16話 シュガーサンド
「アンナさん?こんな所でどうしたの……?」
他の科と特進科を隔てる扉の前に居るという事は、特進科に用事があるのだろうが……。
扉の中に入るのに許可は必要ないのだが、やはり扉があるだけで威圧感がある。特に今年は王族であるクリスチアン・クリフォード様が居らっしゃるのだから。
「えっと、今朝、エマさんが、食堂に居たのみてて……あたしも、お手伝い……できればと……」
アンナさんが俯きながらモジモジと言葉を紡ぐ。身動ぎする度にリスのしっぽのようなふわふわのポニーテールが揺れ、小柄な体格も相まって大変庇護欲をそそられる。
「エマさんのお友達ですか?」
わたしがアンナさんに返答しようと思ったら、マリーさんが扉から可愛らしい顔をひょこっと出して、澄みわたるような声を響かせた。アンナさんはやはり人見知りなのか、マリーさんをみて息を飲んでいる様だった。
人見知りではなくても、マリーさんの可愛さを目の当たりにしたら同じ反応をするだろう。
「――えぇそう。昨日知り合ったアンナさん」
マリーさんにアンナさんの事を紹介するのを、少し躊躇った。ラブメモのヒロインとライバルを、わたしが引き合わせていいのだろうか――。
ストーリーがイベントがそもそも今の進行度は好感度管理はどうなってじゃあ重要イベントは――とグルグル考えて頭がボーッとしてきた。
エリザベッタ・エヴァンズは攻略キャラによっては出てこないが、アンナは好感度が上がれば勝手に出てくるんだから今会っても後で会っても同じ……?うーん、うーん……?
わたしたちが扉の前にいることで、どうやら後ろが詰まってしまった。ライバルキャラのアンナがヒロインのマリーと出会うのはいいが、流石に攻略対象と会うのはまずいのでは……?ここで一目惚れをして泥沼化してしまったら大変なのでは……!?
わたしはアンナさんの手を引いて食堂へと駆け出した。
「マリーさんごめんなさい!わたしたち急いでるから!」
マリーさんは可愛らしい笑顔を向けて、こちらに小さくて形のいい手を振ってくれた。後ろからクリフォード様とフェルナンド様が出てくるのが見えて、間一髪、アンナさんの一目惚れは防げたようだ。
攻略間近の所にわざわざライバルキャラを登場させるなんて、マリーさんに恨まれてしまう……危ない危ない……。
アンナさんの手を引いて駆けていると「あ、あの!」と声をかけられた。振り返るとアンナさんは頬を紅潮させながら息を切らしていた。
わたしとアンナさんでは体格が違うので、小柄なアンナさんがわたしに付いてくるのは大変だったようだ。
「ごめんなさい、着いてくるの大変だったよね?」
「い、いえ、そうではなくて……教養科の教室が近いので……」
おずおずと服装を直すアンナさんを見て、わたしもそれに習う。確かに、今のはお行儀が悪かったと反省する。ふたりでなるべく落ち着いて見えるように、教養科の教室の前を通る。
何事もなく食堂まで辿り着き、ふたりで顔を見合わせて安堵感から微笑み合う。
アンナさんは、こんな風に笑うんだ……。わたしの知っているゲームでのアンナは、ずっとこちらに憎悪剥き出しの表情か、攻略対象を見つめる熱に浮かされた虚ろな表情のどちらかだった。
だから、アンナさんはこんな風に笑うのかと思うと、自然と笑みがこぼれた。
厨房に向かい声をかけると、中で働くシェフたちが快く迎えてくれた。
これから作るのは、ハムカツサンドとシュガーサンドだ。下拵えを済ませておいたので、カツを揚げているあいだにシュガーサンドを作る。
シュガーサンドはドニの好物なので、喜んでくれるといいけど……。砂糖は贅沢品なので、村でもなかなか手に入らない。運良く行商の人が持ってきてくれた時は、お母さんがご褒美として時々作ってくれていた。
「カツ、というのですか?あたし、はじめてみました……」
「そうなの?ドニの好物なんだ。でもシュガーサンドの方が好きなんだけどね?」
「あたしも、一度砂糖を食べたら、あの味を忘れられません……」
などと談笑しながら調理を進め、盛りつけをする。完成した満足感からアンナさんと笑いあった。
ドニは体を動かして疲れていると思い、元々多めに準備しておいて良かった。アンナさんを入れて3人分でも、少し多めな昼食かもしれない。
アンナさんとふたりでドニの居る演習場へ向かう。
演習場が近くなると、直ぐドニが呼び掛けてくれて、小走りでこちらに近づいてくる。
「エマ!と、アンナさん……?もしかしてアンナさんも手伝ってくれてたの?」
「……はい」
アンナさんは少し俯きながら照れたように笑っている。
これは、わたしの悪い癖……わかってる……わかってる、けど……。
ゲームでのアンナは、攻略対象に優しく声をかけられて、それが恋だと勘違いをした。
ゲームをプレイしていた時には分からなかったけれど、もし、昨日の食堂での出来事が、アンナが恋をする為のイベントだとしたら……。
もしかして……もしかして……
――アンナさんは、今、ドニの事が
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