10話 胸を締め付けるモノ。

 ラブメモで見たキャラたちとの違和感にモヤモヤしながら、学院に入学してから初めての授業を受けていく。


 午前の授業内容は、課題を与えられそれをクラスの4人で協力して完成させるというもので、ラブメモの序盤のストーリーでも出てきた図書室が舞台のイベントだった。5回の選択肢が出てきて、問題に対して的確な専門書を選んでいくというものだ。

 何周も遊んだゲームだったので大体どこの書架にあるのかは見当がついていた。なので、真っ直ぐ5冊の本を探しに行く。


 4冊目の本までは順調に探し終えたが、最後の1冊が見当たらず探し回っている間に、本を抱えている腕がぷるぷると震えてきた。特に『古典魔術の基礎(入門編)』という本が大判サイズで、他の文庫判サイズの本を持つときの土台になってくれてはいるが、だいぶ重くなってしまった……


 ふぅ、とひとつ息を吐き上を見ると目当ての本が見つかった。手を伸ばせば届きそうなところにあり、グッと背伸びをして『最新の魔術医療分野について』という本を取ろうと手を伸ばす。

 すると、片手で抱えていた本が崩れそうになり、慌てて抱え直そうとして身体のバランスも一緒に崩れてしまい「転ぶ!」と思った瞬間、グッと身体に腕が回り込んできてなんとか転ばずに済んだ。


 あまりにも一瞬の事で驚いて何も言葉を発せずに、ドクドクと脈打つ自分の鼓動だけが聞こえてくる。視界の端にハラハラ、と深い緑色の絹糸のように艶やかな髪が目に入った。


 それはフレデリク様が後ろで緩くまとめている髪の毛が前に流れて来ていたため、後ろから抱き止められている体制でも目に入ってきていたようだ。


 その証拠に、すぐ耳元でフレデリク様の息づかいが聞こえてくる。その事に気がつくと、途端に顔がカッと熱を持った。想像するだけでこんなに恥ずかしいのに、顔を横に動かして確認する事なんて絶対にできないと思い、更に黙り込んでしまう。


「大丈夫、ですか?」

「ちっ近っ――はっはいっっっ!!!」


 沈黙を破ったのはフレデリク様の方だった。

 そしてあまりにも良い声で耳元で囁かれ、ビクリと体が跳ねてしまった。


「すみません。倒れてしまわれると思い、断りもなく女性の体に触れてしまった事をお許しください」


 フレデリク様はそう言うと、ゆっくりと腕を離してくれたお陰で、なんとか身体と抱えている本のバランスを保てた。


「いえ、助けて頂きありがとうございますフレデリク様」

「エマさんは病み上がりですし、無理をせず声をかけてください」


 フレデリク様はそう言うと眼鏡を押し上げ優しく微笑んだ。ただの自分の不注意だったのだが、本心からわたしを心配して優しい言葉を掛けてくれているのが分かり、少し気まずくなってしまう。


「お目当ての本は、恐らくこちらですか?」


 フレデリク様は軽々と『最新の魔術医療分野について』の本を抜き取ると、表紙をこちらに見せてくれる。


「はい、そうです。ありがとうございます」


 まだドクドクと心臓が脈打って、頬は紅潮しているだろうが、平静を装いたくてなるべくゆっくりと言葉を紡ぐ。


「なかなか鋭い着眼点をお持ちのようですね」


 そう言いながらフレデリク様は長机がある方にエスコートする様に歩みを促してくれたので、素直にそれに従い歩いていく。


 長机にはもう既にマリーさんとクリスチアン様が隣同士で座っていて小声で何かを話し合っている様だった。

 クリスチアン様の向かいの席には既にフレデリク様のものと思われる本やノートが置いてあったので、わたしは自動的にマリーさんの向かいの席に自分の持ってきた本を置いた。


「他に必要な本があれば私がご一緒しますよ」

「いえ、これで全部なので大丈夫です。ありがとうございます」


 そう言って席に着こうとした瞬間、三方向から同時に「えっ!?」という驚きの声が響いた。その声にこちらが驚いて思わずパッと顔を上げてしまう。


「えっと、随分少ないんだね……?」

「いえ、こちらもあります」


 フレデリク様から『最新の魔術医療分野について』の本を受け取りクリスチアン様に表紙を見せる。その時、みんなの机には既に10冊以上の本が積み上げられており、ハッとする。


「少なすぎたでしょうか……?」

「なるほど『最新の魔術医療分野について』か……そのジャンルは盲点だったな」

「エマさんは必要な本を選ぶ能力に大変長けておられるようですね」


 フレデリク様に褒められドキリとして、全身の体温がサッと低くなるのを感じる。



 わたしは“ 選んだ”訳では無い。


 目的の本を“ 探した”だけ――



 きっと、みんなの前に積み上げられてる本は、課題と真剣に向き合って、どの本がいいか、悩んで、決めたもので……わたしは………………


 悪いことをしているのがバレた時のような罪悪感がグルグルと胸を締め付ける。








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