ドニとエマ9


 入学式当日になってしまった。

 エマの事を諦めるなんて、出来るのだろうか……もう何年もずっと大好きで、人生の一部みたいなもので、だから諦められなかったのに……。

 自分で決めたことだけど、よりによって同じ学院で生活していく……自分で決めたことだけど……。

 エマの恋の行方を友達として、見ていくのか……。


 どんよりとした気持ちのまま、入学式の行われる講堂の扉をゆっくり開けると、中には既に大勢の人がいた。村中の人を集めてもこんなに多くはならないと思って、中に踏み込むのを躊躇ってしまう。


 その集団の前の方に、ふわふわとしたピンク色の髪の毛が見えた。エマだ。


 諦めると決めたってそんなに直ぐには出来ないんだな、と無意識でエマを探している自分に嘆息をもらす。


 エマの近くには、驚く程に美形の男子たちがわらわらいた。あまりにも整いすぎた容姿に彫刻か絵画ではと思うほどだ。


 それよりも驚いたのが、その集団にエマが馴染んでいた事だ。まるで、そこが定位置であるかのように。


 オレなどがあの集団の隣に並べば粗が目立ち容姿の差が歴然で浮いてしまう様なものだ。



 けど、エマはその集団に引けを取らないほど、輝いて見えた。


 


 何かがオレの中で、ストン、と落ちたような気がした。




 何故か納得してしまったのだ。




 講堂に入ってくる人がだんだん少なっくなってきた時、集団の前の方がザワザワと騒ぎ出した。

 先頭に並んでいるエマのピンク色の頭が、急にフラフラとし始めた。エマの頭が急にグラリ、と傾いたかと思うと、ドサッという音と遅れて何人かの悲鳴が響き渡った。


 何故、今になって……?最近は全然倒れることなんてなかったのに……。

 オレは動揺しながらもポケットに手を入れる。カサリという感覚があり、薬を持ってきていた事にひとまず安堵する。

 まだ喧騒の収まらない生徒たちに向かい、大人の人達が何か言っているが、依然としてザワザワと動揺が拡がっていく。


 先頭にいた輝く様な金髪をした男子生徒が一言、凛としていて静かなのに響き渡る声で場を制した。


 美形は声まで美しいのかと驚いた。オレも、周りのみんなも、身動きひとつ取れなくなった。


 そうしている内に、赤髪で体格のいい男子生徒がエマを抱きかかえて講堂を出ていこうとしているのが見えた。オレはその後を追いかけようとしたが、列に戻るようにと言われたので、倒れた生徒の幼なじみである事と薬を持っている事を説明してなんとか通して貰えた。


 講堂を出ると真っ白な長い廻廊がある。医務室の場所を聞いていたが、どこを見ても真っ白で、方向感覚が狂いそうだった。道を確認しながら小走りで医務室の場所を探す。


 しばらく歩いていくと、医務室と書かれた看板がある部屋が見えてきた。オレは控えめに扉をノックして、ゆっくりと扉を開き、そっと顔をのぞき込ませた。


 真っ白な壁、真っ白な天井、真っ白なカーテン。窓の外からの光が眩しいほど部屋中に反射していた。


 ベッドにはエマが横たわっていて、金、赤、緑……となんともカラフルな色が取り囲んでいた。三人とも目がチカチカする程の美形で、この部屋の中の光にも負けないくらい輝いていた。


「君は……?」


 サラサラな輝く金髪を持つ人が柔らかで優しく話しかけてくれた。


「オレ、エマの幼なじみで……えっと、薬、持ってきました……」


 整いすぎた容姿を直視出来なくて、視線を落としてしまう。初対面なのに、失礼だったかな……。


 でも、この人たちの誰かが、エマの“運命の人”なのだろうか……。


 雰囲気から容姿から異次元なのに、エマと並ぶとお似合いだな、と思ってしまう――。


 住んでいる世界が違うとはこの事か……。


 きっと、距離が近すぎて気づけなかっただけで、エマも、元々住む世界が違ったのかもしれない……。


 オレは耐えきれなくなって、薬を渡し短く挨拶を済ますと部屋を出て、来た道を戻って、講堂の中に入った。


 講堂の中はまだザワザワとしていたが、しばらくすると式の始まりの声が掛かり、一瞬でシン……と静まり返った。


 理事長や教職員の先生方の挨拶や、国王陛下からの祝辞等が読み上げられた。

 そして入試試験で優秀な成績を修めた生徒の挨拶が行われることになった。


 先程医務室に居た三人と黒髪の人がひとり。順番に挨拶して行ったけど、皆名前が長い……。騎士科代表の赤髪の人はレオンというのは覚えた。同じ騎士科だし、名前が短くてありがたい。他の人たちは名前が長すぎてビックリするほど覚えられなかった。

 貴族の人たちは名前とは別に家名も名乗ってるから名前が長いんだと最近知った。昔は全部が名前だと思ってたからグー先生は随分長い名前だなと思っていた。


 式が終わって真っ先に医務室に向かった。エマはまだ眠っていたが、容体は悪くなさそうだ。医務室の先生に挨拶をして部屋を出ると、先程挨拶していた三人と出くわす。


「君は幼なじみの……」

「ドニです。えっと、代表の挨拶、お疲れ様です……」

「ありがとう」


 金髪のクリ……クリ……なんとか様が優しげに微笑む。挨拶の時に知ったのだが、この国の第二王子様らしい……不敬、とかになったりしないかドキドキしてしまう。

 オレはペコリと頭を下げると逃げるようにその場を後にした。


 やっぱり美形があれだけ集まってると目がチカチカしてくる……。


 その日は真っ直ぐ寮に帰った。


 明日から新生活が始まるのかと思うと気分がどんよりと沈み、そのまま眠りについた。

 

 

 









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