第11話 私が流刑になった理由
お鍋にあった鬼マタンゴ鍋改め、鬼マタンゴポタージュスープを全て平らげたヴィルヘルムは、満足気に目を細めると、ふかふかのパニエ上でふわふわの体を丸めて小さくなった。
私はお鍋とコップを白竜の剣へと戻した。
お料理に使ったあとで洗っていないので、剣はべとべとになるのかしらと思っていた。
けれど、剣は汚れ一つない剣に戻った。
食器洗い要らず。とても便利。
剣の役目はとりあえず今はもうない。
剣もそれを察してくれたように、ぱっと光ると私の手の中から消えてしまった。
「お前の身のうちに戻った。いつでも好きな時に取り出せる」
自分の手の平を眺めている私に気づいたのか、ヴィルヘルムが教えてくれる。
今までにない以上に満ち足りて穏やかな顔をしたヴィルヘルムは、両手に尖った顎先を乗せて尻尾をぱたりと動かした。
「便利機能満載ですね、白竜の乙女というものは。この衣装も慣れてしまえば、誰も見ていないし良いかな、と思えますし」
「好きなように衣服を変化させることができると言っただろう。それは基本の衣装だ。俺が考えたわけではない。恐らくはそういった仕様になっているのだろう。ラキュラスの齎した祝福とでも言えば良いのか」
「女神様も女性ですから、可愛いものが好きなのかもしれません。好きなようにということは、寝衣などにも変化可能なのですか」
「ということにはなっている。良くは知らない。何せヒトと契約を交わしたこともはじめてだ。女神から役割の説明を受けたのは、百年か、千年か、一万年前ぐらいだから、あまり詳しくは覚えていない」
「ヴィルヘルム……、おじいちゃんなのですね」
「神竜の年齢をヒトの基準で考えるな。それは愚問だ」
ヴィルヘルムはぷいっと顔を背けた。
私は衣装を変えようかなと思ったけれど、とりあえず今日はこのままで良いかと考え直した。
見た目はともかく、着心地はとても良い。
これは例えば寝衣などに変えたとしても、着心地は同じかもしれない。
だとしたら気持ちの問題だろう。
「ところでリコリス。お前は何故、この地へ来た?」
「話していませんでしたっけ」
「お前がこの地をお前の帝国にしようとしていたことは知っている」
「ええ。ルーベンス先生の一番弟子である私が興した新生リコリス帝国は、王国の全キャンパーたちの聖地となることでしょう」
「そうか、良かったな」
そしていつかはルーベンス先生をご招待したいわね。
あなたのリコリスはこんなに立派になりましたと、報告をしたい。初対面だけれど。
「私がなぜ流刑になったか、でしたね」
そういえばヴィルヘルムの質問に答えていなかったことを思い出して、私は丸太の中心が赤く光りながら穏やかに燃え続けている、丸太トーチを見つめた。
柔らかい光が、ヴィルヘルムの白い姿を闇の中で橙色に照らしている。
焚火の明りに照らされたヴィルヘルムの赤い瞳は、いっそう赤く見えた。
「私にもいまいち状況が分からないのですけれど、どうやら私は王家の秘宝を盗んだらしいのです」
「王家の秘宝とは?」
「ラキュラスの涙と言われている、魔力を帯びた宝石です。歴代の聖女が護国のために魔力をそそぎ、王国全土に平和と豊穣を齎すためのもの。王国にとっては、一番大切な秘宝なのです」
「なるほど。歴代の聖女の魔力が込められているのだから、かなり重要な魔具なのだろうな」
「歴代の聖女の汗と涙の結晶といっても過言ではありません」
「そのように表現されると、どうにもあまり触れたくなくなってしまう」
「そんなことはありませんよ、ヴィルヘルム。聖女フェチの方々にとっては、垂涎物の一品ではないのでしょうか。それはともかく、そのような重要な秘宝を盗もうとした罪で、私は捕縛されて流刑となったのです」
私は、そっと目を伏せた。
捕縛された時の情景が、昨日のことのように思い出せる。
実際にはソロキャンに夢中で忘れていたのだけれど、一生懸命思い出したら思い出すことができた。
だって昨日のことだからだ。
◆◆◆◆
ヴァイセンベルク王国の王都フレイア。
私はその一角にあるフレイア王立学園の二年生で、全寮制の学園で学生生活に勤しんでいた。
私の家であるオリアニス公爵家は、王都フレイアに隣接した土地にあるけれど、実際に王都で生活するのはこれがはじめてである。
オリアニス公爵領も栄えているけれど、王都フレイアと比べてしまえばどことなく牧歌的な雰囲気がある。
王都フレイアは、王国の他の土地とはまるで違う。
華やかで無機質で、発展している。
背の高い建物が立ち並び、空中回廊がそこここに設けられている。
一人乗り用の小型浮遊機械が開発されていて、小型浮遊機械と人々が接触事故を起こさないように、人が通る回廊には大抵、守護シールドがはられている。
これは透明な筒状になっているので、雨の日でも濡れずに外を歩くことができる。
電光掲示板が輝き、木製の建物に変わり、耐火に強い鉄骨製の建物も増え始めている。
建築途中の街並みには、見上げるほどに背の高いクレーンや機械が物言わぬ動物のように置かれていて、空にはシャボン玉のような薄い膜が張られている。
これは王都に魔物が侵入しないように、ラキュラスの涙によって結界がはられているからだ。
その中にある王立学園は、周囲の風景と比べると、やや古めかしい木製の古式ゆかしい建物である。
外観は王国の数百年前の、貴族のお屋敷然とした建物だけれど、その内部はかなり機械化が進んでいる。
授業には巨大モニターが使われていて、私たちも課題の提出には小型の文字入力モニターを使用している。
機械技術と魔道技術の融合がはじまってから、王国の発展は著しい。
機械技術に異議を唱える古い考えの方々もいるようだけれど、私としては生活が便利になるのは大歓迎だ。
王立学園二年生の私は、学園生活を恙なく送っていた。
一年生には妹であり聖女であるアリアネちゃんがいて、三年生には婚約者のユリウス様がいる。
ご学友の方々も少なくないし、学業も特に問題はない。
不安があると言えば公爵家に残してきているお父様のことぐらいだけれど、何か問題があれば使用人の方々が連絡をくれることになっているので、大丈夫だろう。
それなので私は、毎日キャンプ雑誌を読みふけったり、ルーベンス先生の番組を追いかけたり、著作を買いあさったり、キャンプグッズを並べてうっとり眺めたりと、キャンプに想いを馳せる日々を送っていた。
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