ドニとエマ8


 


 告白の助走を付けるために、先ずは雰囲気作りから始める事にした。ここから告白に繋げても、不自然じゃないような……

 と言っても、オレたちの経験したことと言えば、村の中の出来事だけど……。


 昔話ばっかりで我ながらジジくさいな、と思う……。


「……オレ、子供の時の話ばっかりしてるよね」


「ふふっでもそのおかげで可愛かった頃のドニの事、よく思い出せるよ」



 可愛い、かぁ……


 エマの家に預けられたばかりのオレは、お世辞にも良い子、とは言えなかった。

 自分は母親を殺して産まれてきたという事実と、幸せそうなエマの家族を妬んでいた。


 親父も兄貴も母さんを殺して産まれてきたオレの事嫌いなんだ。だからオレだけ置いてくんだ。


 親父が兄貴だけを連れて、オレのことはエマの家に預けて出かけていく。その光景を見て、いつもそんなことを思っていた。エマの家では、子供のオレでも分かるくらい、エマは両親に愛されていた。


 それを目の前で見せつけられていることが、たまらなく悔しかった。


 オレと違って、家族に愛されているエマが羨ましい。


 オレは、家族に嫌われてるから――




「そんなことない。ダニーさんもデニスお兄ちゃんもドニの事大好きだよ。」


 なんでそんなことエマにわかるんだよ!


「わかるよ。だってふたりともわたしがドニのことお話するとすごく嬉しそうだもん」


 だって……オレは母さんを……


「ドニのお母さんはドニのこと、護ってくれたんだよ。」


 そんなの……そんなこと……


「大好きなドニに会わせてくれてありがとう」


 そう言ってエマは小さな腕で抱きしめてくれた。



 それまでのオレは、愛されているエマが羨ましくて、妬ましくて、すぐに大きな声を出したり、ひどい事も言ったりした。


 それなのにエマは、いつもオレに笑顔で、優しく声をかけてくれて、抱きしめてくれた。



 エマは、一度もオレに“可哀想に”とは言わなかった。




 親父が迎えに来てくれた帰り道「エマが親父はオレのこと大好きって言ってたけど、ほんとう?」と恐る恐る聞いてみると


「ドニ、オレはな、お前の母さんに何度も言われていたんだ。言葉にしないとわからない、と」


「う、うん……」


「オレはドニを愛している。不安にさせたな、すまない」


 そう言って親父は、オレの事を潰れるくらい強く抱きしめてくれた。

 本当は聞くのが怖かった。そうじゃなかったらどうしようって……でも、エマの言った通りだった。それが嬉しくて、わんわん泣いてしまった。





 オレの人生にはいつもエマがいた。


 そして、これからもそうであってほしい。


 エマのいない人生なんて考えられなかった。



 それなのに、目の前のエマはいつもどこか上の空で、そわそわしてて、オレを見てくれていないことが、言葉が伝わっていないことが、たまらなく寂しかった――。





 手のひらを見つめる。昔とは違いゴツゴツしてて、豆が潰れ皮膚が厚くなって、お世辞にも綺麗とは言えない手のひらだ。


 昔の可愛くなかったオレも、この手のひらも、エマのおかげで変われたものた。


 だから、エマに聞いてほしい。


「オレさ、村で生まれてそこで育って、親父の仕事手伝ってそのまま自警団にはいって、そんで、普通に結婚して?そんな人生送るんだなぁって何となくずっと思ってたんだけどさ」


 エマに、伝わって欲しくて、オレは自分の手のひらから視線を外し、エマの瞳を真っ直ぐ見る。


「エマが王立学院に通うって言ってからオレの人生も変わったんじゃないかなって思うよ」


 あの日から、全て変わった――。


 言わなきゃいけない。エマに、オレの気持ちを……。


 そう思うたび「ありがとう、でもごめんね」というエマの言葉が頭を駆け巡る。


 何度も繰り返してきた会話。




 好きだと伝える度、オレのことなんか見えてないみたいに、ありがとうとごめんねを機械的に返答される。


 それが、怖くて、あと一歩が、出てこない……。



「エマは、やっぱりまだ……学院で運命的な出会い、を、するん、だよね」

「うん。わたしはそのために頑張って特進科に入ったの」



 歯切れの悪いオレとは違って、エマは端的に、まるで決められたセリフのようにハッキリと返答する。


 あぁ、まただ……。


 また、だめだった……。



「……そっか」



 もう、これが最後だ……。


 オレはただの友達、ただの幼なじみ。



 だから、エマに頑張ってねって、応援してるよって




 言ってあげなきゃいけないのに――。





 あぁ、もう明日には、王立学院に着く――。





「まだ夜も冷えるしもう戻ろっか」


 やっぱりオレは勇気が出なくて、そんな言葉を静かに呟くことしか出来なかった。



 もう、エマを諦めなきゃいけない……。



 自分で決めたことなのに、たまらなく悲しくて……



 でも、これからエマがずっと夢見てきた王立学院での生活が始まる。きっとその中に、オレは居ないのだろう。



 せめて幼なじみとして、エマと関わってもいいんじゃないかと、姑息な自分が囁いてくる。






 翌朝また用意された馬車に乗り込み王立学院に向けて走り出す。


 きっとこれが、エマとの最後の時間だ。


 昨日のことを引きずらないように、エマと気まずくならないように、話題をコロコロ変えていく。


 普通の幼なじみとして、普通の友達として、オレはちゃんと出来てるんだろうか……。




 しばらく大通りを抜けていくと王立学院の正門が見えてきて門の前に降ろされる。エマとふたりで正門の前に立つと、真っ直ぐ伸びた道の先には白亜の宮殿が見えてくる。

 エマは瞳をキラキラさせながらそれを眺めていた。



 ちゃんと、幼なじみとして、ケジメをつけるために、言わなきゃ……。


「……もしエマに好きな人が出来たらさ、オレが力になるから相談してよ」

「ありがとうドニ。きっと相談するね」


 自分で思っていたよりも、随分女々しい言い方になってしまった……。でもやっぱり、エマの“運命の人”ってのがどんな人なのか、気になる……。


 エマはこちらを振り返る事なんかなく、真っ直ぐと桜色に染る道を歩いていく。


 オレはその後ろ姿を、ただ、ずっと眺めていた――。




 








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