第19話 きのこオムレツと恋のときめき
ユリウス様は、ほくほくした表情で四つ首ダチョウの長く太い片足を片手で持ち上げると、私を振り向いた。
お友達の皆さんがおっしゃっていた通り、今のユリウス様なら討伐した魔物の首を掲げて「わはは!」と笑いそう。
「リコリス、無事四つ首ダチョウを討ち取ったぞ! さぁ、肉と卵を持ち帰ろう!」
「ユリウス様、お強いのですね、流石です」
一瞬なんか違うなぁと思ったものの、せっかくユリウス様が頑張ってくださったので、私は拍手で受け入れることにした。
パチパチと拍手をする私の横で、ヴィルヘルムも「人間にしては強いのだな」と感心している。
ユリウス様はとっても嬉しそうに破顔した。
「俺の前に、四つ首ダチョウなど無力! リコリスと親父殿と子供たちのためなら、どんな巨大な魔物でも動物でも海洋生物でも狩りとってきてやろう、わははは!」
ユリウス様が野生にお還りになっていらっしゃる。
本当に「わはは」って笑うのね。学園でのユリウス様は、爽やかな微笑を浮かべる程度だったのに、我慢していたのかしら。
もし私が怖がることを心配して、私の存在がユリウス様の野生を我慢させていたとしたら忍びないわね。
それにしてもユリウス様には先ほどから子供たちの幻覚が見えているようだ。
本当に王都に帰らないつもりなのかしら。王太子殿下なのに。
ユリウス様とはもっと大切なことを話さなければいけない気がするのだけれど、ヴィルヘルムが私を鼻先で突いて「肉と卵だぞ、リコリス」と言うので、まぁ良いかと、私は目の前の食材に集中することにした。
命を頂くのだから、食材に対しては常に真摯でなければいけないわよね。
四つ首ダチョウにさえ名乗りを上げたユリウス様を、見習わなければ。
私も魔法少女の端くれ。「この白竜の乙女リコリスが、今からあなたと戦います! 食材にするために!」ぐらい言うべきよね。今度から気をつけましょう。
「ユリウス様、ありがとうございました。大変見事な戦いぶりでした」
「そういえば、リコリスに俺の戦う姿を見せたのは初めてだったな。怖くはなかっただろうか」
「怖くはありません。ユリウス様のお力は特別だとは知っていましたが、見せていただいたのは、確かにはじめてですね」
類稀なる自己回復力の持ち主であるユリウス様は、生まれながらにして特殊な魔力を持っている。
体を好きなように形態変化させることができるらしいと、話には聞いたことがあった。
どんなに優れた魔導士でも、自らの体の形を変えることなどできない。
ユリウス様は人並みはずれて魔力量が多いらしい。そのため、優れた力を持っているそうだ。
とはいえあまり気にしたことはない。
ユリウス様もそれを自慢に思っているわけでもないし、滅多にその力は使わないようだ。
私が見たことがあるのは、アリアネちゃんの聖女チョップのダメージから体を回復させるところぐらいだ。
「側近たちが、女性に見せるべき姿ではないとうるさくてな。隠していたわけではないのだが」
ユリウス様は掲げていた四つ首ダチョウの体を地面に降ろした。
「ところでリコリス、四つ首ダチョウはどこを食べるんだ?」
「胴体は羽と骨ばかりなので、足だと、ルーベンス先生が言っていました」
「では手羽先は持ち帰ろう。それから卵も持っていこう」
私は両手に金色の、私の頭ぐらいの大きさの卵を二個かかえた。
ユリウス様は腕から生えている剣で四つ首ダチョウのお肉を切り取ると、肩に担いだ。
腕からはえている剣は、にゅるんと元に戻った。剣は戻ったけれど、服は破れたままだった。
ヴィルヘルムが卵をもっと欲しがったけれど、そんなには食べることができないし、調理にも時間がかかるので、駄目だと却下させてもらった。
新鮮ではない卵はお腹を壊すのだ。
保存が効かないものは、野生の動物たちに譲るべきだろう。
私たちは食材を拠点まで持ち帰った。
寝床にしていたドレスとパニエ、火が消えた焚き火の炭になった薪と、テーブルがわりの平たい石だけが残っている。
大きな葉っぱを広げた上に金の卵と四つ首ダチョウの手羽先を置いた。
どちらも普通の卵や手羽先を百倍にしたぐらいに大きい。存在感が凄い。
「リコリス、ここが君の住処なのか?」
ヴィルヘルムは昨日と同じ位置、ふかふかのパニエの上で丸くなった。
ユリウス様はきょろきょろと周囲を眺めて、私に確認するように尋ねる。
「まだ何もありませんけれど、ここがキャンプ地です。何せ昨日来たばかりで、寝床を作って料理をするだけが精一杯だったのです」
昨日のうちに保存食にするために刺した枝に吊るしておいた鬼マタンゴが、良い感じに皺々になっている。
水で戻したらきっと良いスープになるだろう。
お肉も焼かなければいけない。まずは、火を起こさないと。
「そうか。……誰もいない砂浜、青い海、リコリスと二人きり……そうか……そうなのか、ここが楽園だったんだな」
「ユリウスも料理が作れるのか」
感極まったように金の目を潤ませながら私の手を握ってくるユリウス様に、ヴィルヘルムが話しかける。
今まさに愛の言葉を囁こうとしていたっぽいユリウス様に料理の質問をするとか、流石はヴィルヘルム。今日もご飯のことしか考えていない。
「申し訳ありません、親父殿。料理は作ることができません。俺にできるのは、狩猟と火おこしぐらいです。長く時間のかかる討伐では、野営をすることがありますから」
「そうか。ではユリウスは火をおこせ。火を通せばその不味い卵も旨くなるのだろう」
「ヴィルヘルム、待っていてくださいね。今日はかまどを作るのです。かまどを作って、その上でキノコオムレツを焼きましょう。鬼マタンゴスープも作りましょう。お肉は焼くまでに時間がかかるので、夕食ですね」
「急げ、リコリス。もう昼だ。朝食のはずが、昼だ」
「ちょっと待っていてくださいね、おじいちゃん」
聞き分けのない子供のようなことを言うヴィルヘルムを、私はまぁまぁと宥めた。
おじいちゃんと言われたのが気に入らなかったのか、ヴィルヘルムはプイッと横を向いて黙り込んでしまった。
静かになったところで、私はユリウス様にお願いすることにした。
「本来ソロキャンとは、一人で行うものなのですが、この際だから寝場所を分ける、ということでソロキャンの定義を守ることにしましょう。ユリウス様、ここは共同キッチンです。ですので、ユリウス様にはかまどを作っていただきたいのです」
「任せておけ。野営で暖をとるために、作ったことが何度かある」
ユリウス様は深く頷くと、岩場の方へ歩いて行った。
その間に私は胸から神竜の剣を取り出すと、一本を卵の大きさに合わせた大きなフライパンへと形を変化させた。
それからもう一本を、お水を張るようのボールへと変えた。
私の顔よりも大きなボールの中に水魔法を使用して水をはり、その中に皺々の鬼マタンゴを入れる。
鬼マタンゴが柔らかくなったところでボールから取り出して、中の水を森の手前の草むらに捨てた。
柔らかい鬼マタンゴを、ボールから包丁に変えた神竜の剣で薄くスライスする。
それをフライパンに移したところで、ユリウス様がいくつかの大きい石を両手に抱えて戻ってきた。
「荷車などがないと、不便なものだな。中々良い。大自然を夫婦二人で開拓しているという風情が、この不自由さの中に感じられて、とても良い」
ユリウス様はにこにこしながら、感慨深そうに言った。
私以上にキャンプを満喫し始めているユリウス様が、手早く岩を積みかねて、かまどを作っていく。
その中央に薪を積み上げて、炎魔法を使って火をつけてくれた。
何も説明しなくてもここまで一人で行ってくれるあたり、野営慣れしていることがはっきりと感じられる。
「ありがとうございます、一人よりも二人の方が、作業が早いですね」
「愛の力だな、リコリス。俺とリコリスが愛し合っているが故の、作業効率の早さだ。何も言わなくても通じ合うのが、夫婦というものだろう」
「それではユリウス様、フライパンをかまどの上において、卵を焼きましょう」
ユリウス様の言った通り、ユリウス様が作ってくれたかまどは大きめで、大きいフライパンがピッタリ上に乗った。
ぐらつきもなく安定していて、焚き火の炎がちゃんとフライパンの底に当たっている。
何も言わなくても通じ合うのが夫婦。
そうなのかもしれない。
私はユリウス様の野営力と、完璧なかまどに、心がときめくのを感じた。
ユリウス様のことは嫌いじゃないと思っていたし、むしろどちらかというと好きだったのだけれど、ときめいたのはこれが初めてだ。
フライパンの中で炒められている鬼マタンゴを覗き込んでいるユリウス様の瞳が、少年のように輝いている。
ユリウス様が四つ首ダチョウを倒した時は、なんか違うなぁと思ったけれど、これはこれで良いのかもしれない。
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