14話 ツンデレ
美人に見つめられると、それだけで迫力がある。何を言われた訳でも無いのに、萎縮してしまう。
それにしても、まるでどこかで見たフランス人形のように整った顔や、髪型、ドレスをまじまじと見つめていると、ちょんちょんと袖を引っ張られた。
ハッとして振り返ると、アンナさんが下からおずおずとした上目遣いで「あまり見つめるのは……」と小さな声で呟いた。
周りを見渡すと、いつの間にかドニは一歩引いて小さく頭を下げているし、他のみんなも先程までの昼食時の喧騒が嘘のようにピシャリと静まっていた。
わたしもなにかした方が良いのかとまごまごしていると、エリザベッタがスッと閉じた扇の先をこちらに向けていた。
「貴女……余りにも不作法ではなくて?」
エリザベッタは扇を開いて口元を隠す。
それを見ていた周りの教養科の女生徒たちが、誇らしげに微笑んでいる。
ラブメモのもうひとりのライバルキャラ、エリザベッタ・エヴァンズ。
ゲームでのエリザベッタは、攻略対象が王族・貴族の場合のみ登場する。平民のヒロインでは攻略対象に相応しくないと言いふたりの仲を邪魔してくる。
公爵令嬢であるエリザベッタは王子であるクリスチアンの婚約者候補筆頭でありながらも、なかなか選ばれないどころか、人間不信のクリスチアンから避けられており、大変苛立っていた。なので、学内イベントで優秀な成績を修めると嫌がらせがエスカレートしていく。
最後はヒロインに怪我を負わせたり、退学させようとした証拠を攻略対象から指摘され退学されられる。そして名誉ある王立学院で問題を起こした貴族令嬢として、貴族としての将来も奪われてしまう。
最初は小さな言葉遣いや所作などの指摘だったが、攻略対象の好感度が上がるにつれ、行動がエスカレートしていく。
「貴女が!貴女みたいな平民風情の女が!!!この栄誉ある王立学院の特進科という輝かしい栄華を貶めたのよ!!!」
それまで嫌がらせをする時も淡々と感情を出すことは無かったのに、エリザベッタが退学させられる事になった際に泣き叫んだセリフは怒気を孕んでいて、とても印象に残っている。
警備兵に連行されながら「あなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたが!!!!」というセリフは最初はボソボソと呟いているのに段々とボリュームアップしていき、最後は絶叫になる。
とても恐ろしいシーンで印象に残っている。
それまでの淡々としたエリザベッタと違い、まるで感情に押し流されそうな激しさがあり、そのキャップに心を動かされた。
目の前のエリザベッタは凛として堂々と佇んでいる。ゲームの時の様なトゲトゲしさや攻撃的な言葉遣いも見受けられない。
またわたしの中の違和感が、グルグルと渦をまく。
「許します。わたくしはエヴァンズ公爵家のエリザベッタ・エヴァンズですわ。貴女の名前を聞いて差し上げます」
「わたしはエマです。エリザベッタ様よろしくおね――」
物思いに耽りながらも、何とか受け答えし「よろしくお願いします」と言おうとしたら、エリザベッタの後ろに並んでいる令嬢たちが「まあ!」と言いながらザワザワと囁き合い始めた。
何が起こったのかと目を白黒させていると、後ろに控えていた令嬢のひとりがズイっと前へ出て、こちらに扇を突き出してきた。
「貴女!平民の分際でありながらエヴァンズ様のお名前を呼ぼうだなんて!なんて恥知らずな!」
その声を聞いて、続々と「これだから平民は……」「品性の欠けらも無い……」「常識すら持ち合わせないとは!」と言葉を浴びせてきた。
しまった……ゲームの時には全然そんなこと意識してなかったし、クリスチアン様もフレデリク様も名前で呼んでも何も言われなかったから、これでいいとばかり思い込んでしまっていた……。
考えの足りない自分に、嫌気がさしてきた……。

「エマさん。貴女はこの事を、どうお思いなの?」
「考えが足りず、反省しています……」
淡々と話しかけてくるエヴァンズ様に応えると、扇で口元を覆いながら、ふぅ……とひとつ息を吐いた。
その溜息の音で気づいたが、あんなに騒いでいた周りがいつの間にかシンッと押し黙っている。なんて適応力……。
「違うわ。そうではないの。貴女の常識知らずな行動で、今この状況に陥っているのよ」
その言葉に、ゆっくりと頷く。
「貴女は栄誉ある王立学院の、誉高い特進科へ、平民で有りながら選ばれた。それも王立学院が始まってから、史上初めて」
エヴァンズ様はスッと扇で食堂の机を指す。
「それなのに、他の生徒の食器を自ら下げるなんて。貴女は給仕なのかしら?なんと愚かな行動でしょう。自分を下げることは、同じ特進科に通われている王族であるクリスチアン様をも貶める行為であると心得なさい。おわかりかしら?」
それを聞いたご令嬢たちが「さすがエヴァンズ様……」「なんと責任感に満ちたお言葉……」「素晴らしいですわ!」と口々に褒め称える。
一方のわたしは、思わずキョトンとしてしまう。
「ご自身の行動には責任が着いて回るのだと、ご自覚なさい」
そう言うとエヴァンズ様はご令嬢たちを引き連れ、優雅に立ち去った。
これは、いわゆる、ツンデレ……?
つまり、教養科の食器を片付けているのを諌めて、あの一言で特進科であるわたしは教養科より上である、と今ここにいる全員に認識させた。
おそらく教養科でカーストトップのエヴァンズ様が、自ら認めた。
そしてわたしに危害を加えると、クリスチアン様に敵意を向けた事と同意であると釘まで刺して。
これはなんてツンデレ……。
ゲームのエリザベッタは決してこんなキャラでは無い。平民と口なんて利きたくない、選民思想が強いタイプだと思ってたのに……。
ふと隣を見ると、アンナさんが俯きながらガクガク震えていた。
「えっアンナさん!?大丈夫!?」
どうしたのかと思い、優しくアンナさんの肩をさする。顔を上げたアンナさんは目に涙をためて、顔を真っ青にしていた。
「それはっ……こっちのセリフ、です……エヴァンズ様に、あのように……いわれてっ……もう、もう……この学院には……」
涙を流しながらしゃくり上げる様にして話すアンナさんは、最後には両手で顔を覆いながら泣き出してしまう。
「うーん……あれは、そういう感じじゃないと思うんだけど……」
「エマ!」
声のした方を見ると、ドニが近付いてきていた。わたしの隣に並ぶと、顔を近づけて少し揶揄うような表情をしながら囁いてきた。
「……仲良くなれそう?」
わたしはその言葉を聞いて、少し考えるような素振りを見せた。
「うーん……時間はかかるかも知れないけど、多分大丈夫」
そう言ってニコッと微笑むとドニも笑顔を返してくれた。
「なっ何を言ってるんですか!?あの様に言われたのに!!!」
アンナさんは心底驚いたように大声を出した。この頃にはもう、先程の静けさが嘘のように昼食時の喧騒が戻ってきていた。なのでこの程度の大声では周囲の注意は引けていない様だった。
「アンナさんの思っているような内容じゃ無かったと思うよ?多分わたしたちの事心配してくれてたんだよ」
わたしがそう言って微笑むと、アンナさんは不可解そうな表情をしていた。
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