第13話 ソロキャン一泊目の夜



 私の話を聞き終えたヴィルヘルムは、「ふぅん」と言った様子でぱちりと瞬きをして、自分の腕に顔を埋めた。

 まんまるい毛玉のようになったヴィルヘルムの横で、私は小さく溜息をついた。


「ま、そんな感じで、私はこの場所に落とされたというわけです。そうしてヴィルヘルムと出会いました。流刑になっていなければヴィルヘルムの存在さえ知らなかったことでしょう。人の縁とは奇妙なものです」


「抵抗しなかったのか、リコリス。随分と、横暴で一方的な処遇だと思うが」


「そもそも私、ラキュラスの涙を盗んでいませんし、他国の方と文通したこともありませんし。まるっと冤罪ではありますけれど、兵士の方々は沢山いましたし、相手は国王陛下ですし。反論の余地はありませんでした」


「お前の婚約者は王子なのだろう? 助けには来なかったのか」


「助けには来なかったです。何せ国王陛下直々にお出ましになられたのですから、ユリウス様もご存じだったのかしら、とは思いますけれど……、アリアネちゃんもユリウス様も卒業を祝う式典会場に先に行っていたので、会えずじまいでしたね」


「お前の家は金に困っていたというのは本当なのか?」


「そこまで困窮していたというわけではありませんけれど、何せお父様が浪費家でしたのでね。お母様が亡くなられてしまって、お父様のご様子がおかしくなったそうなのです。気づくと死のうとしますし、泣いてばかりいますし、すぐ騙されますし、お金遣いも荒くて」


「駄目な男だな、それは」


「お母様のことをそれはそれは愛していたのでしょうね。ユリウス様から頂いた婚約の支度金も、聖女アリアネちゃんへの寄付もすぐに使い果たしてしまって。もちろんいつも見張っているのですが、どういうわけか見張りの目を潜り抜けてお金を使うし、死のうとするのですよ。あれは一種の才能ですね」


「いっそ死なせてやれば良いのではないか」


 呆れたようにヴィルヘルムは言った。

 神竜なのにずいぶん冷たいことを言うものである。


「そういうわけにはいきませんよ、家族ですし。お父様にもあれはあれで憎めないところがあるのです。誰かに見つかるのをきちんと待っているのですよ。こう、部屋にロープを張って、足を台にのせた状態でじっと待っているのです」


「死ぬ気がないだろう、お前の父は」


「ないのですよ。お父様死んでは駄目ですよ、と叱ると、リコリスすまない、といって泣くのです。ここまでが様式美です。こういう時は大抵、無駄金を散財して、公爵家の金庫を空っぽにしています。何度アリアネちゃんの聖女パイルドライバーを受けても懲りないお父様です」


「ある意味強いな、お前の父は」


「そうですね、性懲りもないのです。仕方ありません、お母様がいなくて寂しいのでしょう」


「お前は怒らないのか、リコリス」


「怒りますよ。駄目ですよ、お父様、と叱ります。一瞬腹が立ちますけれど、ルーベンス先生のことやキャンプについて思いを馳せると、大抵のことはどうでも良くなってしまうのです。大自然の神秘ですね」


「……そうか、良かったな」


 ヴィルヘルムは何か言いたげな視線を私に向けたけれど、結局何も言わなかった。

 お父様とアリアネちゃんと私。

 三人で肩を寄せ合って生きていた時代が懐かしいわね。

 物心ついたときにはオリアニス公爵家は借金まみれだった。

 唯一残ってくれた老執事が「お嬢様、申し訳ありません。旦那様の狼藉をとめることができず」と私の前に膝をついて謝ってきたので、この家はとアリアネちゃんは私が守らないといけないと、決意したのである。

 お金のことや領地のことについて学び、十歳を過ぎるころには家のことは私が全て取り仕切るようになっていた。

 ルーベンス先生との出会いもそのころである。

 お金の勘定ばかりで気が滅入っていた私を、大自然の中で上半身裸で仁王立ちするルーベンス先生は大変癒してくださった。

 私もいつか、大自然の中で全てを投げ捨てて、全裸で仁王立ちしたいと夢をみるようになった。

 ソロキャンとは癒し。

 私に癒しを与えてくださったルーベンス先生は、神に等しきお方なのだ。


 ユリウス様と出会ったのもそのころである。

 ユリウス様は王家の使者の方々と共に、聖女アリアネちゃんに会いに来た。

 アリアネちゃんはまだ九歳。聖女として働くには早すぎる年齢だ。

 本当は王家に引き取られるという話も出ていたのだけれど、私の傍を離れるとなんせ泣き叫ぶので、それはできなかった。

 私は私で、公爵家から出るとお父様が死んでしまうと思って、アリアネちゃんと一緒に王家に引き取られるという話は断ってしまっていた。

 王家の方々が泣き叫ぶアリアネちゃんを無理やり連れていくという暴挙ができなかったのは、アリアネちゃんが聖女だからだ。

 アリアネちゃんが悲しむと、草木が枯れて大嵐が起こるのである。

 少しぐらいの悲しみではそんなことは起こらないのだけれど、私と引き離された時のアリアネちゃんの荒れようといったら物凄かった。

 一度無理やり連れて行こうとしたときに、アリアネちゃんを馬車に乗せた時点で雹が降り馬車の屋根を突き破ったので、王家の方々も諦めたようだ。


 そんな経緯もあって、公爵家で大人しく暮らしていたアリアネちゃんと私の顔を見に、王家からユリウス様がわざわざいらしたのである。

 その時私は忙しく、十歳を過ぎたばかりだというのに、若々しさはまるでなく、まるで仕事疲れの文官のような趣だったように思う。

 とりあえずご挨拶を交わした記憶がある。

 嫌がるお父様を引っ張って、ぐずるアリアネちゃんを引きずって、ユリウス様にきちんとご挨拶をさせた。

 そうしたら、何故か私は、ユリウス様の婚約者になったというわけだ。

 ユリウス様は度々公爵家に来て、お仕事を手伝ってくださった。

 膨れ上がった借金の返済に協力してくださり、時々援助もしてくれた。優しい方だ。

 初対面の時の私の有様が、よほど哀れだったのだろう。

 現在は、ユリウス様の協力もあり徐々に借財も減り始めて、豊かとはいえないけれど貧困にあえぐほどでもなくなった。

 アリアネちゃんが聖女として成長して、散財したお父様にお仕置きの聖女パイルドライバーを決めてくれるようになったこともかなり大きい。

 私がいくら言っても駄目だったものね。

 最終的に物事を解決するのは、暴力なのかもしれない。

 どんなに聖女パイルドライバーで脳天を責められても、懲りないお父様も凄いといえば凄いのだけれど。

 ユリウス様とアリアネちゃんは元気かしら。


 お腹がいっぱいになって満足したのか、ヴィルヘルムがまん丸くなりながらすやすや眠りだしている。

 私も寝ようと思い、ドレスとパニエで作ったふかふかの寝床に体を横たえた。

 見上げた空には、宝石をちりばめたような満天の星空が輝いていた。

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