13話 小動物
「えっと、エマがいいなら……」
「もちろん!まかせて!」
ドニに明日の昼食はわたしが作るから一緒に食べようと提案して快く承諾してもらった。その嬉しさで思わず前のめりで受け答えしてしまい、恥ずかしくなって居直す。
正直、教室には居ずらい……。目の前にいる人が、クリスチアンが、フレデリクが、そして、マリーが……ゲームの進行度合いや、ゲームのキャラクターと目の前の人物の相違点ばかり気になり何にも集中出来ない……。
ここが、ゲームの世界ではない事は、何となくわかった。わかったが、全部がゲームと違う訳では無い。同じ所はある筈なのに、全く同じでは無い。そしてふとした時に気付かされる、ここはゲームではないという真実。それを受け入るのには、まだ時間がかかりそう……。
今日一日だけで、疲れてしまった。考える事に、疲れてしまった……。
食事が終わったので食器を返却口に返そうとすると、教養科の生徒たちが食事を終えたようで、豪華なドレス姿でゾロゾロと席を立つのが見えた。
教養科は主に貴族社会での教養を高め身につける事が目的なので、制服の着用を義務付けられていない。その場に合った服装をするのも教養だとかなんとか……であれば学院では制服を着るのが道理では?と思ったりもするけれど、やっぱりドレスは可愛いなぁと羨ましくなったりもする。
教養科の生徒たちが立ち去った後で、せっせと食器を片付ける生徒の姿が見えた。
茶色でふわふわのポニーテールを小動物のしっぽの様に揺らしながら、小さな体で一生懸命食器を集めている。そばかすが特徴的なその少女には、見覚えがあった。
ライバルキャラのアンナ。
ゲーム内では攻略対象に優しく声をかけられて「あたしを好きだからだわ!」と勘違いをして、攻略対象と仲のいいヒロインをいじめるキャラクター。
最後はヒロインを殺害しようとして攻略対象に返り討ちに合ってしまう。
いつでもどこにでも邪魔をしに来るのでよく覚えている。攻略対象が「……えっと、誰?」と言っても「貴方はあたしを愛してるのよ!」と言って聞かないアンナはちょっと怖いなぁと思ったのが印象的だ。
ライバルキャラなので一枚絵等のスチルこそ無かったが、立ち絵でどれほど見ただろう。
あれは、ラブメモのアンナだ。
「声、掛けてみる?」
「……えっ?」
わたしがぼうっとラブメモのアンナを見ていると、ドニが覗き込むようにしてこちらに声をかけてきた。
確かに、あれは教養科の食器を片付けさせられている。お互いに同意があったにせよ、あの体の小さいアンナに10人分以上の食器を片付けるなんて重労働に決まっている。
「心配だもんね?」
「うん、そうね」
そう言ってお互い頷き合いアンナの元へ歩み寄った。
「あの、ひとりで大丈夫?手伝いましょうか……?」
「えっ……?」
わたしが声を掛けるとアンナはせかせかと動かしていた小さな体の動きを止めて、瞳をクリクリにさせてこちらを驚いたように見上げていた。
「初めまして、わたしは特進科のエマ」
「オレは騎士科のドニ。よろしくね」
「大変じゃないかな、と思って声をかけたの。突然でびっくりしたよね」
目の前で見るアンナはあまりにも小さくて、細くて、子リス等の小動物を彷彿とさせて、怖がらせないようになるべく優しく見える微笑みを浮かべる。
「あの、あたしは……普通科、の、アンナ、です……」
「アンナさん、よろしくね」
アンナさんは震えるような、消え入りそうな小声で視線をさ迷わせながら不安そうに答えてくれた。
「手伝ってもいい?」
「えっ!?特進科の方に、そのような、えっと……お手をわずらう……その、で、できません!」
わたしが食器に手を伸ばすと、アンナさんは一生懸命言葉を選ぶように悩みながらその手を遮った。
「大丈夫。オレもエマも平民だし、なによりアンナさんの事心配だしね?」
そう言ってドニがこちらに笑いかけるのでそれに応える様に微笑み返す。それを見たアンナさんは渋々といった様子で手伝うのを許してくれた。
アンナさんは最初こそ緊張からか萎縮していた様子だむたが、話していくうちに笑顔が増えていった。少し人見知りなのだろうか?
ゲームプレイ中は初対面の時から敵意むき出しで「あたしだけの王子様よ!」「あの人はあたしの事が好きなんだから邪魔しないで!」という発言や怒り顔の立ち絵が多かった印象だ。
アンナの事は怖いなぁとは思うけど、攻略対象のキャラクターを好きな気持ちは同じだから、なんとなく嫌いにはなれないんだよなぁ……。
それに、今なら少し分かる。新生活で、親元を離れ寮生活で、周りには知らない人ばかりで、目に見える形で生徒間に格差があって、不安で、その中で突然自分に優しく手を差し伸べてくれる人が現れた。これは恋だと、それに依存してしまう、気持ちも。
わたしにはドニが居てくれたけど、アンナさんには、おそらく居ない。不安、だろうなぁ……。
残念だけど、わたしに出来る事はこうやって声をかけること位しかないんだけど……。一時凌ぎかもしれない。それでも、少しでも、アンナさんの不安が紛れればいいなぁと思う。
3人で片付け終えて、満足感からお互いの顔を見合わせ微笑み合った。
すると突然パチン!と鋭い音が響いた。ビクリと肩を震わせて、恐る恐る後ろを振り返る。
そこには燃えるように真っ赤なドレスに身を包み、バターブロンドの様に輝く金色の髪の毛をクルクルとキッチリ巻いて、意志の強そうなツリ目がちの紫色の瞳を鋭く輝かせている、美少女が佇んでいた。
ラブメモのもうひとりのライバルキャラ、エリザベッタ・エヴァンズ。
手には閉じられた扇があり、これが音の正体かと気づく。
エリザベッタは無言のままこちらを鋭く見据えていた。
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