第8話 神龍の剣サバイバルナイフ


 両手いっぱいの鬼マタンゴから切り取った頭の部分のキノコを抱えて、私は拠点に戻った。

 白くて長いキノコの柄の先端に、薄茶色のつるりとした傘がある。

 一本一本が私の腕ぐらいの大きさで、鬼のように二股に分かれたそのキノコの数は、およそ二十本はあるだろう。

 一本食べただけでもお腹いっぱいになりそうなぐらいに大きい。

 元の大きさのヴィルヘルムなら、一飲みにできそうだけれど、今のヴィルヘルムは小型の犬ぐらいの大きさなので、そんなに沢山は食べることができないように見える。


「さて、鬼マタンゴ三分間クッキングをはじめるとしましょうか」


 私はキノコをまな板代わりの私の顔よりも大きい青々とした硬い葉の上においた。

 砂浜に直置きすると砂が入りそうで嫌だったので、ちゃんとテーブル代わりの大きめの石も岩場から運んできている。

 魔法少女の力ーーもとい、白竜の乙女の力はとっても便利だ。

 なんせ私の体格と同等程度の岩でも軽々と持ち上げられちゃうのだから。

 可愛い服と一緒に怪力を手にした私。これならすぐにログハウスぐらいは作れるかもしれない。

 それはまた、追々の話である。

 リコリス帝国開拓史は今始まったばかりなので、あんまり焦るのはいけない。

 まずはソロキャン。自然と一体化し、大自然を楽しむのがソロキャンの醍醐味。

 海、空、風、私、といったところだ。


「たった三分で料理ができるのか」


 私の隣にお行儀よく座っているヴィルヘルムが、期待に輝く瞳で私を見上げた。


「三分と言ったのは比喩です。そんなに手の込んだものを作るわけではないので、時間はかからないとは思いますが」


「楽しみだ」


「ヴィルヘルムはそんなにお腹が空いているのですか。とりあえず、たくさんあるから鬼マタンゴ一本食べときます?」


 私は神竜の剣で株から切り離した鬼マタンゴを一本、ヴィルヘルムの顔の前にチラつかせてみる。

 ヴィルヘルムは嫌そうに、プイっと横を向いた。

 今のヴィルヘルムは小型犬みたいなものなので、その仕草はとても可愛い。


「要らん。俺はヒトの作った料理が食いたい。あの禿頭の男が作っていた料理は、実に良い匂いがした。食えば良かったと、後悔している。魔物を食べて飢えを満たすのは簡単なことだが、あまりに味気ない。リコリス、お前の料理を楽しみにしている」


「それはそうでしょう、ルーベンス先生の料理はどれほど優れたシェフが作った食事よりも美味しいに決まっています。私も食べたい……、ルーベンス先生をそんなに至近距離で見たなんて、ヴィルヘルムはずるい」


 私はひとまず鬼マタンゴを料理に使用する分だけ株から分けることにした。

 残りは乾かして、乾燥鬼マタンゴにしようと思う。

 乾燥キノコは旨味が増すし長期保存が可能なので、鬼マタンゴもキノコの親戚みたいなものなので大丈夫だろう。

 さくさくと、神竜の剣は簡単に鬼マタンゴを株から切り分けることができた。

 ちなみに生食をしてはいけないと、ルーベンス先生は何度も言っていた。

 これもキノコの類と基本は一緒である。

 キノコの生食は食中毒の元なので、絶対にしてはいけないのよね。

 サバイバルに役立つキノコ図鑑にも書いてあったもの。


「リコリス、言い忘れていたが、神竜の剣は形状変化が可能だ。それでは使いにくいだろう。剣に触れながら、形を変えろと命じれば、剣はお前の呼びかけに答えるぞ」


「そうなんです? 早く言ってくれたらよかったのに。まぁ、この形状でもそんなに不自由はないですけれど」


 ひらひらのメイド服的な衣服に身を包んでいる怪力を手に入れた私なので、もう少しぐらいのことでは驚いたりしない。

 ヴィルヘルムに言われた通りに「剣よ形を変えろ」と命じると、両刃の細身の剣は、見事なサバイバルナイフへと形を変えた。


「まずは剣の扱いになれた方が良いかと思ってな。見事に木を切り倒していたから、問題はなさそうだと判断した」


「刃物を扱うのは初めてですけれど、何度も見ていますのでね。ルーベンス先生は基本的に素手で魔物を捕獲しますが、料理の時はサバイバルナイフを使うのです。あと、薪を手に入れるために斧も使ったりします。ルーベンス先生の巨大バトルアクスによる、大薪断材擊。あれは凄いですよ。数発技を繰り出すだけで、あっという間に森林が伐採されてしまうのですから」


「お前は、ルーベンスとやらのことになると、饒舌だな、リコリス」


「それは勿論そうです。ルーベンス先生のことであれば、語り尽くせないほどに、たくさん話題があります。ところでヴィルヘルム、キノコ鍋を作りたいのですが、鍋がないです。この神竜の剣を二刀流にして、一つは鍋に変化させたりはできないのですか?」


「やってできなくはない。鍋もフライパンも、殺傷能力があるからな。武器と認識できるものになら、変化が可能だ」


「その他に何か私に隠している能力などはありませんか、ヴィルヘルム。今ここで吐いてしまった方が楽になりますよ?」


 私は鬼マタンゴを一口大に切り分けながら、ヴィルヘルムに尋ねた。


「そうだな。神竜の乙女はそれぞれの竜の力を引き出すことができる。赤竜は炎、青竜は水、黒竜は闇、白竜、つまり俺は、光」


「光魔法というのは、基本的に傷の治癒が主です」


「それは精霊魔法だろう。お前たちヒトが使用しているのは、精霊から力を引き出す精霊魔法だ。神竜と精霊では格が違う。羽虫と竜ぐらい違う」


 ヴィルヘルムの説明を聞きながら、とんとんと小気味良い音を立てて小分けにした鬼マタンゴを、私はサバイバルナイフを二刀流にした後に片方を変化させた鍋の中へと放り込んだ。

 ヴィルヘルムがたくさん食べるかもしれないので、鍋は結構大きめにした。

 私の思い描いた通りの深めの取手付きの鍋は、丸太トーチの上にちょうどピッタリおけるぐらいのサイズである。

 キノコを全て入れると、鍋がいっぱいになった。

 煮込むと小さくなるので、いっぱい入れても多分大丈夫だ。


「清らかな水よ」


 鍋に向かって呪文を唱えると、鍋の半分ほどの量の綺麗な水が鍋に溢れてくる。

 炎魔法も水魔法も、基本中の基本程度の誰でも使えるものなので、ソロキャンでの使用は可能、と自分の中で結論付けている。

 ルーベンス先生も、キャンプだからと言って無駄な苦労をしなくて良いと言ってくれているのだし。

 鬼マタンゴと水の入った鍋を、赤々と未だに炎が燃えている丸太トーチの上においた。

 あとは煮立つのを待つだけだ。


「ついでに丸焼きキノコも作りましょうね」


 私は適当な大きさに切った鬼マタンゴを、薪と一緒に拾ってきていた細い枝に刺して、丸太トーチの横にもう一つ普通の焚火を作ると、その周囲に並べた。

 料理が出来上がるのを待ちながら、私は膝を抱えて座り込んだ。




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