15話 ゲームと現実


 なんとか落ち着いたアンナさんと別れ、教室に戻り午後の授業を受ける。

 お腹がいっぱいになってから受ける座学の授業は、まるで睡眠魔法の呪文を聞かされているかのようにウトウトしてしまう。

 何とか気持ちを切り替えて、授業に集中する。


 うつらうつらとしながらも、何とか午後の授業を終えることが出来て無事に寮へと辿り着いた。

 明日はドニの昼食を作るため、朝少し早起きして下準備をしなきゃいけないけど、こんなに眠くて大丈夫かなぁと思いながら、瞬く間にその日は眠りに落ちた。




 朝、前髪を撫でられている様な感覚がして目を覚ます。机のそばにある窓が開けっ放しになっていて、ノートが風に吹かれてパラパラと音を立ててめくれていた。


 慌てて窓を閉めて、ノートに視線を落とす。


 初めてこの部屋に来た時のことを思い出す。自分の事をラブメモの主人公だと思い込んで、このノートはセーブファイルだと思って、喜んでいたあの頃のわたしを。

 嫌な事を思い出して、まるで頭に熱が集まった様にボヤボヤしてくる。


 特進科にはクリスチアン様、フレデリク様が居て、ヒロインのマリーさんが居る。ゲームでは3人だけの教室だったのに、現実ではそこにわたしも加わっている。なんだか不思議な感じがする……。


 今までわたしが出会ったキャラはクリスチアン、フレデリク、レオン、ジルベール、クロヴィス、アンナ、エリザベッタ。

 バルドゥールとリュカは来年入学してくる予定のばす。


 表紙に王立学院の紋章の入ったノートを撫でる。ラブメモには好感度やイベントのアドバイスをくれる、所謂お助けキャラが存在しない。好感度を確かめるにはセーブした時このノートに各キャラ毎の好感度が表示される。


 現実世界ではこの辺りの仕様はどうなってるんだろう?


 本来であれば人間不信のクリスチアンが、まるでその様な素振りなどなく、ゲーム終盤のヒロインのお陰で人と壁を作らなくなった状態のクリスチアンに思える。なのでおそらく、マリーはクリスチアンを攻略している、んだと、思う……しかもものすごい速さで……。


 3年間の学院生活でクリスチアンが心を開くのは終盤なのに、たった数日で攻略できるなんて……有り得るのだろうか……。


 そこまで考えて、わたしはハッとする。




 また、ゲームだと思っている――。


 ここは、現実。わたしはモブ。



 マリーも、クリスチアンも、もちろん他のみんなも、ゲームのキャラクターなんかじゃない。目の前にいる、現実の人間。


 早く切り替えないと……。


 仮に、ドニの事をゲームの中のキャラクターだと言う人が居たら、わたしはその人に嫌悪感を抱くと思う。

 ドニの事を作られた存在だと、誰かに作られた設定だと、そんな風に扱われたら……。


 そこまで考えてハッとする。そうだ!今日ははやく行って昼食の下準備をしなければ!


 わたしは大慌てで支度を済まして学院へと向かった。



 学院に到着して最初に向かったのは、教室ではなく食堂だ。厨房に居るシェフに声をかけて、厨房を借りたい事と食材を分けて貰えないかを聞く。初めは怪訝そうな顔をされたが、特進科の生徒であることを伝えると、快く承諾してくれた。


 レオンルートのイベントでヒロインが差し入れを持っていくシーンがある。その時に特進科の生徒である事を説明したら使わせて貰えていたので、わたしも大丈夫かな?と思ったが、見事に正解だったようだ。


 厨房の中は流石は王立学院なだけはあって、見たことも無いような食材や調理器具で溢れていた。


 お母さんのお手伝い程度の料理技術しかないので、知らないものには手を出さないようにする。

 既に作るものは決まっていて、目的の食材を探して確保しておく。


 下拵えをしていると、もう少しで登校時間になる所だった。わたしは急いで後片付けをして厨房を後にした。



「エマさん!おはようございます!」


 教室に入ると一番にマリーさんから元気よく挨拶をされた。マリーさんは今日もキラキラとした可愛らしい笑顔で、ピンク色の艶やかな髪を揺らしながら近付いてきた。

 その美しいアクアマリンのような水色の瞳に自分の姿が映ると、同性のわたしでもドキリと胸が高鳴る。今日もかわいい……!さすがヒロイン……!


 わたしもマリーさんに挨拶を返すと、クリスチアン、フレデリクと順番に挨拶をされた。


「おはようございます。クリフォード様、フェルナンド様」


 昨日の事があったので、わたしはできる限り恭しく礼をした。頭を上げるとポカン、という顔をしたクリスチアン様とフレデリク様が居た。


「私たちは級友なのだから、そんなに格式張らなくてもいいよ」


 クリスチアン様が微笑んで、それにフレデリク様が頷いた。わたしは「あはは……」と力なく笑うことしか出来なかった。

 平民のわたしからしたら、王族や貴族の方を名前で呼ぶなんて不作法なこと、本当ならしちゃ行けなかったんだよなぁ……。平民と王族がこんな狭い一室に居る事を思うと、それ自体が異常なんだけど……。


 ゲームと現実をちゃんと区別しなきゃとは思ってるけど、どうしてもゲームの事が頭から離れない。今までずっとラブメモの世界なんだと信じて疑ったことなんて無かったから、どうしても切り替えが難しい……。


 午前の授業はなんだかソワソワしたまま過ごすことになった。


 授業が終わり昼休みになると、わたしは一目散に食堂に向かった。特進科と他の科を隔てている扉を開けると、そこにはアンナさんがちょこんと佇んでいた。




 








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