18話 クリクリ

 


 その日から、わたしとアンナさんは昼食を作って演習場の近くで食べていた。メンバーはわたしとアンナさん、ドニとドニの友達5人、そして時々レオンとニコルさんが加わる形でそれなりの集まりになっていた。


 その日はレオンもニコルさんもいて、珍しく全員揃っている日だった。地面にシートを敷いてわたしとアンナさんがバスケットを広げる。

 わたしがドニと少しだけ距離を空けて座ると、アンナさんがいそいそとその間に座る。意地悪かな?とも思うけど、なんだかアンナさんのその行動が可愛らしくて辞められない。

 ドニがゴシゴシと目を擦る。心做しか顔色もすぐれない様な……。


「……ドニ、具合悪い?」


「うーん、そういうんじゃないと思うんだけど……夜もすぐ寝れるし」


「まあドニは先生に気に入られてるからなぁ!」


 レオンがケラケラ笑うと周りも吊られて笑い出す。そして口々に「先生ドニに教える時、熱入ってるからなぁ!」等と今日の講義の内容について話し出した。


「ダンテ師匠の推薦だからってだけだよ」


 ドニが困った様にそう言うと、周りから「謙遜するなよ〜」という言葉が飛んでくる。そんな会話が繰り広げられている間も、ニコルさんはじっとこちらを見つめていた。

 その視線に気づいてわたしがヒラヒラと手を振ると、ニコルさんは困った様にしながらも手を振り返してくれる。なんだかこのやり取りも慣れてきた。最初は戸惑ったけれど、今ではニコルさんは無口なだけで可愛いってことが分かった。


 話が進むにつれて、やっぱり最後は特進科の話になる。クリフォード様の事は皆クリクリと呼んでいる。一番面白がっていたのはレオンだった。誰かが「クリクリは〜」とか「クリクリが〜」と口にする度にケラケラと笑い転げていた。


「その時クリクリがね、」


 わたしがそう口にすると、いつもは笑ってくれる皆が、シン……としていた。正面に座っているレオンも、じっと真顔でこちらを見ていた。わたしを、と言うよりは、わたしの頭の辺りを……。なんだか嫌な予感がする。


 横を向くとドニと目が合った。ドニは視線だけで後ろを向く様に伝えてくる。嫌だ。視線を下に移すと、アンナさんがわたしの腕に抱きついて、後ろを振り返ったままポカンと口を開けて顔を真っ青にしていた。もうなんとなく予想は着いた。


 わたしは意を決して、ゆっくりと、振り向いた。


 やはり、というか、案の定、というか、そこにはクリスチアン・クリフォード様がいらっしゃった。それはもう、楽しそうな笑顔を浮かべて居られた。


「……ごきげんよう、クリフォード様」

「あれ?クリクリとは呼んでくれないの?」


 クリクリことクリフォード様は美しい顔を笑顔の形にして、わたしに優しく語り掛けてくる。確かに顔は笑っているし美しいけど、だからといって心まで笑っているとは限らない。ここの返答は間違えられない!


「……ははは」


 わたしは下手くそな苦笑いしか返せなかった。その間も他のみんなはシン、と静まり返ったままだ。アンナさんはわたしの腕を掴んでプルプルと震えていた。


「もう昼休みも終わりだろう?エマを借りてもいいかな?」


 美しく微笑むクリフォード様にわたしは「ふぁ」とも「ひぇ」とも取れない唸り声を上げることしか出来なかった。


 クリフォード様にエスコートされ、皆と別れ校舎の方へ向かう。その間、わたしはずっと俯くことしか出来なかった。笑顔が怖い。何を考えてるのか分からない。本当に喜んでる?本当は怒ってる?それとも呆れてる?不愉快?なんだろう……こわい……。


「クリフォード様、先程はすみません……」


 考えても分からないし、不快だったら謝らなきゃと思ったわたしの頭の上から、クスクスと堪えてる様な笑い声が降り注ぐ。


「もうクリクリとは呼んでくれないの?」


 クリフォード様が余りにも美しく微笑むものだから、思わずドキリと胸が鳴る。「えっと、あの……」と口篭ることしか出来ない。


「愛称、という物を家族以外に呼ばれた事がないから、嬉しかったんだけどな」


「えぁ、はい……すみません……」


 クリフォード様のこの笑顔は本物、だと思うんだけど……美しすぎて直視できない……!緊張して変な唸り声しか出てこない……!


 多分、本当……なんだよね?チラリと見上げると、バッチリと目が合い微笑まれる。


「今日声をかけたのはね、明日クラスの皆で懇親会を兼ねたランチでもどうかな、と思ったんだ。エマは他の皆と昼食を取ってるだろう?許可を取りたくてね」


「懇親会……?」


「そんな堅苦しいものでは無いよ。ただ機会を設けるのは良い事なんじゃないかと思うんだ。どうだろう?」


 クリフォード様はそう言うと、また優しく微笑んだ。


「えと、はい。参加させてください」


「ありがとう、エマ」


 懇親会。確かにわたしは特進科のみんなを避けていた。この世界をゲームだと思いたくない。だけど、この世界は余りにもラブメモに似ていて……。それを考えたくなくて、避けていた。


 自分の気持ちに整理を付けるまで、そう言い訳をして、逃げていた。


 それは、みんなに対して余りにも不誠実だ。


「それと、クリクリじゃなくても、また名前で呼んでもらえると嬉しいな。私も、フレデリクも」


「……はい、クリスチアン様」


 わたしが遠慮がちに頷くと、クリスチアン様は満足気に頷き返しながら「もちろんクリクリでもいいけどね?」と言ってきた。







 






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