第20話 金の卵オムレツ
神竜のフライパンは、油をひかなくても食材がくっつかない。
やはり神竜の加護のあるフライパンは普通のフライパンとは一味違う。
そういえばルーベンス先生は油を使う代わりに、狩った動物や魔物のお肉を少し炒めて油のかわりにしていた。
私も四つ首ダチョウの手羽先を少しけずって、フライパンの中に入れた。
じんわり染み出す油が、鬼マタンゴのスライスをしんなりとさせる。
獣臭さはまるでなく、ジュウジュウと聞こえる小さな音と共に、香ばしく良い香りが辺りに漂った。
私が鬼マタンゴを炒めている間に、ユリウス様は隣で長い小枝を刃物に変化させた指先で削っていた。
綺麗に削れてつるりとした肌色の美しい木肌を剥き出しにした小枝を、私にくださる。
「役に立つか分からないが、料理に使えるかと思ってな」
「ありがとうございます、とっても素敵な菜箸ですね」
お手製の菜箸を手に入れた私は、フライパンの中をかき混ぜた。
ユリウス様は、ただ料理の出来上がりを待っているだけのヴィルヘルムよりも協力的だ。
私を助けに来てくださったのに、文句も言わずここに移住してくださるとすっぱり決めた決断力や、学園でお話ししていた時よりも生き生きとしている野生味溢れる姿に、妙に胸がさざめいた。
ドレスや宝石を頂いた時よりも、お手製の菜箸の方がずっと嬉しい。
いえ、もちろんドレスや宝石も有難いのだけれど。オリアニス公爵家の経済状況を考えると、ドレスを新調することは結構大変だったし。
「後は皿と、フォークとナイフがあれば良いか」
菜箸を使う私を嬉しそうににこにこ眺めた後に、ユリウス様は再び枝を削り始める。
砂浜に座っているユリウス様の軍服が、砂と木屑で汚れている。
「ユリウス様、服が汚れてしまいますので、何か敷くものを準備しましょう」
「砂など払えば良い。汚れたら湖で洗って乾かせば良いだろう。俺は男だからな、全裸でも問題はない」
「創世の男女は、羞恥心を覚えた時に局部を葉っぱで隠したようです。それなので、全裸はちょっと」
「リコリスの前で全裸はいけないな、確かに。服を洗う間は、俺も木の葉で局部を隠そう」
私は全裸で大切なところを木の葉で隠したユリウス様を思わず想像した。
結構似合う気がする。ユリウス様の全裸を見たことがあるわけではないけれど。
葉っぱ一枚あれば良い、という幻聴がどこからともなく聞こえてくるようだ。
ユリウス様の全裸について思いを馳せている場合ではなかった。
私は意識を料理に戻した。
鬼マタンゴに十分火が通ったところで、それを今度は隣に置いてあったボールの中へと移す。
「卵を割っていきましょう」
「あぁ、それなら俺に任せておけ」
ユリウス様は食材置き場の上にある金の卵の端の尖ったところを、手刀ですっぱりと切り裂いた。
綺麗に切られた卵の殻はかなり分厚い。
普通の卵のようにとんとん叩いてもびくともしないぐらいに硬そうだ。
「四つ足ダチョウの卵の殻は、ヒュドラの牙でも噛み砕けないぐらいに硬い。加工して武器や防具に使われることもあるぐらいだ」
ユリウス様は蓋が切り取られたような形になっている卵を私のそばまで運んできてくださった。
ぽっかりと空いた穴から中を見ると、中にはたっぷりと透明な白身の中に、まんまるい黄色い黄身が浮かんでいる。
鳥の卵を巨大にしただけ、という見た目である。
それをボールの中に入れて、鬼マタンゴと一緒にかき混ぜる。
黄色味の強い鮮やかな卵液が出来上がり、再びフライパンに流し入れた。
フライパンも私の顔ぐらい大きいのだけれど、ボールの中の卵液を三分の一程度入れるといっぱいになってしまった。
巨大オムレツが三つは作れそうだ。
フライパンに熱せられた卵は、じゅわじゅわと音を立てながら、ドロドロの液体だったものがふわふわになっていく。
固まってきたところを液状の卵液と混ぜるようにして、全体的に火が通るようにする。
フライパン全面に広がっている卵液を混ぜながら、半熟程度になったところで、フライパンを傾けながら菜箸で反対側からくるりと畳む。
綺麗な黄金色に焼けた裏面が顔を出し、私は嬉しくなって口の端をにやにやさせた。
「もうできたのか? それがあのドロドロした不味い卵なのか」
「農場では、新鮮な卵を白米にかけて食すこともあるようですよ、親父殿」
「正気か」
「何かが足りなかったのではないでしょうか。市場に流通する卵は生食には適しませんが、農場で食べるとれたての生卵は食通の人々には人気があるようです。至高のTKGなどと呼ばれていて、雑誌で特集が組まれるほどで」
「てぃーけーじーとは」
「卵かけご飯のことですね」
ユリウス様がすごい速さで大きめの木を削りながら、ヴィルヘルムと話をしている。
私は楕円形に形を整えた卵が焼けるのを待つ間、火力を調節するためにカマドに薪を足すなどした。
自然の音しか聞こえない、静かな空間で一人を楽しむのがソロキャンプ。
けれど、ヴィルヘルムとユリウス様が賑やかに話している今も、そんなに悪くない気がする。
真昼の日差しが降り注ぐ海が、どこまでも青く輝いている。
なんだかとても、平和だ。
「四つ首ダチョウの卵は生食には適していないということだろう」
ヴィルヘルムはよほど生卵に嫌な思い出でもあるのか、嫌そうに言った。
「他の獣や魔物たちが奪い合って食っているのを見てな、それならよほど旨いのだろうと考えて、丸呑みにした。殻はじゃりじゃりして固く、中身はドロドロして薄気味悪い。最低だったぞ」
「それは殻ごと食べるからです、親父殿。殻は割ります。中身も適量というものがありますからね。適量を白米にかけて、その上から醤油などを垂らすと旨いそうですよ。俺はそこまで食道楽でもないので、食ったことはありませんが」
「しょうゆとはなんだ、ユリウス」
「調味料のひとつです。黒くてしょっぱい」
「黒くてしょっぱい? 旨いのか、それは」
「大抵の食材とあいますね。俺の部下などは、魔物討伐のための野営中に、白米に醤油をかけたものばかりを食っている奴などもいましたね」
「リコリス!」
私の背後から、ヴィルヘルムの期待に満ちた声が聞こえる。
「醤油は作れませんよ、ヴィルヘルム。不自由を楽しむのがキャンプなのですから、贅沢は言わないでくださいな。まずは食材の味を楽しんでください。キノコオムレツができましたよ」
調味料があった方が美味しいとは思うのだけれど、何せ何もないのだから諦めてほしい。
ユリウス様は出来立ての木製のお皿を、私の前へと差し出してくれた。
私の顔ぐらい大きなオムレツが乗るほどに大きなお皿に、私は両手でフライパンを持って、オムレツを乗せた。
綺麗にお皿の上に乗ったオムレツは、ほかほかの湯気を立てながら、ぷるんと震えた。
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