出た木屑を山のように集めて、新しい焚き火を作った。

 テーブルや椅子を作ったときの副産物として、薪がたくさんある。

 しばらくは薪集めをしなくても大丈夫そう。


「ユリウスは、リコリスの番なのだろう?」


 自分の分と私の分を半分以上食べて満足したのか、ヴィルヘルムが満足げに丸まりながら言った。

 砂浜の上に敷いたパニエの上で丸まるヴィルヘルムは、子犬というよりは怠惰な猫のようにも見える。

 ヴィルヘルムのためのベッドを、細い丸太と丈夫な蔓を組み合わせてせっせと作っているユリウス様が、手を止めてヴィルヘルムと私の顔を交互に見た後に、目尻を染めて頷いた。


「親父殿……! やはり認めてくださるのですね。俺とリコリスは婚約者でしたが、今はもう番と言いましょう。良い言葉です」


「お前の強い感情はなんとなく理解できたが、お前はリコリスを大切に思っていた癖に、リコリスが流刑になるまでそれに気づかなかったのか」


「ぐ……っ」


 ヴィルヘルムの言葉が、ユリウス様に致命傷を負わせている。

 食器を洗い終えた私は、手羽先を焼くための下準備をしようと思っていたのだけれど、一旦手を止めた。


「終わったことはもう良いのですよ。ユリウス様が王家の方々のように私の罪を信じていなかったというだけで、ありがたいことと思いますし、何せこうして自由にキャンプを楽しんでいますし」


「すまなかった、リコリス。そして親父殿。俺はなんと不甲斐ないんだ、一家を守るものとして、これほど情けないことはない」


「その通りだ、ユリウス。反省をしたらもっと食材を狩ってこい、俺のために」


「それで罪が許されるのなら、お任せください、この荒地の食べられる魔物や動物を、一網打尽にしてやりましょう」


 ユリウス様がヴィルヘルムの前に恭しく片膝をついた。

 悪い竜に従う騎士みたいになっている。ヴィルヘルムが満足げに目を細めるので、私は慌ててヴィルヘルムを注意した。


「そんなに食べられないでしょ、おじいちゃん。ユリウス様も、ヴィルヘルムの言うことは気にしない方が良いです」


「リコリス、俺の契約の乙女でありながら、俺への対応が雑になってきていないか」


「今の所ヴィルヘルムは、魔法少女のそばに必ずいる、動物のマスコット的存在ですよ」


「ますこっととは何だ」


「小さな子供たちの大人気の存在です。私がピンチの時に、リコリス頑張れ! と言って、応援するのが役目です」


「それはなかなか良い役割だな。応援は得意だ、任せておけ」


 いつか荒地から出ることがあったら、ヴィルヘルムにも魔法少女のアニメを見せてあげましょう。

 ちなみにアリアネちゃんは魔法少女よりも、その次にやっていた『侠気プロレス一本道』が好きだった。

 アリアネちゃんをお膝に抱っこして良く見たものである。懐かしいわね。


「ますこっとの話はさておき、何故リコリスは流刑になったんだ? 大凡のことはリコリスから聞いたが、どう考えても冤罪だろうと思ってな」


 ヴィルヘルムが訝し気にユリウス様に尋ねる。

 ユリウス様はヴィルヘルムの前から立ち上がると、腕を組んで眉を寄せた。


「それは、……ええ、もちろん冤罪でしょう。リコリスが他国の王族と通じていたなどと、疑うだけ愚かというもの。リコリスは清らかで優しく真面目な女性です。聖女アリアネ……妹のことも、俺が嫉妬で血の涙を流すくらいに、それはもう大切にしていました。そのアリアネに罪をなすりつけるなどと」


「アリアネちゃんは大丈夫ですか、ユリウス様」


 輪切りにした手羽先の汚れを水魔法を使ってジャバジャバ洗い流しながら、私は尋ねる。

 手羽先は大きく、手羽先としての形状を保って焼くのは無理そうだ。

 真ん中に骨のある輪切り肉の形にしたら、一本の手羽先から十個の輪切り肉ができてしまった。

 一個食べるだけで精一杯ぐらいの大きさである。

 ヴィルヘルムなら全部まるっと食べてくれそうだけれど。

 膝下から先はあまりお肉がついていなさそうだったので、海水につけてから乾燥させて、干し肉にしようかと思う。

 その先にある巨大な鉤爪は、何かに使えそうだけれど、今の所神竜の剣の切れ味が良すぎて、ナイフ的な物には不自由していない。


「あれは殺しても死なないだろう」


「お父様とアリアネちゃんのことは気がかりですが、アリアネちゃんは聖女ですから、きっと王家の方々は大切にしてくださいますよね」


「アリアネよりも、君だ、リコリス。君は罪を犯していないのだろう」


「ええ、そうですね。私はルーベンス先生の著作を読んだり、出演なさっている番組を見たり、競争率の高い限定グッズを買うために行列に並ぶのに忙しい生活を送っていたので、他国の方とお手紙でやり取りをする時間などありません」


 私の部屋に残してきたルーベンス先生グッズは無事かしら。

 特に激レアのルーベンス先生のサインが入ったエプロン。こっそり誰かが私の部屋に忍び込んで、持っていったりしていないかしら。心配。


「でも、私のような姿の方が、ラキュラスの涙を持ち出したそうですよ。国王陛下や宰相閣下、それから、レヴィナス様が言っていました」


「誰かが君に罪をなすりつけたのだろう。体を変化させる魔法でも使えば、君に化けることは容易い。君の部屋に忍び込んで、ラキュラスの涙と手紙を仕込んだ、というのが妥当だろう」


「私は一体誰に、そのように恨まれていたのでしょうか。私がルーベンス先生限定グッズを買い漁ったばかりに、グッズを買えなかったファンの方が私を恨んで……」


「いや、違うと思うぞ」


「それは、……可能性としてはあるかもしれないな」


 即座に否定してくるヴィルヘルムと違い、ユリウス様は頷いてくださる。

 ヴィルヘルムは私の貴重なルーベンス先生コレクションを知らないから、否定できるのだろう。

 ユリウス様には見せたことがあるので、分かってくれている。


「俺のリコリスを逆恨みするなど、許し難い所業だ。俺に伝えずにリコリスを流刑にしたことについては、きちんと父や宰相を問い詰めて、洗いざらい吐かせてきた。だが、あの二人は報告を受けた事実をもとに判断しただけのようだ」


「横暴だとは思うがな」


「それはその通りです。俺もそう思います。だが、父たちが言うには、俺に知られる前にリコリスを流刑にしたかったらしいのです。処刑などしようものなら俺が国を滅ぼすことを、あの二人はよく分かっているので」


「滅ぼすのか」


「滅ぼすのですか」


「当然ですね。いや、国民たちには罪はない。俺が滅ぼすのはヴァイセンヴェルク王家です。王家が滅べば、ヴァイセンベルク王国は滅びるでしょう。その後誰が国を興すのかまでは知りません。王家を滅ぼし俺も死ぬつもりですので」


「ユリウス様、それはいけません。お気持ちは嬉しいのですが、どうか生きてください。そうですね、悲しみが晴れず死んでしまいたいと思った時は、キャンプなどをすると良いと思います。大自然との対話で、次第に心が軽くなるかと」


「リコリス、気遣ってくれるのは嬉しいが、お前のいないこの世界になど俺は興味も関心も持てない」


 ユリウス様はさも当たり前のように言った。

 飽きるほど愛の言葉は聞いてきたけれど、こんなに真剣に愛情を示されたのは初めてかもしれない。

 いえ、違うわね。

 ユリウス様はいつも真剣だった。

 私の感じ方が変わったのだろう、きっと。


「見つめ合うのは良いが、冤罪の犯人の話はどうなったんだ」


 両手に輪切り肉を抱えながら、ユリウス様の精悍な顔を見つめていた私は、ヴィルヘルムの呆れ声に我に返る。

 ユリウス様は頬を染めながら軽く首を振ると、気を取り直したように口を開いた。


「父と宰相をリコリスを酷い目に遭わせた罰として、城の一番上階にあるバルコニーから吊るして、それからリコリスを探すために空中浮遊装置で城を飛び出してきました。その後のことは知りません。レヴィナスとは話をしていないし、証言したというエリアル嬢についても。親しかったのか、リコリス?」


「エリアル・ティリスさんですね。仲良しでした。エリアルさんはキャンプよりもキャンプご飯に興味があるようで、三度のご飯よりもバーベキューが好きらしく、お名前をエリアル・バーベキューに変えようかと真剣に悩むぐらいで」


「ばーべきゅーとは何だ、リコリス」


「屋外で、火を起こして網でお肉を焼いたり、お野菜や魚を焼いたりする調理方法のことです」


「そのエリアルという人間は、ばーべきゅーが得意なのか」


「ええ、たまに学園寮のお庭でバーベキューパーティーをしてくれました。エリアルさんの特製果実ソースに漬け込まれたお肉は、それはそれは美味しかったですよ」


「よし、今すぐ王都とやらに帰り、エリアルにことの真相を問い質しにいこう」


 ヴィルヘルムは確実に、バーベキューに目が眩んだようだ。

 ユリウス様と私はぶんぶんと首を振った。


「親父殿、俺とリコリスはこの荒地を開拓しながら子供を育てるのです、誰にも邪魔されずにリコリスと愛を育める、最高の環境なのですよ」


「ヴィルヘルム、まだ四つ首ダチョウのお肉を焼いていません。生ものなのですから、早く焼かないと」


 結局冤罪の真相はわからずじまいだった。

 けれどまぁ良いかと思い、私は手に持っていた輪切り肉にユリウス様が作ってくれた頑丈な木製の串を刺した。


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