第18話 ユリウス様の初陣
噂によれば、ユリウス様は大層お強いらしい。
アリアネちゃんの強制浄化聖女パワーが及ばない辺境の森などに時折現れる魔物の群れを、嬉々として自ら馳せ参じて討伐したり、機械技術の礎となっているエネルギー源を採掘するための鉱山に現れる魔物を討伐したりと、その武勇伝は枚挙にいとまがない程である。
ーーというのは、私が学園の頃にお友達の皆さんから耳にした噂だ。
八つ首の大蛇、ヒュドラの切り取った首を鷲掴みにして空に掲げて、返り血を浴びながら「わはは」と笑うユリウス様の真似、などを皆様よく私の前でしてくださったものである。
そのユリウス様が私の前では「リコリス、君は可憐な花」などとポエミーになることを、一部の生徒たちは非常に面白がっていた。
ユリウス様は気さくな方なので、物真似をされても怒らない。
それどころか、「もっと感情を込めろ。それでは俺のリコリスに対する愛情が足りないではないか」と演技指導をするぐらいだった。
「ユリウスは大丈夫なのか? 卵を抱えた四つ首ダチョウは凶暴だぞ」
「多分……、ユリウス様はお強いようですから」
お手伝いに行こうか、どうしようかしら。
今の私もヴィルヘルムのおかげで、ユリウス様ぐらい強いと思うのだけれど。
でも、せっかく張り切ってくださっているのに失礼な気もするし。
どうしようと思いながら木陰から覗いていると、ユリウス様は四つ首ダチョウの前に堂々と立った。
森の中に木々や枯れ葉などを集めて作った大きな巣の上で、四つ首ダチョウは侵入者に気づいて四つの首をもたげる。
「俺は、ユリウス・ヴァイセンベルク。故あって貴様の卵と貴様の命を奪う者だ。この名と顔をよく覚えておけ」
四つ首ダチョウに対して名乗りをあげるユリウス様の背中を、私とヴィルヘルムは何も言わずにじっと見つめた。
なんて正々堂々としているのかしら、ユリウス様。
獣に対しても敬意を忘れないその姿勢。
命を奪って頂くのだから、私も忘れないようにしなければ。
ユリウス様の背中にあった空中浮遊装置は、先ほど「もう城には帰らないからな」と言って、草むらに捨ててしまった。
今のユリウス様は、軍用コートに身を包んだだけの、丸腰だ。
四つ首ダチョウに人の言葉が理解できたかどうか分からないけれど、黒い羽と白い体が、警戒色の赤に染まっていく。
羽が逆立ち、四つの嘴から、女の野太い悲鳴のような声を上げた。
「いくぞ、ダチョウ! 腹を空かせた親父殿の糧とするためだ、お前に恨みはないが、死んでもらう!」
「四つ首ダチョウを捕獲しているというよりは、戦で敵将と戦っているようだな」
ヴィルヘルムが小さな声で私に言った。
私は両手を握りしめて、こくこくと頷いた。
なんだか邪魔をしてはいけない気がする。私にできることと言ったら、ユリウス様が負けそうになった時に「頑張れ! 負けないで、ユリウス仮面様!」と応援するぐらいだ。
ユリウス様は仮面を被っていないけれど、そう呼ばなければいけない気がしてくる。
四つ首ダチョウは太く長い足で地を蹴って、高く跳び上がる。
『四つ首ダチョウの武器は、この美脚と爪での攻撃だ。キック力は砂地カンガルーの百倍。ひと蹴りされたら、人の体は飛空艇に轢かれたぐらいの衝撃を受ける。ひとたまりもない』
ルーベンス先生が脳内で、四つ首ダチョウの特性について解説をしてくれる。
コブラツイストをかけられている四つ首ダチョウが、ルーベンス先生にぎりぎりと締め上げられながら、じたじた暴れている。
メスティン・ユマお姉さんが『ダチョウも美味しいんですか、先生?』とのんびり尋ねる。
『四つ首ダチョウは骨が太く、肉はやや硬い。だが、じっくり炙れば旨味が出る。乾燥させてジャーキーなどにすれば出汁もよく出る。鳥の形をしている物は、基本的に鶏肉なので食えると思って良い。ただしあまりにも凶暴だからな、素人の場合は卵を盗んだらすぐに逃げろ。ひたすら逃げるんだ。君たちの脚力が勝つか、ダチョウの執念が勝つかの、生きるか死ぬかの勝負だ』
「デットオアアライブですね、ルーベンス先生」
「急に意味のわからない独り言を言うな、リコリス」
私が脳内のルーベンス先生と会話をしていると、ヴィルヘルムが呆れたように言った。
空高く飛び上がった四つ首ダチョウが、ユリウス様に踵落としを決めようとしている。
ユリウス様は不敵に笑うと、片腕をダチョウに向かって突き出した。
その腕から、にゅるんと太く大きな剣がはえる。
肘から手にかけてはえている剣は、刃が大きく分厚い。
剣というよりは、肉切り包丁のように見えた。
ユリウス様はその剣で四つ首ダチョウの足を弾き返す。強い衝撃を受けたのだろう、ユリウス様の足元が、ユリウス様を中心として抉られる。
それでもよろめくことなく、ユリウス様は一歩踏み込むと、その刃でダチョウの首を一刀両断した。
跳ね飛ばされるダチョウの首を見つめながら、私は(なんか違うなぁ)と思った。
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