17話 これが、恋!?


 ――アンナさんが、ドニに恋をしている。


 そう思うと、突然わたしの手伝いをしたいと言ったのも、もしかしたらドニに昼食を作りたくて……?

 アンナさんの照れたような表情……これは、恋!?


 でも、アンナさんがドニを好きになったのが、ゲームの強制力とかシステム的なものだとしたら、なんだか、悲しい……。ドニには素敵なところが沢山あるのに!



 昼食を食べるために、演習場にあるベンチにわたしとドニで並んで座る。すると、わたしとドニの間にアンナさんがちょこんっと座ってこちらにニコリと微笑む。

 ドニとはいつもの習慣の様なもので隣同士に座ったが、確かに適度な距離を保っていた。そう、小柄なアンナさんが座れるくらいの距離が。でも、まさか、ここに座るとは……。


 やっぱりアンナさんはドニの事が――!


 座れるとは言え、このベンチに3人座ると少し窮屈になる。アンナさんはドニと隣同士になりたかったから、ここに座ったんだ!

 そう思うとなんだか、急に意識してしまう。


 アンナさんとふたりで、ドニに昼食を披露した。ドニはとても喜んでくれて、嬉しくなってまたアンナさんと微笑みあった。


「もしかしてシュガーサンド!?」


「そう。厨房にお砂糖たくさんあったんだよ、凄いよね?」


「すごい!すごい!」


 ドニはシュガーサンドを目にしてキラキラと輝いていた。ドニは甘いものが大好きなのだ。なんだか可愛くてクスリと笑みがこぼれる。アンナさんに視線を移すと、頬は紅潮し瞳を潤ませていて、正しくこれは、恋する乙女の表情――!


 談笑しながら3人で食べていると、不意にドニがくるりと後ろを向いた。


「食べる?」


 何に声を掛けているんだろうとドニが向いている方向を見るが、何も無い。アンナさんを伺い見てもキョトンとしていたので、分からないのはわたしだけでは無いようだ。


「要らないなら全部食べるけど――」


 ドニが言い終わるより早いか、茂みの中からガバッ!と人が出てきた。しかも5人も。よく見たら昨日のドニの友達のようだ。5人は「ください!」と声を揃えて頭を下げた。ドニが「あげてもいい?」と聞くので、アンナさんと揃って「もちろん」と返した。

 わたしたちの正面に周りこんだ5人に、ドニが残りのシュガーサンドをちぎって分けると「うまい!」「甘い!甘い!」「砂糖だ!」「はじめて食べた……」と口々に感想を伝えてくれた。人数も増え、一気に場が賑やかになった。


「明日はもっと作らないとね。アンナさんも協力してくれる?」

「あたしでいいんですか!?も、もちろん!もちろん!!!」


 アンナさんは瞳をキラキラさせて頬を紅潮させながら答えてくれた。やっぱりアンナさんはドニに昼食を作れるのが嬉しいんだ……!


 食後にみんなでお喋りをしているが、やはり話は特進科の事になった。特に入ってはいけない訳では無いのだが、扉に隔たれているので、みんな中の様子が気になるようだった。


「クリスチアン・クリフォード様は授業中どんな様子で――」「クリスチアン・クリフォード様は剣術も達者だって――」「クリスチアン・クリフォード様の普段の様子は――」「フレデリク・フェルナンド様はどんだけ頭いーの?」「クリスチアン・クリフォード様はやっぱり偉そう?」「王子様ってやっぱすげーの?」「女の子!エマちゃんと似てる子居るよね!」「クリスチアン・クリフォード様は女子と話す時どんな感じ――」「歩く時は?」「座る時は?」などなど……ほとんどクリフォード様の事ばかりだったけど……


 その横でずっとドニが「……クリ……クリス……クリ……クリ……」どずっとボソボソ言っていた。眉間に皺を寄せている姿をみて、思わず苦笑いが出てしまう。ドニは人の名前を覚えるのが苦手なのだ。特に貴族は名前が長い上に家名まで付いている。ドニはなかなか覚えられないようだった。


「クリクリ?」


 わたしが揶揄う様にそう呟くと、皆がドッと笑いだした。みんなが口々に「クリクリって!」「王族に対して恐れ知らず!」「不敬!不敬!」と言いながら笑っていた。


 皆で笑って居ると、演習場の方からレオンさんとニコルさんが歩いてきた。ふたりともタオルで汗を拭いていて、どうやら今まで稽古をしていた様だった。レオンさんと目が合うと「あ!この間倒れた奴!」と言いながら駆け寄ってきた。刈り上げられた赤黒い髪が、太陽の光に調和していた。


「よぉ!もう元気になったのか?」


「はい。レオンさんも助けてくれて、ありがとうございました」


「オレの事はレオンでいいって!堅苦しいの苦手だし!」


 レオンはそう言って、トパーズの様な黄色い瞳を細めて微笑んだ。


 レオンはわたしの持っているバスケットに目をやると「もーらい!」と言いながらひょいっとシュガーサンドをひと切れ取り出してパクッと口に入れた。


 それを見てわたしは思わず「あ!」と声が出てしまった。だって、だってそれは!ドニの大好物だから!最後にあげようと思って特別に取っておいた……!


 わたしが吃驚としていると、アンナさんが腕にギュッと抱き着いてきた。


「あ、あたし……何かしちゃいましたか……?ずっと見られてて……」


 アンナさんがプルプルと怯えながら小声で囁いてきた。アンナさんの視線の先を追うと、ニコルさんがじっとこちらを見つめていた。瞬きもせず、じっと……。まさかニコルさん、ここに来た時からずっとアンナさんを見つめて……?


「あ、あの、ニコルさん?どうかしましたか……?」


 わたしが声をかけると、ニコルさんはハッとした後、小さく頭を振った。わたしとアンナさんは次のニコルさんの言葉をドキドキしながら待っていたのだが、ニコルさんは凛とした佇まいで、深々とこちらに丁寧な礼をして、ストレートのポニーテールをなびかせ颯爽と立ち去った。

 思っていた反応ではなかったので、わたしとアンナさんはキョトンとしたまま見つめあってしまった。


「ニコルさん、なんか機嫌よかった?」

「へぇお前たちニコルに気に入られたんだな」


 ドニとレオンの発言が理解できなくてアンナさんの顔を見ると、やはりアンナさんも分からなかったようで、必死に頭を振っていた。わたしは、アンナさんが頭を振るたびにふわふわのポニーテールが揺れて、可愛いな、なんて現実逃避をしていた。

 











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