第21話 家具職人ユリウス様
ヴィルヘルムは目の前に置かれた小山のような、プルルンとした黄金色の巨大オムレツに、目を輝かせている。
再び調理に取り掛かる私と、木を削り続けているユリウス様の方をちらちら何か言いたげな瞳で見るので、私は「先に食べていて良いですよ」と言った。
「しかし、しかしだな、先に食うというのは、どうにも」
「親父殿は腹が減っているのでしょう。殻ごと卵を食うぐらいですからね。俺たちのことは気にせず、召し上がってください」
「そうか、そうか、良いのか、そんなに言われては仕方ないな」
ユリウス様にも気を使われて、ヴィルヘルムは溜息混じりに言った。
やれやれ、とでも言いたげな雰囲気だけれど、かなり嬉しそうだ。
朝食からずっと待っていたのだから、やっと二度目の食事ができて余程嬉しいのだろう。
(創生の時代から生きていて、やっとまともな食事ができるのよね。それは、嬉しいわよね)
確かにそう考えれば、食事に対する熱意は、微笑ましくさえある。
ヴィルヘルムはがつがつもくもくと、キノコオムレツを食べた。
器用に手でお皿を押さえながら、お皿の中に顔を突っ込んで食べているのが可愛い。
声は渋めの低い男性のものなのに、喋らなければ子犬のようだ。
ヴィルヘルムがキノコオムレツを食べている間に、私は再び同じキノコオムレツを作った。
出来上がったものをユリウス様が作った木彫りのお皿に乗せる。
半分以上オムレツを食べ終えているヴィルヘルムが物欲しそうにそれを見たけれと、二枚目のオムレツはユリウス様のものなので渡さなかった。
さらに残った卵液でもう一枚オムレツを焼く間に、空になったボールをお鍋に変えて、水魔法で水を注ぐと、干した鬼マタンゴをその中にポイポイ入れた。
それから三枚目のオムレツをお皿に移してフライパンを火から下ろすと、その代わりにお鍋をカマドの上に乗せた。スープを仕込むためである。
昨日のスープが残っていれば良かったのだけれど、ヴィルヘルムが全て食べてしまったので、仕方ない。
できあがるまでに時間がかかるだろうから、スープは夕食にしようかしらね。
とりあえず、遅い朝食兼昼食を食べてしまおう。
「ユリウス様、お待たせしました。ヴィルヘルムはもう食べ終わったのですか、お味はどうでしたか?」
ひとまずの調理を終えて振り向くと、ユリウス様が何かをやり切ったような良い笑顔を浮かべていた。
先ほどまで岩のテーブルとドレスの敷物があっただけの拠点なのに、そこにあったのは一枚木の立派なテーブルだった。
テーブルの足には岩が二つ使われていて、どっしりとして安定しているように見えるのは、テーブルに使われている木がかなり分厚く切られているからだろう。
そのテーブルの上に、木製のお皿が二枚並んでいる。
お皿の上にはプルプルのオムレツ。
その横には、こちらも木を削って作った、丸みを帯びていて愛らしいナイフとフォークが置かれている。
「料理をありがとう、リコリス。俺は料理はできないからな、その代わりにテーブルなどを作ってみたが、どうだろうか」
「テーブルよりも料理だろう、ユリウス。幸い卵がもう一つ残っているぞ。喜べ、リコリス。俺はまだ食える」
ヴィルヘルムのお皿は空である。
空のお皿を前にして、ヴィルヘルムはテーブルに顎を乗せながら不満げに言った。
テーブルの横には丸太を切り出して作った椅子が並んでいる。
いつの間にかヴィルヘルムは、その椅子に上にちょこんと座っていた。
「もう食べたでしょ、おじいちゃん」
「俺の本来の姿を忘れたのか、リコリス。俺の胃袋がこの程度の卵で満たされると思うな」
「胃袋を満たすために小さくなったのではないのですか、ヴィルヘルム。そんなことよりも、ユリウス様、この短時間でこんなに木製家具を作るなんて、ユリウス様は家具職人の才能があるのですね」
「リコリスに褒められた……、やはりここは楽園なのだな……、時間がなく、まだ完成というには程遠いが、最終的には二階建てのログハウスを作るつもりだ」
「キャンプとは、という疑問が頭をよぎりますが、ログハウスは良いものです。楽しみにしていますね」
キャンプといえばまずはテントなのではないかしらと思ったけれど、ユリウス様は木の加工が得意なようなので、ユリウス様用の木のお家を作って貰えば良いかと考え直した。
あくまで私はソロキャンプを楽しんでいるので、寝床は別でないといけない。
食事は一緒でも、寝床は別。
それがソロキャンプ。
うん。なんだかだんだん定義が曖昧になってきた気がするわね。
ユリウス様と一緒の場合は何というのかしら、ファミリーキャンプかしら。まだファミリーじゃないけど。
「リコリス、俺の分の卵の話はどうなった」
ログハウスの話で盛り上がる私たちに、ヴィルヘルムが言う。
じいっと私の分のオムレツを見つめ続けているので、どうせ私は全部は食べられないだろうから、半分分けてあげることにした。
半分に切ったオムレツをヴィルヘルムのお皿に乗せてあげると、途端に機嫌を直したヴィルヘルムは、ばくばくとオムレツを食べ始める。
「そんなに美味しいのですか、ヴィルヘルム。作りがいがあって良いといえば良いのですけれど」
「お前たちも食ってみろ。俺の食った卵はいったい何だったのだと戸惑うほどに美味いぞ」
「それは親父殿が殻ごと生で食らったからでは……」
「御託は良いから、食うと良い」
誰も御託を並べてはいないのだけれど、ヴィルヘルムは食事についてと神竜の乙女の件については結構うるさい。
私とユリウス様は顔を見合わせると、それぞれ席についた。
ユリウス様と私は向かい合わせで、ヴィルヘルムはユリウス様の隣である。
カマドをどちらの席からでも見ることができる位置に、テーブルは設置されていた。
久々に地べたではなくて椅子に座ると、健康で文化的な生活を取り戻したような気がする。
私が今回目指している、おしゃれ女子力キャンプにすごい速さで近づきつつある。ユリウス様のおかげだ。
「リコリスの手料理か、……はじめての手料理だな。俺は今日この日、この瞬間を、死ぬまで忘れたりはしないだろう」
ユリウス様が祈るように手を合わせながら、うっとりとした口調で言った。
今すぐにでもポエムを読みそうな雰囲気だ。
ポエムは後にして、とりあえず食事をして欲しい。
「ユリウス様、早く食べましょう。冷めてしまいます」
「あぁ、わかった。俺は幸せ者だ、リコリス。君の手料理を、美しい海と君の顔を見ながら食うことができるとは。ありがとう、リコリス。愛しているぞ」
「ええ、その、ありがとうございます。食べてください」
学園に通っている時は、朝の挨拶ぐらいの頻度で囁かれていたユリウス様からの愛の言葉が、妙にくすぐったい。
私はお皿の上のオムレツに視線を落とした。
それから「いただきます」と挨拶をして、フォークですくって口の中に入れる。
とろとろの黄金色のオムレツは、ナイフで切る必要がないほどに柔らかい。
とろりとしている部分と、固まっている部分が半々ぐらいで、気を抜くとフォークから溢れそうになってしまう。
オムレツの中には、鬼マタンゴのスライスが、ぽつぽつと顔を覗かせている。
卵のまろやかな香りの中に、炙ったベーコンのような芳醇さが加わっている。
一口口に入れる。
口の中で卵がとろりと溶けていく。
舌の上でとろける柔らかで優しい味わいは、いつも食べている鶏の卵に似ている。
けれど、それよりもずっと味が濃い。
舌に残らないほどに、噛まずに溶ける卵が、するりと喉の奥へと流れていく。
一緒に鬼マタンゴを食べると、高級肉に卵を絡めたような味がする。
鬼マタンゴの濃く深い味わいを、卵が優しく包んでいるようだ。
「美味いな、リコリス! 君が作ったからだろうか、王都で食っていた料理よりもずっと美味い」
「炒めて混ぜて焼いただけですけれど」
「やはり愛情という名のスパイスが、料理を一層美味しくさせるのだろうな。なんて旨い料理なんだ。リコリス、俺は幸せだ」
「それは良かったですね」
「ユリウス、手が止まっているぞ。食わないなら、俺が食ってやろうか」
自分の分がまだ残っているのにユリウス様のオムレツをじっと見つめるヴィルヘルムから、ユリウス様は自分のお皿を庇うようにした。
「いくら親父殿といえど、リコリスの料理を渡すわけにはいきません」
「そうか。まぁ、卵はあと一個あるからな」
「今日はもうオムレツは作りませんよ」
オムレツは作らないけれど、巨大目玉焼きは作ってみたい。
果たして美味しいのかどうか、ちょっと謎だけれど。
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