第12話 突然の罪
二年生の終わりの、三年生の卒業をお祝いする式典の日。
どういうわけか、私は兵士に囲まれていた。
私が着ている、通常よりも三倍速そうな真っ赤なドレスはユリウス様から送られたものだ。
ユリウス様が恥ずかしげもなく堂々と「赤は俺の髪の色だ。そのドレスはリコリスが俺のものであるという証。是非着てくれ」と言って、寮の私の部屋まで届けに来たのはつい先日の話。
アリアネちゃんは私のドレスを見て「趣味が悪い、趣味が悪い、悪趣味すぎる、もちろんお姉様はなんでも似合ってしまうと思いますけれど、この真っ赤なドレスはお姉様の清らかな美しさを全殺しします」と呪詛のようにぶつぶつと呟いていた。
私はドレスには特にこだわりはない。
そんな私ですらユリウス様がプレゼントしてくださった赤いドレスは、通常よりも三倍速そうだなぁと漠然と思うぐらいに赤かった。
とはいえ婚約者の好意を無下にはできない。
卒業式典を終えたのち、ユリウス様は王位継承の準備にはいる。
無事に王位を継いだら、その後は私との婚姻を正式に結ぶ予定になっている。
私はルーベンス先生ほどではないけれど、ユリウス様に対してもそれなりに好意を抱いている。
あと十年もしたら、筋肉の鎧を身に纏った禿頭の男前になるかもしれない。
ユリウス様には期待している。裸エプロンで魔物を捕縛するという約束を、この間してくださったし。
そんなユリウス様と私なので、私はプレゼントして頂いたドレスになんの蟠りもなく、袖を通した。
というわけで、犯罪者を捕縛するために出動する、警邏用小型飛空艇の危険を知らせる赤いランプよりも赤い私は、寮を出たところで兵士に捕まったのである。
いつも私の傍に居るアリアネちゃんは、式典では聖女として着飾って皆に祝福を与える役目があるので、不在だった。
アリアネちゃんの話では「今日は皆に聖女ミラクルハッピーシャワーを浴びさせなければいけませんの。頑張りますわね、お姉様。本当はアリアネの聖女ミラクルハッピーシャワーは全お姉様の物なのですけれど」と言っていた。
全お姉様とはなにかしら。
お姉様は一人しかいないのだけれど。
ついでにいつも私の傍にいるユリウス様も、式典でのご挨拶と準備があるので不在だった。
ユリウス様は私の足元に跪きながら「すまない、リコリス、本当にすまない。式典の日に一緒にいることができない不甲斐ない婚約者の俺を、お前の美しい足で踏んでくれないか」などと言っていた。
そんなに気にしていないので踏まなかった。
踏んだら可哀想だと思うし。
一人きりの私は、突然兵士に捕縛されて、学園の式典会場ではなくてお城に連れていかれた。
お城で待っていたのは、ジルゼアム宰相と、第二王子であるレヴィナス様と、国王陛下だった。
ジルゼアム宰相が私の罪を朗々と言い放った。
「リコリス・オリアニス。お前は王家の秘宝である、ラキュラスの涙を盗んだな。お前の部屋からラキュラスの涙が出てきたと、エリアル・ティリス伯爵令嬢からの報告を受けた。ユリウス様の婚約者であり、城に入り込んでも誰も疑問に持たないお前なら、盗み出すことは容易だっただろう」
「私にはなんのことなのか、さっぱりなのですけれど……」
本当にさっぱり分からないので、私は戸惑った。
ラキュラスの涙の存在は知っている。アリアネちゃんが聖女だから、話には聞いている。
けれど、見たことも触ったこともない。
「数週間前、ラキュラスの涙を持ち出すお前の姿を、数人の兵士が見ている。どうしたのかと話しかけると、アリアネに頼まれたとお前は言ったそうだ。聖女アリアネの頼みであればと、誰も疑問に持たなかったようだが、それ以来ラキュラスの涙は行方知れずとなった」
「数週間前ですか……」
数週間前、私は何をしていたかしら。
というか、数週間もそんな大切な物の行方が分からなくなったのに、王家の方々は何をしていたのかしら。
ユリウス様もアリアネちゃんも、何にも言っていなかったのだけれど。
「ユリウスの婚約者で、聖女アリアネの姉であるあなたのことを、疑うのは心苦しく、様子を伺っていたのです。ですが、エリアル嬢があなたの部屋に遊びに行ったときに、美しい宝石が置いてあったと言っていました。まさかと思い、今日あなたの部屋を探らせてもらったら、ラキュラスの涙がクローゼットの奥底から出てきたのです」
レヴィナス様が悲しそうに言った。
レヴィナス様はユリウス様と同じ年。側妃様の息子である。
ユリウス様よりも細身でやや女性的な美貌を、悲しみに陰らせている。
「ラキュラスの涙と共に出てきた、他国とのやりとりのための数通の手紙には、己の罪を聖女アリアネになすりつけると書いてあった。聖女の断罪さえ狙っていたようだが、姉妹でありながらなんと非道なことか」
宰相が、冷酷な口調で言った。
「オリアニス公爵家は、金に困っていたな。他国と通じて、王家の秘宝を売ろうとしていたのだろう。リコリス、残念だが、お前の罪は重い」
国王陛下が苦しそうに続ける。
なんだか知らないけれど、私は罪を犯していて、それを皆に同情されている。
私にはもはや反論の余地はなかった。
それから、あれよあれよという間に飛空艇に乗せられて、流刑になったのである。
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