ドニとエマ7


 

 宿屋に着きエマと分かれた後、オレは馬車が気になって外に出ていた。

 馬車の近くにはまだ御者のふたりが居た。


「よぉ少年!お前騎士科に入るんだってぇ〜?」

「おい……」

「これくらい大丈夫だって」


 オレに気がついて親しげに話しかけてきた御者の一人をもうひとりの御者が咎める。ふたりは短く話し合った後こちらに近づいてきた。


「あの……馬車に防御魔法が沢山掛かってたから、気になって……」


「へぇお前、そんなことまで分かるのか?魔術士じゃなくて騎士志望だろ?」


 御者がグッと距離を縮めてくる。


「なんとなくなら……」

「王都じゃ要人警護でこれくらい普通だ。もういいだろう」


 もうひとりの御者がグイッと肩を引っ張る。


「いてて〜引っ張んなよグルー」

「アバンお前喋りすぎだ。誰が責任取ると思ってるんだ」


 御者の人達は生真面目そうな方がグルーさん、気さくな方がアバンさんと言うらしい。


「だぁいじょーぶだって!なぁ少年!荷物に木剣入ってただろ?手合わせしようぜ!」


「はぁ……オレはもう知らんぞ」


 グルーさんは呆れたように片手で頭を抱えて背を向けた。アバンさんは馬車に積んである荷物から木剣を二本取り出し、一本をこちらに投げてきたのでキャッチする。


「さぁ、打ち込んでこい少年」


 アバンさんの声を合図にオレは真っ直ぐ木剣を振り下ろす。カァン!と木剣同士が音を立ててぶつかり合う。


「おっいいねぇ!どんどんこい!」


 オレは力いっぱい縦に横にと打ち込むが全てアバンさんに涼し気に受け止められる。そうして何回か続けていると、カァァアン!!!とひときは大きな音を立てて、オレの木剣は吹き飛ばされていた。


 まったく見えなかった……。何が起きたのか、理解するのに時間がかかり、その場で立ち竦んでしまった。


「……王都では、御者でもこんなに強いんですね」


 オレが落胆しながらそう呟くと、アバンさんはあーともうーとも判別つかないような曖昧な唸り声を上げた。


「グルー……」

「オレは知らん」

「そう言わずさぁ〜……」


 情けない声を上げるアバンさんを見てグルーさんは「はぁ……」とあからさまなため息をついて、拳でコンコンっと馬車を叩いた。


「こんな防御魔法が掛けられた馬車に乗ってたって、御者が普通の人間だったら意味ないだろ。だからオレたちみたいな、剣が多少使える人間が選ばれたんだ。……これでいいか?」


「えっと……はい」


 グルーさんが淡々と答える。先程言っていた“要人警護”のための人選って事なんだろうか……。


 剣が“多少”使える人間……

 王都では、御者でもこんなに強いのか……。


 馬車の中でのエマとの会話といい、今回の事といい、落ち込んでしまう……。


「けっこーデカい音出したのに、お姫様は窓から顔も出したりしないのな」


 アバンさんはさっきまでオロオロしていたのが嘘のようにケロッとして、オレに寄りかかってきた。


 お姫様……エマの居るであろう部屋の窓に目を向ける。



 夕暮れの中ふたりと別れて、オレはすっかり日課になっている素振りをしていた。集中していたらしく、日が落ちていて驚いた。

 これで切り上げよう、と思っていたら不意に背後に気配を感じて振り返る。


「わっエマ!?びっくりした〜!」

「わたしもびっくりした……」


 オレが突然大きな声を出したからか、エマの体がビクリと震え、大きな瞳を更にクリクリとさせて、そんな表情も可愛いなと思ってしまう。


「邪魔しちゃったかな?ごめんね」

「ただ身体動かしたいなーって思ってただけだから大丈夫」


 遠慮がちにエマが声をかける。オレは汗くさくないか心配になり、乱暴にタオルで汗を拭き取る。

 って!こんなこと気にしてる場合じゃない!いや、気にする事は大事だけどそういう事じゃなくて!エマと話すチャンス!!!


「エマは寒くない?少し話ししたいな」

「わたしもドニともう少しお話ししたいと思って降りてきちゃった」


 エマは丁寧な言葉で、可愛らしく微笑んだ。


 オレがベンチに腰掛けると、エマも隣に座ってくれた。

 エマと並んで座る。ただ、これだけの事なのに、オレにはそれすらも嬉しく感じる。



 今、今言わないと……もう、明日には王立学院に着く……。


 それまでに、オレは、ちゃんとエマに、オレの言葉を届けたい……。


 エマに、ちゃんと伝えたい――。



 オレのワガママで、ただの悪足掻きなのかもしれないけど、今のエマには、ちゃんと伝わってるって思えなくて――。



 家から漏れる柔らかな淡い光と、頭上から注がれる月の光が二人を照らす。



 








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