ドニとエマ11
「平民というのは迷惑をかけてる事もわからないのかしら!」
中庭に怒った女性の声が響いた。声がした方へ駆けていく。近づいていくとエマが煌びやかなドレスに身を包んだ女生徒数人に囲まれているのが見えてきた。
「何してるの?大丈夫?」
オレはエマの背中に向かって声をかける。ピンク色の髪がピクリと反応して、ゆっくりとこちらを向いた。
鮮やかなピンク色の髪の毛と水色の瞳はエマよりも色が薄く感じ、背もエマより少し小さい。
エマではないその少女は、クリクリした瞳を更に驚きに見開いてこちらを見ていた。
その特徴からエマだと信じて疑わなかったので、予想外の事態に硬直してしまう。声を掛けたのはオレなのに、次の言葉が出てこない。
そうしてお互い謎の沈黙のまま見つめ合っていると「まぁ!なんてはしたない……」とドレスを着た女生徒たちがヒソヒソと話だし、軽蔑の表情を浮かべていた。
オレとエマに似た少女が困惑の表情を浮かべていると、ドレスの集団は扇で顔を隠しながらぞろぞろとその場を後にした。
「ごめん、知り合いに似てて……」
「いいえ、わたしも困ってたので助かりました。わたしはマリーといいます」
「ありがとう。オレはドニ」
マリーさんは「ドニさんですね。よろしくお願いします」と言うとふわりと微笑んだ。その顔もなんだかエマに似てるなって思った。
「あの、わたしに似てるって、もしかして特進科のエマさん、ですか……?」
マリーさんが恐る恐るこちらを伺うように見てくる。オレは怖がらせないように、なるべく優しく、笑顔を浮かべて応えた。
「うん。オレの幼なじみなんだ」
「やっぱり!入学式の時チラリと見たんですがわたしも似てるなって思ったんです!幼なじみのドニさんもそう思ったんですね!やっぱり似てますよね!」
マリーさんはこちらにグイッと身を乗り出し、頬を紅潮させ目を潤ませながら早口で喋りきった。オレはその圧に押され、後ろに仰け反ってしまった。
「わたしも特進科なのですが、エマさんに会えなくて残念です……やっぱりまだ体調が悪いのですか?」
「えっ……」
マリーさんが悲しそうにこちらを見上げてきた。どういう事か聞こうと思った瞬間、予鈴のベルが鳴り響いた。オレたちはその音にハッとしてお互いの教室へ戻る為にそれぞれ別れた。
後半の授業はエマの事を考えて殆ど覚えてない。授業が終わると直ぐにオレは医務室へ向かった。医務室の中には先生がひとりいて昨日のエマの事を聞いたら、目覚めた後に教員室へ行き先生方に報告をしたら自分の部屋に戻った筈だと言われた。
女子寮の方へ向かいエマに会えないか聞いたが、やはり男子は立ち入り禁止だと言われてしまった。途方に暮れていると後ろから名前を呼ばれ、振り返ってみればピンク色の長い髪を揺らしながらマリーさんが駆け寄ってきた。
「ドニさん!どうしたんですか?」
「マリーさん、えっと、エマに会いたかったんだけど、やっぱり入れて貰えないみたいで……」
「心配ですよね……よろしければわたしが様子を見てきましょうか?」
マリーさんはまるで自分の事のように心配そうな表情をしながら、提案してくれた。オレはその申し出を快諾した。
マリーさんがエマの部屋まで行ってくれてる間、オレは寮の前で待っていた。ソワソワしていると寮母さんが心配して、沢山話しかけてくれて少し不安が紛れた。
寮母さんと話しているとマリーさんが戻ってきて、何度かノックをしても返事は無いが中に人の気配はする、との事だった。
次の日も、その次の日も、マリーさんや寮母さんに様子を見てきてもらったが、返事は無いみたいだった。
さらに次の日、寮の前へ行くと、寮母さんが許可を取ってくれてエマの部屋に行く事が出来た。鍵を握りしめ、エマの部屋へ向かう。
エマはひとり部屋らしいので周りの迷惑は心配しなくていいと言われた。
部屋の扉をノックする。返事がないのでもう一度ノックして、今度は声もかけてみる。それでも反応がないので、鍵を使って扉を開けた。
部屋に入るとベッドの上に毛布の山が出来ていて、モゾモゾと動いていた。
「エマ……」
ゆっくりと近づきながら名前を呼ぶ。布団の山を優しく撫でながらエマの存在を確かめる。
「もう3日も会ってないから心配だよ。エマ、顔見せてよ」
ゆっくりと布団から顔をのぞかせたエマは、泣き腫らして真っ赤になった目元に、涙の跡がある頬には髪の毛が張り付いていた。
頬に刃物が掠った様な傷が出来ていたので、頬に張り付いた髪の毛を払うついでに傷を魔法で治す。キラキラと光の粒が舞って、王都に来る途中でみた、あの幻想的な月夜を思い出した。
コップの中に水を入れ、その中に薬を溶かした。エマの体調が悪くなったのは、やっぱりグー先生が言っていたように生活環境が変わったからだろうか?
「久しぶり。はい、水。ゆっくりね」
エマはコップを受け取り、水をコクリとひとくち飲むと「ありがとう」と掠れた声で答えた。その時に布団がずり落ちて、腰まであったはずのエマの髪の毛がバッサリと切られているのが分かった。
ベッドの上に長さがバラバラの髪の毛とハサミが乱雑に置かれていた。エマの頬の傷はこれかと思い、ハサミを手に取り机の上に置く。
「少しは落ち着いた?じゃあこっち、座って。オレが整えてあげるからさ」
フラフラと立ち上がろうとするエマの手を引いて、椅子に座ってもらう。
「一番短いところで揃えるね」
椅子に座り俯くエマの髪の毛を切っていく。長さがバラバラになったエマの髪の毛を切りそろえていくと、肩口までの長さになった。
初めて、エマを好きだと自覚した記憶が蘇る。ギリギリと喉が締まる感覚とチクリとする胸の痛み。
エマの頭を撫でる。
光を受けながらハラハラと落ちていく髪の毛と一緒に
オレの恋情も落ちていってくれ、と願う――。
「よし、出来た。久しぶりだから変だったらごめん」
最後に、これで最後に――。
そう思いながらエマの髪を撫でる。ハラハラと落ちていく髪の毛をみて、心の中でサヨナラをする。
「クラスのみんなも心配してるみたいだし、元気になったら登校してきてよ。オレも――」
綺麗だよ。似合ってるよ。可愛いね。その髪型好きだな。心配したよ。顔が見れて嬉しかった。エマにはずっと笑ってて欲しいよ。つらい事も悲しい事からも、オレが護ってあげたい。
そんな全ての言葉を飲み込んだ。
「――安心するし」
ただの幼なじみとして相応しい言葉を選べていただろうか。ちゃんと笑えていただろうか。
エマを諦める事に慣れるのが、怖い。
エマの隣に相応しいのはオレじゃない。
それが、怖い。
オレは逃げるように、後悔を置き去りにするように、その場を後にした。
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