19話 空気に溶ける。


 クリスチアン様とぽつりぽつりと会話をしながら、特進科のある教室へと向かった。


 教室の扉を開けると、マリーさんがこちらに振り返りパッと花が綻ぶ様な笑顔を向けてくれた。あまりの可愛さに思わず見とれてしまう。


「おかえりなさい!」


「たっただいま……」


 マリーさんの「おかえりなさい」が可愛すぎて声を振り絞るように返答をした。新婚さんかっ!キュンっとした……!

 そこでハッとする。今のこれ、完全にクリスチアン様に言っていたのでは!?新婚さんみたいだったし絶対そうだ!失敗した……!


 クスクスと言う笑い声が聞こえ、クリスチアン様の方を向くと口元に指を当てて息を漏らしていた。


「可愛いね?」

「はいっ……!」


 やっぱりクリスチアン様もマリーさんを可愛いって思うよね!そりゃそうだよね!思わず強く同意を伝えてしまった。マリーさんは照れたように頬を染めて俯いている。そんな仕草も可愛い。


「えっと、エマさん、明日の昼食は……」


「はい。ぜひ参加させてください。マリーさん、フレデリク様」


 わたしが名前を呼ぶと、フレデリク様は少し驚いた様な表情をしたあと微笑んでくれた。

 クリスチアン様がスっとわたしの顔を覗き込んで「ね?喜んでいるだろう?」と微笑むと、フレデリク様が咳払いをして「誤解を招く言い方は控えていただきたいですね」と言いながらそっぽを向いてしまった。それを見たクリスチアン様はやれやれ、と言うように肩を竦めていた。



 

 午後の授業は詩文だ。詩を作って読み上げるのだが、どうしても眠くなってしまう……。大変申し訳ないのだが、皆の詩を聞いている時間が特に……。


 クリスチアン様が詩をつらつらと美しい声色で読み上げていく。


 

「美しい空の青が海の色と混じり合い、たおやかな陽射しが降り注ぎ――」


 

 空と海の中間を溶かし込んだ様な、澄んだ水色。柔らかな春の木漏れ日……


「まるでマリーさんみたいだね」


「……えっ?」


 寝ぼけて思わず隣の席のマリーさんに話しかけてしまった。自分のした事にドキリと背筋が冷え、途端に覚醒する。


「わっあ、えと……澄んだ水色と春の陽射しのピンク色のイメージがマリーさんみたいだなって、思って……あの、ごめんなさい……」


 言い訳がましく放った言葉も余計な事だったと今更気づき、気不味くて俯いてしまう。

 すると先生がわざとらしく大きめの咳払いをした。わたしはハッとして「すみませんでしたっ」と言いながら頭を下げた。


 詩を読み上げるのを止め、じっと行く末を見守っていたクリスチアン様がクスクスと笑い出した。


「ごめん、エマが可笑しくて笑ったんじゃないんだ。この詩はね、私の兄上の事を思って書いたんだ」


「まぁ!クラウディオ殿下への詩ですのね!?素晴らしいですわぁ!」


 感嘆の声を上げる先生に頷いて、クリスチアン様は続ける。


「兄上は青色の瞳だからあの表現にしてみたんだけど、確かに詩の内容はちょっと情熱的だったかな?」


 そう言われて、サラサラと流れるようなシルバーグレーの繊細な髪と、優しげに垂れているタンザナイトのような深い青色の瞳が思い出される。


 わたしの知らない、ラブメモには居なかった、クリスチアン・クリフォードの兄。クラウディオ・クリフォード。


 まるで、光の中に溶けだしてしまいそうに繊細で、儚げな人物。



 わたし、あの人から、手に、キスされた――。



 急に思い出してポッと顔が火照る。


 わかってる!挨拶!あいさつなんだよね!?わかってるよ!大丈夫!ただ……ただ、男性への免疫がないから焦ってるだけで!それにすごいイケメンだったし!!!


 ひとりでに照れて、何故か自分の中で言い訳をしてしまう。


「いえ、あの、わたしが勝手に勘違いしたので……すみません」


 なんとか声を絞り出すと、クリスチアン様は微笑みながら「気にしてないよ」と言ってくれた。


 てっきりクリスチアン様からマリーさんへの恋文的な物かと思った……そして口に出してしまった……反省……。


 確かに午後の座学は眠くなるけど、最近は特に気が緩んでいるというか、注意力散漫というか……。考えようとしても頭がぼやぼやしてくる……。朝もそこまで早起きしてるって訳でもないんだけどなぁ。

 昼食を作るために授業中居眠りしてるなんて知ったら、皆きっと責任感じちゃうし、負い目を感じちゃうよね。皆の為にもしっかりしなきゃ!


 その日は気を取り直して、なんとか午後の授業を乗り切った。


 授業中に居眠りをしてても、夜に寝られなくなる、なんてことはなくて、その日も気がつけば眠りに落ちていた。



 その日は珍しく、夢を見た。





 昔、まだわたしが子供の頃に見た夢。




 


 夢の中でわたしは、ラブ☆メモリー 〜剣と魔法と王子様〜のゲームをしていた。




 









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