8話 モブでも人生は続くようです。

 あの後もわたしはずっと布団の中に籠りきりだった。

 もう何時間か、何日か、経ってしまっていたと思う。

 涙の跡が残った頬を擦りながら、無断欠勤をし続けている事をぼんやりと考える。

 何度か扉をノックする音や声を掛けられたりもしたけれど、返事をする気にはなれなくてずっと無視してしまっていた。


 そして今も、何度かノックの音が響いていた。


 不意にガチャリ、と鍵の開く音がして扉が開かれた音がした。今までこんなことがなかったので反射的にビクリと体が震える。


 ゆっくりと近づいてくる足音に耳を澄ませる。


「エマ……」


 優しく名前を呼ばれ布団の上から背中を撫でられる。

 何度か往復した手は不意に離れていく。


「ドニ」と呼びかけたいのに喉はカラカラでなんの音も出てこない。


「もう3日も会ってないから心配だよ。エマ、顔見せてよ」


 ドニはゆっくり、優しく、声をかけてくれる。

 わたしはゆっくりと布団から顔を出した。久しぶりに外に顔を出したので、夜なのに月明かりがとても眩しく感じる。


「久しぶり。はい、水。ゆっくりね」


 ドニからコップを受け取り口をつける。「ありがとう」と呟くと、自分でも驚くほど掠れた声が出た。


「少しは落ち着いた?じゃあこっち、座って。オレが整えてあげるからさ」


 そう言うとドニはわたしの手を引いて椅子に座らせてくれる。

 明るい所で見ると、ベッドの上は長さがバラバラな髪の毛が散乱していた。


「一番短いところで揃えるね」


 ドニはそう言うと、チャキチャキとリズミカルな音を立てて、わたしの長さがバラバラになっているであろう髪の毛を切っていく。

 ハサミの音と、時々髪の毛を梳いてくれるドニの手の感触に身を任せる。


 まだ子供の頃は、こうやってお互いの髪の毛を切っていた記憶が蘇る。


 前世の記憶を思い出すまではずっと肩口辺りで髪を切り揃えていた。自分を主人公だと勘違いして髪の毛を伸ばしたりしたけど……


「よし、出来た。久しぶりだから変だったらごめん」


 困ったように笑いながらわたしの髪の表面をさっとひと撫でする。ドニの笑顔を見て、少し気持ちが軽くなる思いがした。


「クラスのみんなも心配してるみたいだし、元気になったら登校してきてよ。オレも――安心するし。」


 そう言葉を残すとドニはゆっくりした足取りで部屋を後にした。なぜか、ドニを引き留めてはいけないと思い、声がかけられなかった。




 翌朝、制服に着替えて鏡で確認する。肩口で切り揃えられた髪に見慣れなさを覚える。

 重い体を動かして扉を開け部屋から出て校舎へ向かう。その途中で何度も引き返そうと思ったが、ここで引き返したらもう二度と王立学院には通えない様な気がして、深呼吸をしてからまた歩みを進める。


 そんなことを繰り返して、やっとの思いで特進科の教室がある扉の前まで辿り着いた。

 扉に手をかけると小刻みに震えているのが見えた。

 今まで主人公としてどんな行動をすれば良いか、ばかり考えていたので、どんな反応をして、どんなことを言えばいいのか、わからない……


 扉の前にいつまでも立ち止まっている訳にもいかず、一度深呼吸をしてから思い切って扉を開ける。







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