ドニとエマ10
朝の支度を済ませ、学院に向かう。
建物の中を、騎士科の看板がある教室を探しながら進んでいく。しばらく歩くと騎士科と剣の絵が描いてある看板が掲げてある教室を見つけた。
中に入ろうと思ったが扉の前に人だかりができていて入れそうもない。
「おはよう!皆、騎士科の生徒?中に入らないの?」
どうしたのかと思い声をかけながら教室の中の様子を伺う。何人かの生徒が着席しているが、特に教室に変わったところはなさそう。
不思議に思い、中に入ろうとしない皆に視線を移すと、バツが悪そうな表情をしながら口々に「あぁ……」とか「うん……」とか呟いている。自分が気づけない何かがあるのかと不安になりながら、教室の扉をそっと開けてゆっくり中に入る。
教室の中を数歩進んでも特に何も起きることは無く、不思議に思い首を傾げる。その後も何事もなく着席できた。
オレが着席するのを確認したのか、教室の前にいた生徒たちがぞろぞろと入室して席に座った。その内の一人が近くの席に座ったので声を掛けることにした。
「ねぇ、さっきはなんで入ってこなかったの?」
「……教養深いお貴族様はイヤミもお上手なことで」
思ってもみない反応に硬直してしまう。それを聞いた周りもクスクスと笑いだした。
「いや、オレ……貴族とかじゃないよ。えっと、初めまして、ドニです」
こんな辺境のド平民なのに貴族に間違われた事に少し動揺してしまう。どうしようと思って取り敢えず自己紹介をしてしまった。
「ハッ!冗談だろ?」
「本当なんだけど……」
オレがそう言うと、目をぱちくりさせて本当に驚いてるようだった。
「貴族じゃなかったら、どっかの商家のボンボンとか……」
「ううん、オレがいた村だって全員合わせても20人程だし、ちょっとした問屋とか酒場はあるけど周りは森に囲まれてて、時々商人が来るくらい。学院に来て初めてこんなにいっぱい人が居るの見た」
オレの言葉を聞いて眉間の皺を深くする。
「……じゃあ文字、なんで読めたんだよ」
「……えっ?」
予想外の言葉に、思わず相手の顔を凝視してしまう。文字が、読めた、とは、どういう事なんだろう……。
「平民がそんな教育受けられるわけないだろ。他の科の事はしらねーけど、騎士科で平民なら文字知らない奴の方が普通だろ」
それは、思ってもみなかった……。あまりに驚きすぎて言葉を失う。
オレは、自分が知らないだけで、すごく恵まれてたんだ……。
「ごめん、オレ、村に同年代の幼なじみひとりしかいなくて……知らなくて……」
自分の無知さに思わず俯いてしまう。
「えっと、文字もその幼なじみに教えてもらってて……特進科の――」
「えっ!?あのピンクの!?」
「う、うん……」
突然話しかけられて顔を上げると、相手は驚いていたが、納得いった様な表情を浮かべていた。すると突然「ごめん!」と言いながらガバッと頭を下げた。
「勝手に勘違いして難癖付けてごめん!」
その声を合図にする様に、周りからも「オレもごめん」「笑ってすまん」と口々に謝られた。
「オレも田舎から出てきたばっかりで、世間の事とか常識とか全然知らなくて……だからオレもみんなのこと傷つけてたならごめん」
オレが謝ると皆はポカンとしたままこっちを見つめていたので「これでおあいこだね?」と言うとひとりが吹き出して段々と笑いが広がっていった。
「オレはテオ。さっきは本当にごめん」
そう言ってテオは片手を差し出して来たので仲直りの握手をした。
先生が入ってくると場がシン……と静まり返り、学院生活での注意事項や説明等を終え、クラス全員で自己紹介をしながら半日は何事もなく過ぎていった。
クラスには女子も数人いて、騎士と言うくらいだから男しか居ないと勝手に思っていた。その事をテオに話すと「昔王家のお姫様とその護衛騎士が駆け落ちした事があってから女性騎士の需要も高まってるらしい」と教えてくれた。
テオは意外と情報通のようだ。
あの後エマの体調は大丈夫だろうか、クラスに馴染めてるだろうか、と無意識でエマの事を考えてしまう。
「ドニ!食堂行ってみようぜ」
ボーッとしていたら、元気よくテオに話しかけられた。初めこそテオとは険悪な雰囲気になったが、誤解が解けてからはとても親しくしてくれている。先程謝ってくれたベン、エッボ、ディル、ヤン、そしてテオとオレの6人で連れ立って食堂に行く事になった。
オレたちは食堂の豪華絢爛さと人の多さに驚いて、ポカンと口を開けながら辺りを見回していた。
そして値段の高さにも驚いた。
特別な日に家族と行く外食、くらいの値段だ……。
皆も値段には驚いていたようで「金銭感覚は皆と同じみたいで良かった」とオレが言うと笑ってくれた。
ちょうど騎士科の先輩に声をかけてもらって、売店の方なら安いパンが売ってると教えてもらった。食堂は諦めて売店の方へ向かおうとしたら、制服ではなくドレスや礼服のような豪華な衣装を身につけてる集団とすれ違った。
「自分の程度を知れるとは、今年の新入生は見込みがある」
「身の程を弁えてらっしゃるのね」
すれ違いざまにクスクスと言う笑い声と共に、そんな言葉が聞こえた。これがテオの言ってた“お貴族様のイヤミ”ってやつなんだろうか……オレたちはこの食堂に相応しくないって事だよな……
エマもあんな言葉を掛けられたりするんだろうか……
「あんなの気にすんなよ!な!」
考え込んでるオレを心配したのかテオが話しかけてきてくれた。
「エマは大丈夫かなって……きっと今みたいなの、知らないでここに来ると思うし……」
「特進科の幼なじみ?大丈夫だって!特進科は無料だから配給口から違うし、なんなら専用のラウンジまで使えるんだから心配いらねーよ!」
そう言ってテオはオレを元気づけるように背中をバシバシ叩いてきた。その後は売店でパンを買って食べ終わるまでの間ずっとエマの事について皆から質問攻めにされた。
エマを諦めるって決めたのに、こんなにエマの事を聞かれて複雑な気分だったけど、やっぱり平民で特進科になった事で皆も興味があるみたいだった。
話もひと段落ついて、皆で教室まで戻る事になった。真っ白で方向感覚を失いそうになる廊下を歩いていると、廊下の端の方にふわふわとしたピンク色の髪の毛が風になびいているのが見えた。
「――エマ」
オレは無意識でその名前を口にしていた。
それを聞いた皆がドシドシとこちらに押し寄せてきた。「ピンクの?ピンクの???」と皆が先程まで話していたエマを見つけようとキョロキョロと探している様だった。
不意にドンッと背中を押された。
「まだ昼休みの時間あるし行ってこいよ」
テオがニッと笑うと皆も口々に「後で話し聞かせろよー!」「授業には遅れんなよー!」と声をかけてくれた。その声を背に先程エマが見えた方に向かって小走りで近づいていく。
大丈夫。見かけて、声をかけるくらい、普通の幼なじみだってする。大丈夫。と自分に言い訳をしながら廊下を進む。
廊下は中庭へ繋がっていたみたいで、校舎の影が落ちた暗がりに、ピンク色を見かけて声をかけようとした。
「平民というのは迷惑をかけてる事もわからないのかしら!」
女性の怒ったような声が、響き渡った。
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