ドニとエマ/ドニ視点
「わたしね!大きくなったら“ おうりつがくいん”にいくのよ!」
その時の言葉があまりにも衝撃的で、11年経った今でも一言一句、その声色までも、鮮明に覚えている――
母親はオレを産んだ時に亡くなり、エマの両親にお世話になっていた。
なのでエマとはまるで兄妹のように育ってきた。
家の手伝いをしたり、遊んだり、森の方へ探検に行ってふたりで怒られたり……
何をするにもずっとふたりで一緒だった。
伸びてきた髪はいつもエマの母親に切ってもらっていたのだが、今日はお互いに切ってみよう!という事になって、エマは器用にオレの髪の毛を切ってくれていたのだが、オレにはエマの髪の毛を切るのがとても難しくて……
試行錯誤している内に想像していたよりもだいぶ短くなってしまった……
オレは自分の失敗を誤魔化すように可愛い!似合ってる!キレイ!と褒めまくった。
するとエマは両手で髪を触り、恥ずかしそうに目を潤ませて頬を染める。
「ドニがそう言うなら、ずっとこの髪の毛にする……」
小さくそう呟いたエマの
光を受けながらハラハラと落ちていく髪の毛と一緒に
オレも恋に落ちていくのがわかった――
またエマの照れた様な笑顔が見たくて、それからは素直に可愛いとか似合ってると頻繁に伝えてたと思う。
オレのエマを見る熱の籠った視線に気づいた村の皆には、からかわれたりもしたけど、何故かそれもくすぐったい感じがして、嫌ではなかった。
エマはいつも笑顔で、元気いっぱいで、困ってる人を見つけるのが上手だった。まだ小さかったオレたちに問題解決能力はなかったけど、そんなエマに助けられた人たちも沢山いた。
エマが笑顔で「大丈夫だよ」って手を握るとその笑顔につられてニッコリ笑ってしまう。
だからエマは皆の人気者で、愛されてて、いつも笑顔でいて欲しいって皆が思ってた。
それでもエマは「ドニに可愛いって言われるのがいちばんすきよ」と花が綻ぶような笑顔を向けてくれた。
エマの“特別”もオレなんだと、思ってたのに――
このままふたりで一緒に大きくなって、大人になったら結婚して、家族になるんだと思っていたのに――
エマも、オレの事を特別な存在だと、そう思ってくれてると、信じてたのに――
「わたしね!大きくなったら“ おうりつがくいん”にいくのよ!」
5歳になったある日、エマは瞳をキラキラさせて、興奮気味に頬を紅潮させながら、オレにそう話してくれた。
「えっと、そこはどんなとこなの?」
「うーんと……みんなで“勉強”するの!」
「勉強……?そんなことしないでオレと遊んでた方が楽しいよ?」
オレはなんでエマが突然そんな事を言い出したのか分からなかった。何処にあるのかも何をするところなのかも分からない、そんな所にエマが行くなんて……
ずっと一緒に居てくれると信じて疑わなかったのに……
「だめよ!だって“うんめいのひと”がいるんだもん!」
エマは両手を胸の前で握って、今までで一番キラキラと眩しいくらいの笑顔で、俺にそう言った。
「うんめいのひとってなに……?エマ、さっきから、むずかしいことばっかり……」
胸がザワザワした。
“運命の人”それが何なのか分からなかったけど、オレにとって“嫌なモノ”という事だけはわかった。
「えっと、“うんめいのひと”は……うーんと……結婚する人ってこと!」
エマは、この村から居なくなって、“おうりつがくいん”に行って、“うんめいのひと”と、結婚、するらしい……
エマが、オレの前から居なくなるのが嫌で、その後も沢山質問をしたけど、何を話したのか、混乱していて覚えていない。
その日から、オレたちの生活は一変した。
エマは勉強をすると言って、外に出なくなった。
声をかけても、なんだか難しい本をずっと読んでた。
ずっと部屋に篭りきりかと思ったら、今度は木の枝を振り回して剣術の稽古をすると言い出した。
エマは元々夢見がちなところがあったので、部屋で本を読んでると言えば周りの皆からは「また楽しい絵本でも見つけたのかしら?」と言われる程度だったが、木の枝を振り回しているエマを見て、皆も徐々に変化に気づき出した。
酒場のオバサンが「エマちゃんは可愛いわねぇ〜将来はどうするのかしら〜?」と探りを入れると、エマは何故か満足そうに微笑んで「“王立学院”にいって“運命の人”と出会って恋愛するの!」と言うものだからオバサンが驚いた様子で何度もオレとエマの顔を交互に見た。エマの発言が村中に広がってちょっとした騒動になった。
エマの両親はふたりとものほほんとしている人だから、その騒動を聞いても「昔は妖精になるとかお姫様になるとか騎士様と結婚するとか言ってたわねぇ懐かしい」と言いながら笑いあっていた。
暫くしてエマに家庭教師がついた。魔法の勉強を始めるらしい。ますますエマと一緒にいる時間が減ってしまった。
その頃からエマの言葉遣いが変わってきて、笑う時も“可愛らしい顔”で笑うようになった。昔みたいなキラキラな笑顔じゃなくて、なんだか、まるで、誰かの真似をしているみたいだった。
ずっと短く切りそろえてた髪の毛も、少しずつ伸ばしているみたいだった。ほんの少し毛先を切りながら髪を伸ばしていて、エマが髪を切ると言う度に期待しているオレが居た。ずっとあの髪型でいるって言ってくれたエマが、髪が伸びる度にもう居なくなってしまった様な気がして、キリキリと胸が痛んだ。
ひとりだけ感じていた赤い糸は、どんどん絡まって、ギリギリとオレの首を締め付ける。
ひとり、息苦しさだけが残った――。
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