ドニとエマ6


 

「オレ、エマの事が好きだ。オレがエマの事を特別に想ってるってエマにも知っててほしくて……」


「ありがとうドニ。でもごめんね、わたしにはドニの気持ちに応えられない」



 エマと剣の練習をしたいつもの帰り、オレの告白は見事に空振りに終わった。


 エマに断られたのは悲しかった。


「わたしには王立学院で運命の人が待ってるの。だから、ごめんね」


 でもそれより悲しいのは、オレの言葉がエマに届いていないって事だ。

 ずっと感じていた違和感。“可愛い顔で笑う”様になって、まるで“誰かの真似”してるみたいな仕草で言葉遣いで、そうなってからのエマは、オレの事なんて見えてないみたいだった。

 目も合うし会話もしてくれてるけど、それが全部、エマには届いてなかったんだ――。


 エマが今見てるのは、未来の、王立学院行った後の事ばかり……



 それでも、そんな事でエマの事を諦められるわけなくて、でもエマの事は尊重したい思いもあって――。




 オレは、王立学院に入学するまでにエマがオレの事を見てくれなければ諦めると決めた――。





「ドニ、夕飯作りすぎちゃったから、これ皆で食べて」


「ありがとうイジーオバサン」


 エマを家に送り届けるとエマの母親に呼び止められた。


「ドニはもう母ちゃんって呼んでくれないのね」


 そう言って少し悲しそうに微笑んだ。


「……いつか、家族になったら……その時また母ちゃんって呼ぶから……」


「あら……じゃあそれまでオバサンで我慢するわね」


 自分で宣言しておいて、とても恥ずかしくなり俯いてしまった。それを見たイジーオバサンは「ふふふ」と上品に笑っていた。


 本当に、そんな日が来たらいいな――。






 そうして時はすぎ、オレもエマも16歳になった。

 王立学院への入学試験を受け、入学許可証が届いた。明日になれば王都から迎えの馬車が来るらしい。


 オレは騎士科、エマはなんと特進科に選ばれた。王立学院の特進科に平民で選ばれた者は今まで居らず、村中がお祭り騒ぎになった。エマの両親はずっと泣いてた。

 エマは特進科に選ばれるほど優秀で頭も良いのだが、なんというか……まだふわふわした所があって、村の皆からエマの事をちゃんと護ってやれ!と頼まれた。


 日も落ちかけて村の騒ぎも落ち着いた頃、グー先生が突然やって来た。


 昔は気にならなかったけど、グー先生はいつも突然村にやってくる。馬車もなにも使わず、手ぶらで。村の入口に突然現れ、帰る時は突然姿を消す。

 何かの魔法?と聞いたら「ないしょ」と言って、いつもの疲れたような笑顔を見せた。


 グー先生はエマの診察を終えると、エマに今後は寮生活になるので体調管理の注意事項や薬の飲み方を説明していた。だがエマはどこか上の空で、そわそわしてて、あまり説明をちゃんと聞いているようには見えなかった。

 説明が終わるとグー先生はオレとエマにお揃いのペンダントをくれた。深い水色の魔石が先端に付いていて、ゆらゆらとうねる色を見つめながらエマの瞳のようだと思った。

 グー先生がくれた魔石は何かあった時にお互いの位置が簡易的に分かるようになる物らしい。魔力を流すとお互いの位置が近いほど光が強く発光するみたいだ。もしエマが倒れてしまってもこれで探して、薬を飲ませてあげるのがオレの役目だとグー先生にこっそり言われた。

 エマが倒れることはほとんどなくなったけど、新生活で慣れないことが多くなるだろうから念の為。




 とうとうオレは、エマに見てもらう、という願いが叶わないまま、王立学院へ旅立つ日になってしまった。


 たくさん努力はしてきたつもりだ。だけど、届かなかった。


 エマと一緒にいたくて目指した王立学院。エマの事を諦められず、入学を決めてしまった。


 きっと今日こそは……きっと今度こそは……きっと今回こそは……


 きっときっときっときっと………………


 そんな未来は訪れず、王立学院からの迎えの馬車がもうすぐ到着する。


 もう無理だと、意味なんてないと、そう思うのに――。



 オレは、まだ王立学院には着いていない、入学式は始まっていない、と、エマを諦めないよう言い訳ばかり考える。




 王都からの迎えの馬車が到着して、重い足取りのまま村の入口へ向かう。

 馬車には盗賊避けや魔物避け等の防御魔法が三重、四重にも掛けられているようで驚いてしまう。御者台に二人の男の人が乗っているが、腰に佩いている剣は高価そうで、精悍な剣士を彷彿とさせる。

 王国にとって王立学院の特進科に選ばれた平民のエマはそれほど大切な存在になるのかと驚いた。皆と簡単な挨拶を済ませて、防御魔法が厳重に掛けられた馬車へ乗り込む。

 エマの向かいの座席に座ると、まだチャンスはあると自分に言い聞かせる。



「ドニと一緒の学院に通えてお父さんもお母さんも安心してると思うわ」

「ん?ゴメンなんて言ったんだ?」


 そう言っていオレは、揺れる馬車の中を転ばないように気をつけながらエマの居る座席の方へ腰を下ろした。

 今のは上手くいった!と思う!自然な感じで隣に座れたのではないだろうか!?


「ドニが一緒でお父さんもお母さんも安心してるって言ったの」


 そう言うエマの顔が想像していたよりも近くて、思わず照れて顔が赤くなってしまう。自分でしておいて照れるなんて、そう思うと余計に恥ずかしくなってきた。


「エマだけじゃなくてオレの事みても泣き出すんだからさ、オバサンはほんと昔から涙脆いんだよなぁ」


「お母さん、ドニからまた母ちゃんって呼ばれたがってたよ」


 照れ隠しで咄嗟に言った言葉だったがまさかここに繋がるとは……



「……いつか、家族になったら……その時また母ちゃんって呼ぶから……」


「あら……じゃあそれまでオバサンで我慢するわね」



 以前エマの母親とそんな会話をした事が思い出され、そして今の状況を考え、恥ずかしくなる。また母ちゃんって呼べる時が来るのだろうかと悲観してしまい、顔を逸らす。



「あーえっとー、王都って言えばダンテ師匠は元気かな?」


 オレにはもう時間がないんだから、こんな事で一々悲観してられない。そう思い無理やり話題を変えた。

 コロコロと可愛らしく笑うエマを見ながら会話をしていると、突然エマの瞳が曇る。伏せられた長いまつ毛が、深い水色の瞳に影を落としている。少し悲しげな表情だけど、それも素敵だな、なんて思ってしまう。


「エマ、またなんか難しいこと考えてる?」


 オレがそう話しかけると、エマがこちらに視線を向けて、その美しい瞳に俺の姿が映る。


「オレはエマが笑ってるの、その……可愛いと思う」


 失敗した……目が合った動揺で吃ってしまった……失敗した……。


「ありがとうドニ」


 ですよね……。

 エマはいつものように“満足そう”に微笑む。




 オレのエマへの想いは、溢れて、零れて、そしていつものように流される。


 オレの想いは、受け止めてもらえないまま、どこに流れていくのだろう――。




 会話が途切れたところで丁度よく馬車がガタンッと大きな音を立てて停車する。

 どうやら王都との中間地点にある今日の宿屋に到着したようだ。


 オレは挫けそうになりながらも、やっぱり諦められる訳なくて、また気合を入れ直す。



 ちゃんとエマに伝えたいから。伝わって欲しいから。









 


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